第2回 これからのコンクリート構造物の保全について 講演会

2005年7月8日

日本建設保全協会の主催により、高新文化ホールで

開催され、当日は約200名の保全関係者が集まった。

講演タイトル

「構造物の今後の管理・更新等のあり方」


私の本来の専門はコンクリートでして、研究は現在も続けております。今日は、私達がどのようなことを現在考えているかということをご紹介させていただきます。

構造物の維持管理を、点検システムと劣化の予測システムとを組み合わせて行うことが良いと数年前から提案しています。そして、劣化予測に役に立つ最小限の点検を行うのが良いというのが私達の主張です。

過度または過少に点検をするのではなく、劣化予測システムとメンテナンスに役立つ点検をすることが大切です。点検をし、将来予測と合わせて、危ないと判断されればすぐに手を打たなければいけないし、当分危なくないと判断できれば、点検も大幅に省くことができます。その仕分けをするためには、点検と劣化予測のシステムとの連携が必要です。なお、このシステムを支援するツールとして、管理データベースと地理情報システムが役立ちます。

データベースに入っている、架設年、架設地点、構造形式、使用設計図書、補修履歴に、簡易な点検による劣化状況の把握を加えます。これと劣化予測システムとを合わせて、管理レベルや点検期間の決定を、これらに精通した資格者が行うことを提案しています。

維持管理支援ツールの、地理情報システムと維持管理データベースについて述べます。

この地理情報には、構造物の位置やその周辺情報、路線の状況等が含まれています。維持管理データベースには構造物のカルテ、点検時の写真、補修履歴等が含まれています。既存のデータとして、橋梁台帳や設計図面がありますので、これらの必要事項を取り入れておきます。

支援ツールのイメージの一例です。

地理情報システムの地図上の橋梁をクリックするとそのデータが現れます。なお、このシステムに環境条件や交通量をも含ませるのがよいと思います。

対象劣化に対応したメンテナンスについて、鉄筋コンクリートの塩害と床版劣化および舗装をとりあげます。

塩害劣化の進み方、すなわち、内部の鉄筋の腐食がはじまり、ひび割れが発生し、コンクリートかぶりが脱落し、最終的には供用限界を超えるというプロセスを示したものです。

コンクリート内部にある鉄筋の腐食開始時点は、塩分がコンクリート表面に付着して内部に浸透していき、鉄筋位置まで到達して、その位置の塩分濃度が腐食を開始させるに足る量となる時点を意味します。その時点ではもちろん外観上は何の変状も認められません。鉄筋腐食の進行によって鉄筋が膨張し、その膨張力によってコンクリートには引張力が発生します。この引張力による応力がコンクリートの引張強度を超えるとひび割れが発生します。このひび割れは通常鉄筋に沿って現れます。このひび割れが発達し、次の段階は鉄筋の外側にあるコンクリートが剥がれ落ちる状態です。

この写真は、その状態を示しています。なお、鉄筋は破断していません。ひび割れ発生以後の状況は橋梁の外観から判断できます。

塩害は環境条件によって大きく異なります。図のAは塩害が厳しい環境、Bは中くらいの環境、Cはほとんど塩害を受けない環境を意味しています。横軸は建設後の経過年数です。腐食開始、ひび割れ発生、かぶり剥落、供用限界、この4つの段階のどの段階にいつ頃なるかという予測を示したものです。この例はかぶり40mmで水セメント比55%のものです。例えば、環境条件Aでは建設後20年でひび割れが発生することを意味しています。環境条件Bである地点に造られた鉄筋コンクリート桁は建設後20年で鉄筋の腐食が開始し、目に見えるひび割れが70年後に発生することになります。ところが環境条件が極めて良いCでは腐食開始が200年後です。ラフな予測モデルですが、今後改良して精度を上げていく予定です。

現存の鉄筋コンクリート構造物の塩害に対する抵抗性は、建設した時期によって明らかに異なります。西暦1984年に道路橋の塩害対策指針が公になり、それ以降の構造物はそれ以前のものと比べて塩害に対する抵抗性が著しく改善されているからです。耐震性についても設計法が大きく変わった年の前後で全く耐震性能が異なりますが、塩害の場合は1984年がキーの年であるといえます。塩害は、表面から塩分が中に入ってくるのが現在では主たる理由ですが、一時期に打設時に既に塩分が入っている場合がありました。海砂をあまり洗わないで使っていた時期です。フレッシュコンクリート中の塩分を厳しく規制しはじめた年も一つのキーの年になります。

一つの構造物の劣化を予測することについては、多くの研究がなされて、かなりのことが解っています。今一番不明確なのは、その構造物に、どの位の量の塩化物がいつ飛来して来て、その表面にどれだけの塩化物が付着しているかということです。風が吹けば塩化物が飛来して来ますが、雨が降れば飛来する量が減るだけではなく、それまでコンクリート表面に付着していた塩化物がある程度流されてしまいます。これらのことが分かれば、塩害による劣化予測は相当な精度で行うことができます。今その研究を進めています。それは丁度、ある時点にどのような地震波が来るかということがわかれば、その構造物が安全であるかどうかが予測できるのと同じことです。ある地点にどのような地震波が到達するかについては、かなり研究が進んでいて、ある程度の精度で予測できます。それは地震学者がこの2~30年間総力を挙げて研究してきた結果です。津波も同じですね。しかし、塩害については、その研究が今までほとんどやられていませんでした。現在、私たちはこの問題に取り組んでいます。

飛来塩分の源は、海です。波がしぶきをあげて、空中に塩化物を放出し、風に乗って飛んできて、構造物に付着します。場合によっては雨によって洗い流されもします。表面に付着した塩分はコンクリート中に浸透していきます。塩分のコンクリート中の移動についての研究は、随分進歩しており、精度の良い予測ができる状況にあります。入力地震波が与えられると構造物がどのように反応するのかを精度よく予測できるのと同じです。

今までに判ったいくつかのことを話しましょう。高知であれば台風の時に飛来する塩分が圧倒的に大きな影響があります。それ以外の時の塩分飛来量はたいしたことではありません。そして、波が高いときに南風が吹いた時が重大です。北風が吹いても構造物に向かって塩化物は飛んできません。

太平洋側の沿岸で塩化物の被害が少ないのは、高い波の時期に南風が吹く確率があまり高くないせいだと思います。昨年はたくさんの台風が来ました。うちの大学は海から10kmほど離れているのですが、窓が塩分で塩辛いくらいになりました。なおその後に激しい雨が降るときれいに洗い流されます。台風が来て、その後雨があまり降らない場合が厳しい。台風が来た直後に、かなり波が高い期間がありますが、その間に南風が吹くと厳しいことになります。台風の最中に雨がたくさん降っているときはたいしたことないのですが、台風が沖を通って雨が降らずに波だけ来て、南風が吹くとかなり厳しい状況です。そのような気象条件を集めると、ほぼ塩害の予測ができそうな状況です。これらの状況を一つ一つモデル化をしていますので、1~2年すれば、高知県内では気象庁のデータを用いて、塩害の予測が可能になると思います。しかし、波が高くても防風林があるとその後ろには風は来ません。川があると川沿いに風が上がってきます。と、いうふうに局所的な風の動きが塩害では非常に大きな影響がありますので、3次元のGISのデータと風のシミュレーションとを組み合わせないと局所的な正確な予測ができないという問題があります。これは地震でもマクロ的には易しいけれど、局所的になると、その周辺の地盤の状況等が必要になるのと同様な事象です。局所的には3次元の空間情報が必要になります。それも将来的には入れられるような予測システムを構築していくつもりです。

話が変わって、次は床版について述べます。塩化物については1984年がキーだといいましたが、床版については1964年から68年がキーになります。この間に造られた床版は、その前後に造られたものと比べて劣化に対する抵抗力が全く違います。私はその頃大学院生でして、床版の基準の作成に幹事として関わっていました。その頃は、我国で高強度の鉄筋が使われ始めた時期でして、床版にSD30、今でいうSD295を初めて使えるようになりました。それまではSR24が主流でした。このSD30は、規格降伏点が30kgf/mm2の異形鉄筋です。それまで丸鋼のSR24の許容応力度が1400kgf/cm2であったのに対し、SD30は1800kgf/cm2にしました。そうすると床版を薄くしてスパンを大きくするのが経済的な設計となります。スパンが大きくて厚さの薄い床版の損傷は急激に目立つようになりました。1967年に道路局長通達が緊急に出されて、床版厚を厚くし、鉄筋の許容応力度を1400kgf/cm2に戻すことになりました。この時期に造られたものが非常に悪く、ほとんどが架け替えられました。しかし、大型車輌の交通量が少ない道路の床版には未だ使われているものもあります。

ここにはS31年からS43年と書いてありますが、本当に悪いのは1964年から1968年の間に造られたものだけです。

道194号線のある橋の例を紹介します。

この橋は1964年の示方書に従って造ったと記録にあります。大型車輌の交通量が多い場所と比べるとはるかに遅く変状がでてきています。今後、この頃造ったものについては丁寧な点検をする必要があります。

点検の結果、すみやかに補修する必要があるとなっている例です。

舗装をどのように保っていくかについて、高知工科大学の那須教授が研究をしています。

舗装材料と交通量と環境条件とで舗装の劣化度が決まります。舗装の耐久年数がある程度予測可能ですが、補修の頻度をどのようにするかを車に乗っている人の不満足度を基に決めるということを彼は提案する予定です。

駅前等の市街地では郊外に比べて走行速度が遅いので、多少凸凹していても運転者や乗客の不満足度は小さいと考えられます。一方、郊外では速く走行できますから、舗装の劣化に対して、より敏感になります。

メンテナンスに対して、どのくらいのお金がかかるかを予測する必要があります。その一つの例として、塩害によって日本全体でどれだけの費用がかかるかということを検討する方法を説明します。

図は日本全国を塩害のきびしさで区分したものです。

特にきびしいのは沖縄と東北の日本海側です。沖縄は台風がそばを通って塩分を運んでくるのに対し、日本海側は冬の北風が塩分を運んできます。また、海岸から近い方が塩分の被害を受けやすいことも確かです。大きく分ければ日本を3つに分けることができます。日本海側では海岸から100から200mの間にあるところを区分2とし、その他の地方では海岸から100mくらいまでが区分2となっています。この図は、区分2にある鉄筋コンクリート桁数を、建設時からの積分値で表したものです。

1940年には鉄筋コンクリート橋の80桁ぐらいがその区分内にありました。それが、1960年には800桁くらい、1980年には約1,000桁となっています。その後鉄筋コンクリート桁は増えていません。プレテンション桁が1955年くらいから増えてきて、ポストテンション桁はもっと後から建設しはじめ、あっという間にRC桁の数を越えてしまいました。左が1984年以前に建設されたもの、右側はそれ以後に建設されたものです。1984年以降、鉄筋コンクリート桁はほんの少ししか建設されていません。

劣化状況をラフに予測した結果です。例えば、西暦2000年には1940年以降に造られた1000本の桁のうち、約350本が潜伏期にあります。これに進展期の桁を合わせて、約600本の桁がまだひびが入ってない状況です。残りの約400本はひび割れが入っていて、そのうち約200本が先ほどの写真のような状態になっていることを意味しています。

この図は、全国の橋について単純に予測した結果です。点検の結果を反映したものではありません。点検結果を集めて予測精度の検証を試みてみましたがうまくいきませんでした。点検データには検証に役立つ形では正確な劣化情報が載っていませんでした。実際にいくつかの桁を見に行って点検のデータと照らし合わせてみました。現地に行って観察すればその劣化状態がほぼ正確につかめるのですが、点検のデータからでは明確に判断できませんでした。

劣化レベルがひび割れ発生に達すると電気防食を行うとして補修コストを計算してみました。補修の方法はいろいろあります。一回だけの補修であれば電気防食は高いのですが、他の方法であれば10年程で再補修が必要であることが明らかになりはじめています。

那須教授と高知県をフィールドとして進めようとしている方法がこれです。簡易点検を全構造物について行い、今どのレベルの劣化状態にあるかを確認します。ここまでは専門家であれば誰でもできます。次に簡易な劣化予測から将来の維持管理コストのおおよそを把握します。これは先ほどの手法を改良していけばできます。舗装、床版、トンネル等についても行います。これらの結果を用いて、更新や補修に対する意思決定を行うシステムをつくります。高知県をフィールドとして検証していき、それがうまく行けば全国に広げていきます。

このシステムを完成して、あまりお金をかけないで点検をし、必要最小限の補修、補強をしながら、今ある構造物をできるだけ長く使っていく維持管理方法を提案するつもりです。点検については、過剰にやっているところと過少にやっているところの両方があります。こんなにお金をかけてばかな点検をやっているなあ、というところと、全く点検をしないである日突然何かが起こるという状況にあるところがあります。その中間の適切な方法で点検を行う必要がありますが、それには予測手法と組み合わせた点検システムが不可欠であると考えています。

質問

Q アメリカでは橋梁を水で洗っているということです。まだ日本で行われてないようですが、そういったことをやると日本の橋も長く持つのでないでしょうか。

A 一番いい方法は、台風が過ぎて晴れたらすぐ水で洗うのが一番いいと私は思っています。それを地域の人にやってもらったらいかがでしょうか。地域の人は自分達の橋を長持ちさせたい。道を掃除するのと同じように橋を洗ってもらうのです。実は私の家は海風をうけるところにありますが、台風が来た後に家を建てた会社の人からすぐに洗ってくださいと電話がきました。窓枠からコンクリートまで。洗うときれいに落ちます。車も同じですぐ洗うのがいいですよね。住民の自発的意思、自分達でインフラストラクチャーを健全に保っていくという気持ちがあれば、できるのではないかと思っています。

Q 先生は平成14年の国交省の「道路構造物の今後の管理・更新等のあり方に関する委員会」で委員長を務めておいででした。アセットについて我々に教えていただけるようなことがあればお願いします。

A 私はアセットマネジメントを本当のところよくはわかっていないのです。道路や鉄道を管理するところがマネジメントを行うときには、アセットはそれなりの必要性があると思います。その際、トータルマネジメントとしては、ラフでもいいから将来予測を持って、将来の補修費がいつ頃どのくらいかかり、長もちさせるにはどうしたらいいか、トータルの資産管理が必要です。

また、その際将来予測に確率的考えを入れて行う必要があります。確率的考えを入れないと、ある年にあるものが全て同じ状況になるのです。実際そんなことはあり得ない。早くだめになるものもあれば、もっと遅くにだめになるものもある。それがどのように分布しているかを頭においてトータルマネジメントをすれば実際に近い状況が予測でき、資産管理ができると考えています。次にトータルで考えることと一個一個の構造物をメンテナンスすることとを分ける必要があります。

先ほど申しましたように、高知県なら高知県、国交省なら国交省では、一個一個に着目するのではなくてトータルとして今後どのくらいの予算が必要であるかを考えることです。トータルのマネジメント・システムが必要ですが、その精度はそれほど重要ではありません。

一つ一つについては、本当にさまざまですのでそれぞれにあったやり方で行うべきです。例えば、これは10年間管理がいらない、これは一年毎の点検がいる、これはすぐに補修が必要、といったメリハリをつけて管理していくのが良いと考えています。今までは、2年に一回点検すると決めたら全ての構造物について一律に行う傾向がありました。原子力発電所では一年に一回点検すると決めてしまうとすべてを点検しなければなりません。5年に一回でいいところも1年に一回する必要が生じます。やらなくてもいい点検を規則で決めて行うことにすると、人間はやりたくなくなるのです。点検をする人が必要を感じて行う仕組みにしないといけません。

Q 管理する人が重要だと思います。人についての今後のウエイトが高まるのではないでしょうか?

A 維持管理の具体的な点検ピッチを決めることのできる技術者がいればトータルコストは安くなります。その認定をして、その人がこの橋は5年に一回でいいと判断したら、それで良い、という時代になればプロフェショナルの価値がでてくると思います。素人がやると機械的になってしまいます。2年に一回やりましょう、2年に一回やるかやらないかは誰でもわかります。やったかどうかは記録に残ります。ところがこれが1年に一回やらなければいけないのか、あと10年はやらなくてもよいかということが言えれば、ずいぶん違います。プロはそれができます。今まではどちらかというとアマチュア的なシステムでした。国交省は沢山の構造物を短い時間に造らなければいけなかったので、アマチュアでもつくれるようにしていったのですね。それが技術レベルを落とした。その弊害がこれからでてきます。造るよりも維持管理の方がはるかに豊富な知識が必要です。これからの維持管理にとっては、知識のあるプロフェショナルが必要になってくる所以です。それを活用するかしないかで、メンテナンスの費用は大きく変わるはずです。