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今年の遊牧シーズンは、移行期という事で念を入れて手数をかけるやたら多い入試日程もあって、まとめて海外逃亡は出来ずじまいであった。その分国内を東西南北なめるように動き回る。「量子ホロノミの統一理論」を幾つかの学会で手分けして広める。その中で一カ所、聴衆の中から「exceptional point in complex plane」に関する良い質問がでて、突ついてみると、新しい方向の発展につながりそうな気配濃厚となった。来春までに3人の共同研究の成果となるかどうか。 |
そうこうする間に、昼食に学外の食堂まで出かけたひと日、澄み渡った空と少し色づいた木々に、いつしか土佐にも秋が訪れた事に気づく。
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| 投稿していた自信作の論文に、欧州のレター誌からやっと色良いレフェリーリポートが来て、序文やらの少しだけの化粧直しをして、今日雑誌屋送りつける。主観的にはこれまでにかいた論文の中でも最も意味のあるものと考えているのだが、思い返すと論文を書いたあとにそう感ずるのは、多分これが10度目くらいである。 |
などといっている間に、世の中で大事件が起こっている。なんと毎年ノーベル候補の益川小林両先生に加えて、南部先生にもノーベル賞が!南部先生は希代の着想家で、その抽象空間における融通無碍の天才的ひらめきで、ディラックにも通ずる学風である。もう時期を失して駄目なのでは、ともいわれたが、本来ノーベル賞3つくらい貰うべき業績とは、本郷の原子核理論家の初田君の口癖であった。最後に正義がなされたのは意義深い。
小林先生のノーベル賞まちで退職後も少しの間KEKでは「ダイアモンドフェロー」とかいう名前で居てもらった筈。間に合わなくてKEK理論部は残念がっているだろう。京都に今信長が出て、京都駅前のバスターミナルの醜い空間に石畳を敷き詰めて、「益川広場 Piazza Maskawa」を創成しないものか。
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何の脈略も理由も無く、突然のように、この夏から家に来ていた仔猫のアッティラが11月10のの朝、息を引き取った。まだ生後7ヶ月にもならないで。おとなしい、臆病なほどの仔で、外に連れて行っても知らない場所ではへたり込んで前へ進もうとしなかった。しかしよく餌を食べて大きさはもう成猫並みになって、家では元気に無心に遊んでいた。命の儚さ、運命の残酷さ不思議さ、その余りの理不尽さに呆然となって、数日仕事が手につかない。
Perche, perche Signore,
ah, perche me ne rimuneri cosi?
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| そろそろ大学のキャンパスに連れて行って、走り回る事を教えてあげようと思ってた矢先である。躾は小さい時が肝心ということで、乾燥餌で、普段は家の中でも一つの部屋だけに居るようにしておいたのだ。こんなに短い命なら、せめてもっと好きなものを食べさせ、好きな場所で好きなだけ思いっきり遊ばせて上げたかった、と後悔は先に立たない。 |
罪滅ぼしにと、秋の寂しさを感じる場所を色々巡ってみる。さすがに平地の服装では山々を行くと鳥肌が立つほどである。しばしの静謐さのなかに、下の世でおこっている激動を忘れる。このような清浄な秋のひとときも、考えてみればあと何度得られるのかは分らない。仔猫であれ人であれ、生との別れは予兆もなく、不条理にやってくるのだろう。
世の激動といえば、今回のは世紀に一度のような、世の中の価値観自体の大変更、進路変更を伴うものなのであろう。昨日までMaster of Universeを僭称していた人々が一敗地にまみれている。
幸か不幸か、私たちはこれまでの世に慣れ親しんで歳を取ってしまい、おそらくは変化に取り残されて、世の流れとは別に、陰のように残余の年月を生きて行くだけであろう。私に出来るのは、何かしら後の人の思索の素材となるような、美と調和のある抽象的産物を、一つでも二つでも残そうと試み続ける事だけである。
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