メモランダム


全 卓樹

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ニーチェの定理とサイモンズ投資哲学
[Dec 5, 2008]

久須美様、古沢様

全です。昨日の宮本君の講演ご感想はいかがでしたか。私のようなずぶな初心者とっては、単なる名前であった「デリヴァティヴ金融商品」というのの実体とその含意が理解できた分かり易い話でした。

結局はcredit default swap(CDS) にしても collateralized debt obligation(CDO)にしても、本来は投資リスクをヘッジする保険として出発したものを、リスクを負って高収益を得る機会を与える手法に巧妙に転化改編したものなんですね。

このような「非倫理的な」わざわざ世のリスクを拡大する手法の開発と、その背後にある新自由主義経済思想が、今回の大破滅で最終的に破綻し断罪された、というのが世間流通の最近の論調ですが、どうもこのような水に落ちた犬を叩く言説には、まず違和感を感じます。

そこで夕刻、鰹の皿鉢を前にして、宮本君と突っ込んで話してみました。彼の職業では、ハイテク投資がいかなる思想のもとに倫理的に正当化されてきたか、彼が職業上の誇りを何に見出しているかを聞き出したかったからです。話を通じて感じたのは、確率微分方程式と分布関数を駆使した新投資手法は、今後もますます発展するだろうという事です。以下はその概要。

全「誰かの生命保険を、第三者に売るのは”非道徳”で禁止されてるよね。素人考えだと、債券の倒産保険だって同様で、CDSは”違法”って感じがどうしてもするけど」

宮「経済ではね、市場の信認を得た商品は”良い商品”で、違法のまさに反対物なのよ。信認ってのは優良顧客が安定的にあるという意味ね。勘違いしないでほしいのは、CDSやCDOの主要顧客は郵貯、年金、保険といった機関投資家なんだよ。ヘッジファンドじゃなくて。CDS、CDOを違法にしても、合法な国に単に資産が流れるだけ。仮にもし世界的に禁止したら、誰かがまた賢いスキームの同等な何かを作って、まちがいなくそれが売れる。」

全「社会が、通常商品以上のハイリスクハイリターンを望んでる、社会全体にギャンブルの要素が今より必要ってこと?」

宮「多分ね。今の世の中だと、学校でた時点で、いや生まれた時点で人生見えてしまう。最初の一度きりの偶然で八方ふさがりじゃあね。合法的恒常的ガラガラポン装置が、経済活動のなかにわざわざ組み込んであるのは、むしろ良い事と思う。こういう商品のせいで信用力のないベンチャーも次々資金調達できる訳で、デリバテブは非道徳どころか、むしろ社会の進歩を促す新発明でしょう。」

全「なるほど。”バビロンの籤”の導入で、行政的強制なしで、ランダムに社会流動性をたもつと。」

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宮「僕らは背広来てネクタイ締めてても、心の中では槍一本でサヴァンナを行くマサイ族の戦士。 だいたい社会の安全装置があまり完璧になると、組織に縋って人間の野生や能力が退化する。 小さい偶然、大きい偶然が沢山転がっていて、目と腕を磨いて危険の中にチャンスをとらえて成功するのが命の姿、人生の本道でしょ。」

全「はああ。兜町を夕日のガンマンが往く、ってわけね。理論物理と恋だけに生きてた大久保時代と、全然変わんないんだ。ロマンティックだね。」

宮「いや、まあ。そんなに冷やかすなよ。」

全「で、デリヴァティヴというのは、そういう”野生のロマン”を市場に再現する、なんというかガチガチに合理的な社会のど真ん中に組み込まれた、非合理の人間性回復装置ね。」

宮「うん、リスクを余り排除すると結局、ガラパゴスみたいな永遠の昏睡の世界になって、生きる元気が出ない。」

全「新自由主義ってのは、金銭欲に基づく底の浅い社会進化論思想ってことで、今では嘲笑の対象だよね。でも本当はその背後に、一種の”光輝ある人生の哲学”がちゃんとあって、それはベルグソンのエラン・ヴィタルとか、いやもっとさかのぼってニーチェの哲学に淵源があるのかな。」

宮「ニーチェねえ。哲学とかはあまり勉強してないけど、経済活動の新機軸の芽を摘んだら、残るのは公共事業頼みで過去の栄光に縋る産業ばかりの灰色の世の中。官僚的体制のなかで既得権の無い人に割こむ隙はない。不満が内向、しまいに暴発するかもしれないよ。」

全「飼いならされた羊の価値観が社会全体に蔓延すると、結局は徒党を組んだ凡庸な人々が支配する世の中になっちゃう、ってのがニーチェの定理。創造的活動は萎んで、とりあえずものを廻すためのご大層な名目と形式、会議と儀式ばかり。そういう凡庸の支配の正反対として、ニーチェはルネサンス時代のイタリアを理想化したんだよね。数理ファイナンスの槍を磨き上げて市場の歪みを突くサイモンズ。恐竜企業を次々屠って、もうけた何千億で美術館や数学研究所を作る彼なんかは、現代のチェーザレ・ボルジアだという事になるのかな。」

宮「ええ?そんな大仰な事言ったら、サイモンズ自身目を白黒するかも。でも確かにWeb2.0とかいって、ネット漬けで物の考え方まで知らぬ間に均一化して、羊みたいに元気ない若手とか多いし。」

全「で、サイモンズがボルジアなら、グリーンスパンは彼を庇護した法王アレクサンデル6世って感じか。」

宮「ルネサンスかあ。そういえばサイモンズのヘッジファンドの名前はルネサンス・テクノロジーって言うんだよ。グリーンスパンについて言えばねえ、今回の大崩落のあとの議会証言、ありゃないでしょ。”私は間違っていた”って、僕ら皆がっかりしたよ。そうじゃなくて、”今このときこそ、より強く市場の創造的破壊の威力と再生の力を信ずる”って言ってほしかった。」

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