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「羽」と「魚」を組み合わせたユニークなデザインのこの絵文字は、向畑恭男・元教授のアイデア。大学の記念グッズや、よさこい祭りに参加する高知工科大学チームのシンボルマークなどに使われています。

 

コラムからKUTを見る。
コラムからKUTを見る。

資料請求をいただいた方に送付している
ニュースレター『Flying Fish』に掲載しているコラムのライブラリーです。
ここからKUTが見えてくる。

※ご愛読いただいておりました『Flying Fish』は、
2008年12月号をもちまして終了いたしました。


 ※内容は掲載当時のもの
第23号「2008.12月号」
第22号「2008.5月号」
第21号「2007.12月号」
第20号「2007.8月号」
第19号「2007.4月号」
第18号「2006.12月号」
第17号「2006.8月号」
第16号「2006.7月号」
第15号「2006.4月号」
第14号「2005.12月号」
第13号「2005.8月号」
第12号「2005.7月号」
第11号「2005.4月号」
第10号「2005.1月号」
第9号「2004.8月号」
第8号「2004.7月号」
第7号「2004.3月号」
第6号「2004.1月号」
第5号「2003.8月号」
第4号「2003.6月号」
第3号「2003.3月号」
第2号「2002.12月号」
創刊号「2002.10月号」


第23号
2008.12月号

ワーテルローの戦いでナポレオン軍に勝利した英国の司令官・ウェリントン公爵は、「ワーテルローの戦いはイートン校の校庭において獲得された」という有名な言葉を残した。イートン校は、中世に誕生してから現在に至るまで政治経済、文化、学術など社会のあらゆる分野のリーダーを輩出し続けている英国(イングランド)特有の中等教育機関、パブリックスクールの名門校の一つだ。

パブリックスクールは、「私学」である。にもかかわらずなぜ、「パブリック」と称するのか。それは、パブリックスクールが伝統的に、学費を用意できれば志願者を拒まない、また出身地や居住地を問わず生徒を受け入れるという方針をとってきたからだ。現実にはパブリックスクールの学費が非常に高額であるため、入学者の多くは上流階級や裕福な中流家庭の師弟だが、設立の経緯ではなくその「公共性」に重きを置く命名は、いかにもイギリスらしい。またパブリックスクールが、「ノーブレス・オブリージュ(身分の高いものは、それだけ多くの社会的責任を負うという考え)」を育む「ゆりかご」としての役割を果たしていることも、「パブリック」という名にふさわしいと言えよう。

一方、日本では明治維新以降、社会のあらゆる領域で「官」が重視される傾向が強かった。教育も例外ではない。大学進学に際し、「まずは国公立」という意識が働くのも、決して国公立大学の学費が私学に比べて低いからだけではあるまい。だがここは考え所である。公設民営の私立大学として誕生したKUTが「公立大学法人」になる。だからといって、すぐに何かが変わるわけではない。ましてや「公立」という肩書きに安住することなど、絶対にあってはならない。公立(バブリック)という呼称を引き受けるのは、何より大学としての公的使命をこれまで以上に担う覚悟の表明である。そんなKUTの志を意気に感じる若者たちが馳せ集い、「これまで日本になかった、真にパブリックな大学の創造」という大事業に加わってくれることを切に願う。(こ)


第22号
2008.5月号

高校の教科書検定で、生物の教科書に242か所もの検定意見がついたという。最新の研究により、従来からの学説が塗り替えられるケースが多いためらしい。ダーウィンが「種の起源」を著してから約100年、生物学、進化学は驚異的な進歩を遂げたかに見える。だが今なお、ダーウィンの提起した「変異と淘汰による進化」という構図は、進化学の基本原理として広く支持されている。

最近、広告の文章やコマーシャルなどに、「○○のDNA」とか「○○の進化は止まらない」といったフレーズがひんぱんに登場する。DNAは獲得形質(生物が一代の間に学習などによって得た能力や形態上の変異)を伝えない、というのはダーウィニズムの核心である。さらに「進化」を「より高等な方向への変化」とする思い込みは、ヒトの傲慢さのあらわれに過ぎない。「宣伝文句」というのは、常に単純さを追い求め、余分な(しかし実は大切な)説明を省き、情緒に訴えるものだ、と言われればそれまでだが。

さて、今年も「世界一美しい」KUTのキャンパスが、新たな学生たちを迎え入れた。今年度からは「工学部」と「マネジメント学部」の2学部体制。さらに来年度には工学部の大胆な再編も計画されている。お定まりの宣伝文句を使うなら「KUTの進化は止まらない」といったところだろう。無論、KUTはこれからの大学のあるべき姿を展望し、確信を持って、この「変化」を選択した。しかしそれが未来に「適応」できる選択となるかどうかは、教職員はもとより、この春にKUTの一員となった新入生たちを含む全学生の肩にかかっている。

ある生物種が、環境の変化にどれだけ適応できるかは、その生物種の個体の多様性に負うところがきわめて大きいと言われる。生物上のアナロジーを人間の社会集団に適用することは厳に慎まねばならないが、あえて言わせていただくなら、多様性こそ、KUTの生命線。多様性が生むエネルギーがある限り、KUTは未来に「適応」し続けられるはずだ。がんばれ、多様な可能性と夢を持った新入生たちよ! (こ)


第21号
2007.12月号

2007年・高知工科大学10大ニュース

【第10位】広告賞を受賞/開学10周年記念ロゴマーク募集の新聞広告が06年度「読売関西広告賞」の審査員奨励賞に選ばれた。 【第9位】起業家コースが本を出版/大学院「起業家コース」の学生と教員が共著で、ベンチャービジネスの事例とベンチャー支援事業を紹介する本「木の葉、売ります。〜ベンチャーに見る日本再生へのヒント〜」を出版。 【第8位】サイエンスカフェ、好調/山本真行先生(電子・光システム工学科)が中心となって立ち上げた「サイエンス・カフェ」が市民から好評。 【第7位】ロボット倶楽部、惜敗/ロボコンの常連、ロボット倶楽部が今年6月開催された「NHK大学ロボコン ABUアジア・太平洋ロボコン代表選考会」に出場。惜しくも本選進出を逃し、捲土重来を誓う。 【第6位】グッドデザイン賞を受賞/篠森敬三先生(情報システム工学科、フロンティア工学コース)らが共同開発・商品化した色弱模擬メガネ「バリアントール」が、「07年度グッドデザイン賞」を受賞。色弱者の色の見え方を体験できる、世界初のカラーユニバーサルデザイン支援メガネ。 【第5位】日本混相流学会論文賞を受賞/横川明教授(総合研究所)、松本泰典助手が「海洋深層水濃縮廃水からの高効率製塩法の研究」で日本混相流学会論文賞を受賞。権威ある同賞で地方の産学連携研究が選ばれたのは異例。 【第4位】教職課程開設/08年度より工学部で高等学校教諭1種免許状(工業・理科・情報)の教職課程を導入。 【第3位】TFTの画期的技術を開発/平尾孝教授(総合研究所)ら研究グループが酸化亜鉛を材料にした薄膜トランジスタ(TFT)の実用化技術の開発に成功。液晶ディスプレイを高性能・低価格にする画期的成果。 【第2位】大学発ベンチャー7位/大学発ベンチャー企業数で、高知工科大学は私学中全国7位(21社)。早稲田(66)、慶応(55)など大規模な総合大学を追う健闘ぶり(経済産業省調べ)。 【第1位】マネジメント学部開設/08年度、卓越したマネジメント人材を育てる文系新学部が誕生!!(こ)


第20号
2007.8月号

七夕の夜、高知市内で開催された「サイエンス・カフェ」に参加した。講師は高知工科大学情報システム工学科の篠森敬三教授。篠森教授は、錯視やだまし絵などの豊富な例をあげ、「脳が視覚情報をどう処理しているのか」について、面白くかつ分かりやすく解説してくれた。

篠森教授によれば、人は「見ることを学ぶ」のだそうだ。幼児は目から得た情報が、目の前にある物体(たとえばリンゴ)とイコールで結ばれるのを「触る」ことによって学習する。この話を聞いて、フッサールの現象学を思い起こした。

フッサールは、「事物(客観世界)が存在するか」という問いを「事物が存在するという確信はどのようにして成立するのか」という問いに置き換えることで、ギリシャ時代から哲学者を悩ませ続けてきた「主観と客観の一致」という難問に一つの解を与えた。

ではなぜフッサールは、あくまで「主観(自分自身の心)」に定位して、確信成立の条件を考察しようとしたのか。それは「科学が万能である」という19世紀から20世紀にかけての時代風潮に対して警鐘を鳴らすため(も)あった。科学的・客観的真理の明証性の拠り所は何か。「それは生活世界である」とフッサールは言う。数学も物理学も、目で見て、手で触れることによって生ずる「ありありとした感じ」「確かにそれは存在する」という確信を「ふるさと」としている、と。

どんなに高等な数学も、幼児が指を折ってものを数えることから始まるのだ。その行為の中で、幼児は目の前の事物からスタートして抽象的な「数」の概念を少しずつ身につけていく(その前段階として、篠森教授の言う「見ることを学ぶ」プロセスが必要なのは言うまでもない)。幼年期を過ぎた我々が、そうした「知性のあけぼの」を追体験することは、残念ながら困難である。それでも読書やWEBで仕入れる「情報」を「エポケー(※現象学の用語。こうである、という思い込みや信念を一旦括弧に入れる心理操作)」して、星のきらめきや木々のそよぎを幼子の心で見つめ直す時間を作りたいものだ。(こ)



第19号
2007.4月号

食わず嫌いは人生の損失である。最近、リチャード・ドーキンスの著作を立て続けに読み、その感を強くした。

ドーキンスは英国の動物行動学者。彼が提唱し世界に衝撃を与えた「利己的な遺伝子」の概念は、人間の行動を進化的「適応」によって説明する風潮(たとえば男の浮気は子孫を残す動物的本能、といった俗論)を勢いづけた。筆者は長年、「ドーキンスは遺伝子決定論者である」と勝手に思い込み、そのことも手伝って、ドーキンスのライバルと目されるアメリカの古生物学者、スティーヴン・J・グールドに親近感を抱き続けてきた。

しかし著作から伝わるドーキンスのメッセージは、浅薄な遺伝子決定論とは本質的に異なるものだった。彼はダーウィン的進化は、デジタル的に自己を複製する「自己複製子」(たとえばDNAもその一つ)抜きには考えられず、今日ある多様な生命は、基本的に突然変異と淘汰という2つの力によって形成されたとする(そしてこれはほとんど間違いのない真実である)。最新の著作「祖先の物語」において、ドーキンスは驚異的ともいえるサイエンス分野の多彩な知識と豊かな文才を駆使し、人がチンパンジーと出会い、人とチンパンジーの共通の祖先がゴリラと出会い……という形で進化の川をさかのぼり生命の起源に至るという壮大な知の旅を敢行している。

博覧強記とあふれる文才という点では、「進化は漸進的である」とするドーキンスに対して「進化はある時爆発的に起き、その後停滞する」という説(断続平衡説)を唱えるライバル、グールドも負けてはいない。彼は幾多のサイエンス・エッセーの中で「4割バッターはなぜ姿を消したか」といった話題から読者に進化や科学の本質を理解させるという、離れ業をやってのけている。

サイエンスの「妙味」を、レベルを落とさず一般の読者に伝えるのは非常に重要な営みだ。しかしそれができるサイエンスライターは数えるほどしかいない。そんな人材を育成する教育システムも皆無だ。さて、高知工科大学はこのことをどう受け止めるだろうか。(こ)



第18号
2006.12月号

「高知工科大学でサイエンス・カフェを」という動きが始まっている。

サイエンス・カフェとは、コーヒーなどを飲みながら、第一線で活躍する研究者から最新のサイエンスやテクノロジーについての分かりやすい話を聞いたり、直接質問したりする集まり。1998年頃イギリスで生まれ、日本でも東北大学などいくつかの大学がスタートさせている。

高知工科大学のサイエンス・カフェの「言い出しっぺ」は、山本真行准教授(電子・光システム工学科)。画像情報処理や信号処理技術を駆使して宇宙の神秘を探究し続ける、永遠の天文少年(?)である。山本氏の「志」に共鳴し、高知県内の高等学校の先生や、高知工科大学の職員などが参集し、サイエンス・カフェ実施の具体的プランを検討しよう、というところまで辿りついた。

新しいことを始めるのは、簡単ではない。ゼロからのスタートも容易ではないが、さらに難しいのは、既存のものにとらわれず、新たなモノやシステムを構築することだ。思えば、高知工科大学は恵まれていた。何もない、ゼロからのスタート。新たな大学作りには、膨大なエネルギーと情熱が必要だったが、それを阻む「既存の壁」はなかった。そして開学10年。大学としての地歩は、次第に固まりつつある。教育界や産業界からの評価もどんどん高まっている。しかし少しでも現状に安住しようという思いが芽生えた瞬間から、大学は硬直化し、成長する力を失ってしまう。

もっとも、それは杞憂に過ぎないようだ。広く学外の人たちと交流し、サイエンスやテクノロジーの魅力を伝え、知的な喜び、楽しさを共有したいと動き出した山本氏。その山本氏を「おもしろい、どんどんおやりなさい」と後押しする大学。こんな自由闊達な気風がある限り、高知工科大学が「既存の壁」を前に、立ち往生することはなさそうだ。

新しい年。新たな10年に向け歩みはじめた高知工科大学から、今度はどんな「スゴい!!」が飛び出すのか、楽しみだ(こ)



第17号
2006.8月号

「ドーキンスvs.グールド」(ちくま学芸文庫)という本を読んだ。

ドーキンスは「自然選択の単位は遺伝子であり、人間も含めた生物は、遺伝子の乗り物に過ぎない」という利己的遺伝子論を発表し、社会に大きな衝撃を与えた動物行動学者だ。対するグールドはサイエンス・エッセイの名手としても知られる古生物学者。生命は長い年月をかけて徐々に進化するのではなく、ある時爆発的に進化し、その後、長い停滞期に入るとする「断続平衡説」を唱え、進化は効率のような適応の積み重ねではなく、偶然の産物であると唱えた。

ドーキンスとグールドの論争の焦点は何かを、わずか数行の文章にまとめる能力は筆者にはない(言い訳するなら、そんなことが可能なら、そもそも「ドーキンスvs.グールド」という本自体が不要ということになる)。ただ、純粋に学術的な論争ではない部分における二人の姿勢に見られる相違点と共通点は、まことに興味深い。

まず相違点。ドーキンスは、徹底した科学万能主義者であり、過激なまでの無神論者である。彼は娘への手紙に「真実として信じていい理由は科学的な証拠しかない。信じてはいけない理由は伝統(伝説)、権威、啓示(神秘的なもの)」と書いている。一方のグールドは、「ユダヤ人の不可知論者」を自称し、科学的世界観は、哲学、歴史、宗教などが提示するそれと同じく、相対的なものであると説く。

共通点は、アメリカで影響力を強めつつある、反進化論や科学の衣をまとった創造論(インテリジェント・デザイン)に対して、科学者としての良心に基づき、先頭に立って徹底的な闘いを挑んだことだ。

無反省な科学万能主義は批判されてしかるべきものだ。しかし、人々が、科学的な視点や方法論(論理と実証を重んずること。反証によって仮説を鍛え直し、あるいは廃棄すること)から目をそらし権威や非合理の世界に身をゆだねる風潮も、大きな危険をはらんでいることを忘れてはならない。(こ)



第16号
2006.7月号

先日、小学4年の息子が「お父さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と真剣な表情で側に寄って来た。彼は恋多き男である。「最近、また新しい好きな人ができたらしいわよ。でも高嶺の花ね」などと妻が言っていた。さては恋愛相談か、と身構えたら、質問とは意外にも「お父さん、ブラックホールって何?」と言うものだった。いやはや、恋愛相談も苦手だが、サイエンスな質問は、もっと困る。うろ覚えの知識を総動員して、怪しげな答えを与えながら、自分の少年時代を思い出した。

幼い頃、世界は驚異に満ちていた。初めて顕微鏡でゾウリムシの動きを見た時の興奮。眠い目をこすりつつ夜空を見つめ、流れ星を見つけた時の感動。科学図鑑を夢中で読み、「宇宙の果ては一体どうなっているのだろう」と空想に耽ったこともあった。将来、科学者になろうとさえ思っていた自分が、一体いつの頃から理数音痴になっていったのか、などと感傷にふけるうち、つい、妻に叱られるのを覚悟で、息子に天体望遠鏡を買ってやると約束をしてしまった。

さて、この小4の息子は、数年前、高知工科大学のオープンキャンパスに「参加」した経験がある。光無線通信の実験や、乗馬ロボットに目を輝かせ、手にした人工ダイヤモンドで氷がスウッとまっ二つに切れる様子に驚嘆の声を上げていた。以来、彼の将来の夢は一貫して、「阪神タイガースの選手。それがだめなら科学者」。残念ながら、どんなに親のひいき目で見ても、将来の阪神タイガースを担う可能性は限りなく低そうだ。

今年もオープンキャンパスの季節がやってきた。ここで将来の道を見いだす高校生が、きっと数多くいるに違いない。そして、子どもそっちのけで様々な実験に目を輝かせ、「科学少年」だった頃の自分に再会する保護者の方々も、きっと少なからずおられるに違いない。(こ)



第15号
2006.4月号

今年も大学パンフレットの取材で、たくさんの高知工科大生に会った。その中から、印象に残った何人かをご紹介したい。

井上亜寿沙さん(社会システム工学科4年)。開学プレ10周年を記念して開催された「プレゼン大会」に出場し、「世界制覇!!〜10年後のKUTと私」いう衝撃的(?)なタイトルで講演した。話しぶりから、KUTに対する深い愛着がひしひしと感じられた。元気一杯で笑顔が魅力的な彼女。きっと自分の力で自分なりの「世界」を築き、活躍してくれることだろう。

藤本敏幸くん(大学院修士課程2年)。学部生の頃、キャンパスベンチャーグランプリ四国に入賞したこともある「切れ者」。一見クールだが、困っている人を見ると放っておけない男気あふれる若者。昨年、近郊の農業グループに頼まれ、ボランティアで農業特産物のネット販売システムを構築した。

梅山直樹くん(大学院修士課程2年)。静岡から高知に来て「よさこい」の魅力にハマった彼は、大学から貸与されたハイビジョン対応カメラをかつぎ、「よさこい」の会場へ。収録した映像をビデオクリップにまとめ、大学の公式HPで公開した。

出晴裕子さん(情報システム工学科2年)。1年間のドミトリー(寮)生活を終え、今年からアパートで一人暮らしを始める彼女は香川県の出身。「入学式の時、地元の人たちが新入生にうどんを無料で振る舞ってくれたのに感激しました。味は本場の方が勝っていたけど(笑)、でもすごく心が温まりました。

いろいろな人と出会い、支えられ、大きく成長し続けるKUTの学生たちの魅力的あふれる「今」が、もうすぐ完成する大学案内には一杯詰まっている。(こ)



第14号
2005.12月号

2005年もあとわずか。来年は高知工科大学が開学10周年を迎える節目の年だ。私事で恐縮だが、筆者の末息子も来年10歳。「大きくなったら学校の先生になる。それがダメならタイガースの選手。それもダメなら物理学者」と夢はなかなか壮大(?)である。

開学当初、高知工科大学に注がれる視線は決して温かいものばかりではなかった。「日本の工学教育の新たなカタチを創造する。先端研究開発で“技術立国・日本”の未来に貢献する」という理想も、しばしば「高望み」と受け止められた。しかしどうだろう。今や高知の人たちの多くが、「高知工科大学は高知県の貴重な財産」と考え、その先端研究成果に、地域活性化の期待を托している。昨年は文部科学省の2大プロジェクト「21世紀COEプログラム」と「特色ある大学教育支援プログラム」にダブル選定されるなど、教育関係者、研究者の間でも、高知工科大学は確かな存在感を示すまでに成長した。

だが油断は禁物だ。確かにキャンパスには創立時を彷佛とさせる若いエネルギーが充ちている。教員たちも当初と変わらぬ情熱を研究・教育に注いでいる。しかし「恐いもの知らず」のチャレンジ精神を持った1期生たちに比べ、現在の学生諸君がコンパクトにまとまって見えるのは思い過ごしだろうか。ある教員が「望むべき学生像は?」という質問に「思慮のあるお祭り人間」と答えていたが、“祭り”のような情熱に駆られ、学問・研究に没頭する学生が、高知工科大学の一層の発展には欠かせない。

と思っていたら、「ロボット倶楽部」のロボコンでのひさびさの入賞、「電鋭創造工作車輌部隊」の四国EVラリー(電気自動車による省エネ走行ラリー)での部門優勝と、学生たちの元気なニュースが次々と飛び込んできた。どうやら「中だるみ」への不安は杞憂だったようだ。(こ)



第13号
2005.8月号

高知工科大学のスタッフの一人から、「最近の『ゆう』は難解すぎる」というご指摘をいただいた。反省を込めて「わかりやすさ」について考察してみたい

簡単なことを難しく言うのは最低の説明法。難しいことを分かりやすく言うのは最上の説明法。筆者の経験では、一流と呼ばれる研究者ほど、難しいことを分かりやすく語ってくれる。そこで「分かりやすさ」とは何かということだが、分かりやすさにはいくつかのポイントがある。一つは「用語」の問題。一般人は「アフォーダンス」だの「サイバネティクス」だのと言われても分かるはずがない。ところが研究者の中には、自分たちが使う専門用語が、決して一般的でないことに気づいていない人たちがいる。専門知識のない人に専門的な事柄を説明するのは、思った以上に心配りが必要なことなのだ

「イメージの喚起」も重要だ。相対性理論や量子力学が極めて難しいのは、それらが示す「世界」が経験的に想像できないことにも一因がある。そういった場合、我々の経験の中から類似的なものを取り出し「たとえば」と適切な例を示すことが、理解の助けになる。ところがこの「たとえ」がやっかいなのだ。あまり厳密性を犠牲にしてしまうと、「正しいようでいて、どこか間違っている概念」を聞く者に植え付けてしまう。しかし学問的厳密性にこだわりすぎると「難しすぎてわかんない」と言うことになる。一流の研究者には、このあたりのさじ加減が絶妙な人が少なくない。

そしてもう一つの重要な要素は「相手の興味をひく」こと。人間は、興味のあることなら熱心に聞く。また好感を持っている人の発言には注意と敬意を払う。人間的な絆は、コミュニケーションを成立させる大前提なのだ。

さて、筆者はここまでの文章を、高知工科大学で出会った教員の方々を念頭に置いて書いてきた。彼ら、彼女たちの説明は、文句なしに「分かりやすい」し「面白い」のである。この夏、オープンキャンパスで、ぜひそのことを自分の目と耳で確かめてほしい。(こ)



第12号
2005.7月号

相対性理論が提唱されて今年で90年。ちょっとしたアインシュタインブームのようだ。書店には相対性理論の解説本が並び、新聞や科学雑誌でも「アインシュタイン特集」をしばしば目にする。そんな世間の風に乗せられて、先日、門司レトロ地区まで足をのばし、アインシュタイン夫妻が滞在した旧三井倶楽部のメモリアルルームを見学した。余談だが、かつて国際貿易港として栄えた門司港の古い街並みを生かしつつ、新しい都市機能をうまくミックスさせた清新なまちづくり計画で、街並みの景観デザインを手がけたのは、高知工科大学の重山陽一郎准教授である。

相対性理論によって、それまで数百年にわたって絶対とされてきたニュートン力学の「誤り」が明らかになった。イギリスの哲学者カール・ポパーは、科学的な命題(科学理論や法則など)は「反証可能性」を持たねばならないと主張した。反証可能性とは「観察と論理によって反証され得る可能性がない理論や学説は、科学ではない」という考えだ。今現在「正しい」とされている理論は、「今のところ“正しい”が、いつか反証される可能性を持つ“仮説”である」というわけだ。

無論、反証主義に対する反論も数多く提起されている。たとえば宇宙の根源は振動する「ひも」であると説く「ひも理論」などは、今のところ実験によって実証することも反証することもできないが、だからといってこれを「科学にあらず」と切り捨てるわけにはいかないだろう。

しかし、どんなに偉大な人が提唱した理論であっても、実験で反証されれば「誤り」であり、誰もが論理と実証とを武器に自由に議論を戦わすことができる、という「自由闊達の精神」が、科学はもとよりあらゆる学問の生命線であることは間違いない。そして大学とは本来、そうした「自由闊達の精神」の故郷であるべきだ。(こ)



第11号
2005.4月号

最近、「プリンストン高等研究所物語」(ジョン・L・カスティ著/寺嶋英志訳・青土社)という本を読んだ。プリンストン高等研究所はアインシュタイン、ゲーテル、フォン・ノイマンなどの天才たちが集まった「知の楽園」として知られる研究機関。物語ではこれら実在した人物たちが、ゲーテルの教授昇進とフォン・ノイマンの提唱したコンピュータの開発プロジェクトの是非を巡って丁々発止のやりとりを繰り広げる。

プリンストン高等研究所の創立宣言には、「この研究所の第一の目的は純粋科学の領域における高度な研究の遂行と、研究所の設備、スタッフと所員の実力の許す限りの高度な学風にある」という一文が掲げられている。フォン・ノイマンのめざす「工学的」なプロジェクトは研究所の主旨に合致しない、というのが反対する人たちの理由だった。最終的にはコンピュータ開発は認められ、フォン・ノイマンは「コンピュータの父」の一人として歴史に名をのこしたわけだが、同研究所が「応用的研究」を承認したのは、後にも先にもこの一度きりのことだそうだ。「応用研究にそこまで目くじらを立てずとも」と思う反面、それはそれで一つの見識だ、と感心させられもする。

大切なのは、プリンストン高等研究所が自らの存在意義を明確にし、それを実践している点だ。開学9年目の春。高知工科大学は「日本にない大学の創造」という理想を掲げ、一歩ずつ確かな歩みを続けてきた。昨年、「21世紀COEプログラム」と「特色ある大学教育支援プログラム」の2つの選定を受けたことは、研究機関として、教育機関としての高知工科大学の卓越性を示すものと言える。だが油断は禁物だ。理念は往々にして忘れ去られたり、ゆがめられたりする。今一度、初心に立ち返り、新たな気持ちで、独自の存在価値を高めていってほしい。(こ)



第10号
2005.1月号

2004年の締めくくりとして、高知工科大学10大ニュースをお届けします。

IKUTが学内ベンチャーに初出資/米国企業も出資するベンチャー企業、ネックスカードジャパン(社長・カートラッツ氏)にKUTも出資。H21世紀フォーラム開催/1月には大阪、12月には京都でフォーラムを開催(日本経済新聞社等と共催)。産学連携とこれからの大学教育のあり方を巡るディスカッションに、のべ2000人が耳を傾けた。G教員が「志」ある起業/菊池豊助教授(総合研究所)が、情報ネットワークの地方分権を目標に掲げ、(有)ナイン・レイヤーズを起業。F学生の受賞ラッシュ/「まちの活性化・都市デザイン競技」(主催・都市づくりパブリックデザインセンター)で、社会システム工学科の学生たちが奨励賞を受賞。他にもキャンパスベンチャーグランプリ四国で2名が入賞など、受賞が相次ぐ。E特待生制度がさらに充実/'05年度より「特待生B」を新設。授業料減額で学べるチャンスが広がる。D夢の新技術、実用化まで秒読み/山本哲也教授(電子・光システム工学科)が開発した透明導電膜の新製法が話題に。液晶ディスプレイを半額にする画期的技術。C就職絶好調/1期〜3期に引き続き、4期生も97・0%の就職率を残す(5期生の就職内定状況の詳細は本誌に)。B工学部系学部教員発ベンチャー企業数第1位/2位は東北大。早稲田大、東大、立命館大などを抑えて首位に。A新教育研究棟、竣工/産学連携の新たな創造的「場」の形成をめざす総合研究所(所長・水野博之・元松下電器産業副社長)の拠点となる新棟が完成。最新設備を備えた大教室や、超高気密のクリーンルームも設置。@「21世紀COE」と「特色GP」でW選定/世界水準の大学づくりをめざす文部科学省の2大プログラムの選定を受ける。(こ)



第9号
2004.8月号

先日読んだ「磁力と重力の発見(山本義隆著:筑摩書房)」で、面白いことを知った。ニュートンが万有引力の法則を唱えた時、ドーバー海峡を隔てた隣国、フランスの哲学者・デカルトは、「それはおかしい」と猛反発したらしい。

デカルトは「何もない空間を、しかも瞬時に引き合う力が伝わるなどという馬鹿げた話があるものか」と反論した。徹底して理性と合理性を重んじたデカルトには、ニュートンの考えがまるで中世の魔術のごときものに思われたのだ。しかもニュートンは、「すべての物質は重力を持ち、互いに引き合う」と言いながら、「なぜ引き合うのか」について何も語っていない。このこともデカルトには我慢ならなかったようだ。

現代物理学では、重力とは時空のゆがみであるとされている。しかしどうして物質があると時空がゆがむのかは、わかっていない(さまざまな仮説はあるようだが)。

実は「問い」の中には、原理的に答えることが不可能なものがある。「なぜ宇宙は生まれたのか」「神は存在するのか」「死後の世界はあるのか」…。こうした問いには、肯定的にも否定的にも答えられる。そしてどちらも“事実”と照らして正否を確かめることはできない。ということは、どちらの答えも論理的には意味がない。

ヴィトゲンシュタインという哲学者は、著書「論理哲学論考」で、「およそ語られ得ることは明晰に語られうる。そして、論じ得ないことについては、ひとは沈黙せねばならない」と述べた。しかしそれでも人間は、問うことを止められない生き物で“あるはず”だ。今、若い人たちに必要なのは、安易に「答え」を与える教育ではなく、意味のある答えを導くことのできる「問い」を立てる力を育む教育である。よい問いを立てることは、答えを出すことの何倍も大切なことなのだから。―今回GPに選定された高知工科大学の教育プログラムからは、そんなメッセージが聞こえてくる。(こ)



第8号
2004.7月号

先日、「スクール・オブ・ロック」という映画を観た。過激なパフォーマンスが災いしてバンドを追い出されたミュージシャンが、ひょんなきっかけで名門私立小学校の教師になりすますことに。ある日、子供たちが音楽室でクラシック音楽を演奏しているのをのぞき見た彼は、あるアイデアを思いつく。それは子供たちをだましてロックを練習させ、バンド対決に出場して優勝賞金を手に入れようというものだった…。お決まりのストーリーであっても、永遠のロック少年(?)にとっては、笑いあり涙ありの、まことに楽しい映画だった。

「数学は理性の音楽であり、音楽は感性の数学である」という言葉があるが、数学と音楽は、もともと非常に縁が深い。「ピタゴラスの定理」で知られるピタゴラスは、数学者であると同時に音楽家でもあった。ある弦の3分の2の長さの弦がもとの弦より5度高い音を出し、2分の1の長さの弦がもとの弦より1オクターブ高い音を出すことを発見したのはピタゴラスである。数学者は総じて音楽好きらしい(しかし、音楽家が総じて数学好きということはないようだ。逆は必ずしも真ならず、である)。

だが、こと音楽好きに関しては、数学以外の自然科学分野の研究者だって負けてはいない。アインシュタインはバイオリンを弾いた。彼が「私にとって死とは、モーツァルトを聴けなくなることだ」と言ったのは有名な話だ。同じくノーベル賞を受賞した物理学者、リチャード・ファインマンは、打楽器をこよなく愛した。物理学教科書の古典的名著として知られる「ファインマン物理学」の表紙を開けば、コンガを抱えてうれしそうに微笑む彼の写真を見ることができる。

きっと、高知工科大学の教員陣の中にも、隠れた名演奏家がいるに違いない。(こ)



第7号
2004.3月号

先日読んだ「ファインマンさん最後の授業」という本の帯に、こんな惹句があった。『デカルトはなぜ虹を研究したと思う? 虹を美しいと思ったからだよ』。リチャード・ファインマンはアメリカの物理学者。1965年、朝永振一郎博士らと共に、ノーベル物理学賞を受賞。また教育者としても極めて高い評価を得ている人物だ。

野球では「名選手、必ずしも名監督ならず」と言われる。では「優れた研究者」は「優れた教育者」なのか、あるいは必ずしもそうではないのか? 先日、高知工科大学の若手教員の方々の座談会に同席して、この問いに対する答えを得た気がした。

当日集まったのは、いずれも各々の研究分野で将来を嘱望されている研究者たちだ。彼らに「学生たちを大きく成長させる高知工科大学の教育の秘密は何か?」と問うと、1人が「それは手間のかけかたが全然違うから」と即座に答えた。

超多忙なスケジュールの中、自分の研究を進め、学生たちを育てる。普通なら、愚痴の一つも言いたいところだろう。にもかかわらず、「学生たちが工学の面白さを感じ、成長できるよう、もっと努力をしなければ…」と語る彼らは、優れた教育者としての資質を間違いなく備えている。

実はこの対談の数週間前、ある大学の学長と話す機会があった。日本の教育の現状を厳しく批判し、あるべき大学の姿を追求し続けるその人は言った。「人間として尊重されたことのない若者が、人間を尊重できるはずがない。まず、学生一人ひとりを人間として尊重することこそが、教育の出発点です」。

座談会に出席した若手研究者たちも、恐らく学生時代、彼らを人間として尊重し、情熱をもって育ててくれた「師」と出会った経験があるに違いない。今彼らは、いわばその「恩返し」として、学生たちの教育に情熱を注いでいるのではないか。(こ)



第6号
2004.1月号

【新春KUTいろは歌留多】1年次から始まる専門研究。ロボットをもっと賢くする。ハイテクベンチャーで日本を救う。日本にない大学。本格的に建設マネジメントが学べる社会システム工学科。別人のように4年で成長。土佐といえば竜馬とKUT。地球にやさしいモノづくりなら物質・環境システム工学科。リモートセンシングで防災監視。ヌケてるようで実はスゴい先生も…。類は友を呼び、某教授の研究室は変人の巣。オプトエレクトロニクスの最先端を学べる電子・光システム工学科。ワークステーションを使いこなす。学生が画期的ナノ素材を開発。「よさこい」で完全燃焼。大学院1期生、就職率100%。連携研究センターで起業をめざす。早期卒業で3年次修了後、大学院生。ツキも一流の研究者の証明。寝言でも英語で研究発表。夏はモンゴルで土壌調査。ライバルはスタンフォード。昔も今も研究の原動力は好奇心。腕だめしの建築コンペで入賞。遺伝子の発現を制御できる日は近い。ノーベル賞も夢じゃない。遅咲きの才能がKUTで開花。クリーンエネルギーの開発に挑む。ヤングベンチャーコンテストでグランプリ受賞。まちづくりを実践的に学ぶ。「景観デザイン」で日本をもっと美しく。フロンティア工学コース、始動。国際会議で学生が研究発表。液晶をナノマシンの動力源に。テーマは自分たちで決める「学生研究」。赤潮除去の新システムを開発中。産学連携研究、花盛り。機械工学の新たなトビラを拓く知能機械システム工学科。ユビキタス社会を支えるKUT発・世界最高のセキュリティ技術。飯も忘れて研究三昧。未来の光、高輝度白色ダイオード。情報社会の未来をデザインする情報システム工学科。遠隔操作で未来のモノづくり。光を自在に操るデバイスを開発。藻で「食べられるワクチン」を創る。世界最速プロセッサはKUTにあり。スタディスキルズで「人間力」に磨きをかける。京(けい)は10ペタ、ギガの百万倍。KUTの夢は無限大。(こ)



第5号
2003.8月号

ランディ・ニューマンというアーティストにPolitical Science(政治的科学)という曲がある。「なぜか、みんなが我々のことを嫌っている。完全な人間などいない。だが我々が精一杯やっていることは神様がご存知だ。なのになぜか、古い友人たちまでもが、我々を見下すのだ。こうなったら、デカいのを一発お見舞いしてやろうか」という物騒な歌詞。この曲が作られたのは1972年のことだが、現在のアメリカの姿を思い浮かべながら聴く時、シニカルな笑みがこぼれるのを禁じ得ない

物理学者にして作家、かつ閣僚として科学教育の普及に尽力した英国人、P・C・スノウは、1959年、ケンブリッジ大学で「二つの文明と科学革命」と題する講演を行った。「二つの文明」とは、理科系文明と文科系文明を指す。スノウは、この二つの世界観、思考様式、知識領域の断絶が、やがて人類にとって深刻な事態を引き起こすと警告を発した。

政治の世界では、文系出身者が圧倒的多数を占めている。全閣僚中、理系(医学部)出身は一人。公共事業の見直しや道路公団民営化が政治の焦点となっているが、建設技術や建設マネジメントに関して専門的な知識を持つ政治家は、数えるほどしかいない。科学技術振興は日本再生の切り札と喧伝されるが、科学技術に関して豊かな見識を持つ政治家を列挙するのは至難のわざだ。

理系出身者が政治に関わればよし、という単純な論を展開するつもりは毛頭ない。が、科学技術、なかんずく工学が人々の幸福に寄与することを目的とするものであるなら、理工系の研究者、技術者も、そして当然、これから工学を学ぼうとする者も、「何が幸福か」「これからの社会はどうあるべきか」という問と、真摯に向き合わざるを得ないのではないか。間違っても、Political Scienceに与(くみ)することがあってはならない。(K)



第4号
2003.6月号

高知工科大学ではこの春から、新カリキュラムをスタートさせた。キーワードの一つは『教養』。大学教育において『実用』『実践』が大流行する中で、なぜ今、あえて『教養』なのか。年甲斐もなく夏目漱石の小説『三四郎』を再読していて、その答えの一端に触れた気がした。

『三四郎』に、野々宮という物理学の研究者が登場する。彼は光線に圧力があるかどうか、実験を続けている。「理論上はマクスエル以来予想されていたのですが、それをレベデフという人が初めて実験で証明したのです」と野々宮は語る。マクスエルは十九世紀の物理学者。光が電磁波と同一のものであることを予言し、現代物理学の扉を開いた人物である。漱石は、当時の先端科学技術にも深い関心を寄せていた。

漱石が建築家を志したことがあるのは有名な話だ。漱石と双璧をなす明治の文豪、森鴎外は医学で名を為した。二人が文武両道ならぬ『文理両道』の人だったことは、単なる偶然ではなく、時代の必然であったかも知れない。明治期に活躍した人物たちは、政治家も、科学者も、文学者も、実業家も、専門家であると同時に、深い教養と豊かな視野を持ち、時代が己に課した使命を全うした。

ひるがえって現代はどうか。多くの若者が「自分の道が見えない」と言う。あえて道を求めようとしない当人にも責任の一端はあるだろう。しかし、人は学ばなければ、天分を開花させ得ない。道を識ることはかなわない。教育を提供する側の責任は、極めて重大と言わねばならない。   (こ)



第3号
2003.3月号

今年は南国・土佐に珍しく雪が積もった。高知工科大学のキャンパスでも、雪だるま作りや雪合戦に歓声をあげる人たちの姿が見られた。だが2月も終わる頃には、梅の香りをのせた春一番が吹き、季節は刻々と、春爛漫に向かって流れて行く。この一文が読者の皆さんの目に留まる頃には、大学に隣接した鏡野公園の桜が、満開の花を咲かせていることだろう。

ハワイの人たちは「アロハ・スピリッツ」を持っている、と言われる。常夏の気候よりも、美しい海よりも、観光名所やショーの数々よりも、人々を惹きつけるのは訪れる者を仲間として迎えもてなす、この「アロハ・スピリッツ」があるからだ、と言う人も多い。実は、県外人である筆者は高知を訪れるたびに、この「アロハ・スピリッツ」に似たものを感じる。

どの土地でも、特に地方の町や村では、外からやって来た者を、容易に仲間の輪に入れようとしない。外面はにこやかに迎えても、心のどこかに敷居を設ける。その敷居が、高知では全くないとは言わないまでも、限りなく低い。常に胸襟を開き、策を弄さず、相手の懐に飛び込んで大事を成した坂本龍馬も、そんな土佐人の典型だったかも知れない。

ところで、桂浜に建つ坂本龍馬の銅像は、ご存じのように大平洋を見つめている。ちなみに高知空港の傍らに建つ吉田茂の銅像も、滑走路の向こうに開ける大平洋を向いている。「中央志向」ではなく「世界志向」。このあたり、高知工科大学の学風と、どこか共通するものが感じられて面白い。(こ)



第2号
2002.12月号

徒然草に、「何事も、古き世のみぞ慕わしき」という一節がある。過去にすがるのは先が見えない不安の裏返しである。徒然草の著者、吉田兼好が生きたのは、鎌倉幕府の滅亡から室町幕府の成立、南北朝の動乱に至る大激動の時代だった。翻って現代。敗戦後、さらに遡れば明治維新から続いてきた「日本というシステム」が大転換の時を迎え、「先が見えない」ことに不安を感じる人は少なくない。

去る十二月、東京、日経ホールで開催されたフォーラム「産・学の新たなパートナーシップをめざして」は、「不安の時代」を生きる我々に、貴重な示唆を与えてくれるものだった。冒頭、基調講演に立った末松安晴・国立情報研究所所長は「大学技術移転促進法の施行などにより、環境は徐々に整ってきた」と語り、産学連携の新たな展開に期待を表明した。「ミスター光ファイバー」として世界的に知られ、米国の研究事情にも詳しい末松氏は早くから、日本の国際競争力を高めるためには、産学連携の強化と新たな大学教育のシステム作りが欠かせないと説き続けてきた。こと産学連携に関しては、ようやく時代が氏に追いついてきた、というところだろう。

では、もう一つの柱、「新しい大学システム」はどうか。末松氏は高知工科大学の設立に中心的に関り、初代学長を務めた。多くの地方私立大学が存立の瀬戸際に立たされる中、高知工科大学は来年度定員増を実施するなど、順調な発展を遂げている。開学から六年、画期的な研究成果も次々と誕生しはじめた。

だがここで満足してはならない。橋本大二郎理事長(高知県知事)もパネルディスカッションの中で「新設大学も五〜六年経てば官僚主義が出てくる。これを常に排除していくことが重要」と述べていた。その言葉通り、大きな理想とともに健全な危機感を抱きつつ、「日本にない大学」づくりを進めてもらいたい。(こ)



創刊号
2002.10月号

一昨年の夏、高知工科大学のオープンキャンパス見学会に参加した。子供たちは、ロボコン世界大会初出場・初入賞の快挙を成し遂げたロボット倶楽部のマシンに乗せてもらい、おおはしゃぎ。塀のないオープン設計のキャンパスということもあって、高校生や保護者だけでなく、子供たちの姿も見られる。「いい大学ですね」と言うと、マシンを操作してくれた学生が「ええ、施設は一流、先生は超一流、アカんのは学生だけですワ」とくったくなく笑った。

ところがどうして、その学生は大学院に進学し、この夏、日本でも指折りの電機メーカーへの就職が内定したと聞いた。今、企業を取り巻く環境は厳しさを増している。国際競争に勝ち残るために、実力本位で人材を採用する。「大学名」で就職が決まる時代は確実に終わりつつある。件(くだん)の学生は、俗に言う「有名大学・一流大学」の出身者をしのぐ実力を持っていたのだ。自ら「アカん学生」と称していた彼を、そこまでに成長させたものは何なのか。

「まるでKUTマジックですね」と教官の一人に話すと、「魔法でも何でもありませんよ。我々は、とにかく鍛えますから。当然、ついてこられない学生もいます。ただし、『やる気のないやつは去れ』という突き放した指導はしません。学生のやる気を引き出すのも、我々の務めです。やる気は、誰でも持っていると思いますよ。そして学ぶことは(受験勉強はさておき)本来、面白いんです。まず、その面白さに気付かせてあげること。分からなければ分かるまでとことんつき合うこと。それだけです」と答えてくれた。

多くの卒業生が「人生でこれほど勉強したことはなかった」とうれしそうに語って社会へと巣立っていく大学。そんな大学が他にいくつあるだろう。なるほどKUTは「日本にない大学」だ、と改めて感じたのだった(こ)

 
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