待ったなしの病院経営に「突破力」のある医療人材を送り込む

上村 浩UEMURA, Hiroshi

専門分野

公認会計士監査・財務会計

詳しくはこちら


増加の一途を辿る日本の医療費問題。これをいかに削減するかが国の課題にのぼる一方、病院経営は厳しさを増し、多くの病院が赤字経営に苦しんでいる。そんな待ったなしの病院経営分野に「突破力がある人材」を送り込む。これをスローガンに、高知大学、香川大学、高知県立大学、本学が連携して、2018年4月に開設されたのが、「地域医療を支える四国病院経営プログラム」(文部科学省・課題解決型高度医療人材養成プログラム採択事業)だ。
医療の現場で働く多様な職種の人たちに、病院経営やマネジメントを学ぶ機会を提供し、3年間で43人の修了生を現場に送り出してきた。このプログラムを運営する主力メンバーの一人、上村浩准教授に、これまでの取り組みや地域貢献への手応えを伺った。

病院の実態に即した経営改革を実践から学ぶ

 人々の健康に密接に関わる病院経営には、人口構成や立地など地域の特性が大きく関わってくる。そのため、継続性のある企業体を維持するには、ヒト・モノ・カネ・情報の経営4資源をバランスよく見定める経営の基本に加えて、地域の他機関との関係を良好に保つ「協調戦略」が重要になる。
 一方、多くの病院経営者は、経営の基礎を学ぶ機会もないまま要職を担当し、各部局の責任者も教育の機会は与えられず、病院経営を学ぶことのできる場も十分とは言えない状況にある。
 こうした問題を解決すべく、高知大学にある四国唯一の公衆衛生学修士コースを母体として開設された「地域医療を支える四国病院経営プログラム」は、病院長、副病院長などの経営責任者だけでなく、医師、看護師、事務職員など多様な職種の受講生が一堂に会することで、四国ならではの経営課題を抽出し、実践的な解決策を見出すことをめざしている。
 このプログラムの最大の特徴は、「実践力」の追求。講義で経営の理論を習得するのと合わせて、演習としてリアルに近い実践の場を設けている。それが「ケースメソッド」と呼ばれる模擬経営訓練だ。参加者が自身が所属する病院や組織の経営課題を取り上げ、それに対して改善策を検討し、実践しながら答えを導き出すというもの。例えば、病床稼働率の向上に向けた仕組みづくりや、業務の効率化に向けたナースコールシステムのIT化、やりがいを重視した報酬制度の構築など、受講生は様々なテーマで、各病院の実態に即した経営改革に取り組んできた。
「現場で改善策を実践するにあたって、病院内にプロジェクト組織を立ち上げたり、直面した問題に対して財務指標を掘り下げ、その内容を理事会に提示したりと、極めて具体的な試みがなされているところも特徴です」と上村准教授。講師陣は受講生たちの進捗状況をチェックしながら、適宜アドバイスやフォローを行う。実践力を重視していることから、配置されている講師の多くは、現場をよく知る現役の経営者やコンサルタント。上村准教授も、研究活動を行う傍ら、コンサルティング業務を行う企業の経営者だ。このプログラムを通して病院内で起こっている変化について、こう語る。
「これまで、病院内で経営に関する課題を解決しようと動くと、大きな軋轢を生むことがよくありました。『人の命を預かっている以上、大きな変革はできない』で終わってしまう。しかしこのプログラムでは、課題の抽出に至るまでの分析が徹底的に行われているので、経営陣にも納得していただき、組織全体が動いてくれるんです。病院内で経営改革に対する理解が深まってきたことは、大きな変化だと思います」
 受講生たちが、経営の概念を自身のフィールドである病院に落とし込むことに成功したと言えるだろう。

病気経営に深く切り込んだプログラムへと進化

 このプログラムは、「課題解決型高度医療人材養成プログラム」の中間評価で「目標を上回る効果・成果が見込める」と評価され、最高評価である「S評価」を得た。四国の4大学が連携した持続可能なプログラムとして、地域医療を支える人材の継続的な輩出が高く期待されている。「座学と実践を両輪として実効性を高めていること、受講生が所属する病院内の課題に対して改善策を考え、実行するうえで、講師陣のフォロー体制がしっかりできていることが、評価されているのだと思います」と分析する。
 プログラムの内容は、受講生のニーズに合わせて年々進化を遂げてきた。一年目の講義は、経営の一般論を中心にした内容だったが、「病院経営に関わる指標を扱ってほしい」という受講生の要望から、2年目以降は、病院経営に深く切り込んだ形へとブラッシュアップ。毎年15名の定員を超える人気プログラムとなり、四国だけでなく、北海道や沖縄など地方都市から参加する受講生もいるそうだ。
 さらに、「修了後も継続して学びたい」と修了生2 名が本学の起業マネジメントコースに入学し、上村准教授の研究室で研究活動をスタートしている。「継続的に学びたいと思っていただけることは、内容として充実している証だと思う」と自信を込める。
「もともと医療経営は研究領域ではないので、このプログラムを通して、受講生の皆さんから多くのことを学びました。お互いに高め合えたからこそ、ここまで来ることができたと思っています」

文章中_MG_2087.jpg

医療従事者の使命感に「効率化」はどう立ち向かうのか

3年間のプログラムを通して、高知県特有の病院経営の課題が見えてきたという。その課題とは、どんなものなのだろうか。
「高知医療従事者の方々は、本当に県民のことを考 えながら懸命に職務を全うしておられます。でも、裏を返すと、その県民を思う気持ちが、経営の効率化を阻害する要因になっているのです」
 経営やマネジメントの手法では、経営の効率化や 業務のスリム化という論点が入ってくるが、それに対して多くの医療従事者は大きな抵抗感を持っている。高知県では、そこに「県民の健康を支える」という使命感が加わるのだ。
「県民を思う気持ちは大事ですが、効率化を進めなければ持続的な病院経営が難しくなる。そこをどれだけ冷静に話し合い、解きほぐしていけるのかが、このプログラムの重要なところです」
 こうした地域の文化や県民性などの特徴を踏まえた医療改革をめざす一方で、今後はプログラムの成果を広く発信していくことや、そこから自身の研究につなげることも視野に入れているそうだ。
「受講生の皆さんが課題の改善に取り組み、乗り越えようとしてきた成果をまとめて、ぜひ県民の皆さんに見ていただきたいと思っています。また、自身の知見を病院経営に生かして、研究室に入ってきた修了生たちと一緒にヘルスケアマネジメントという研究領域に切り込み、新たな問題提起につなげていくことも今後の目標です」

パートナーからのコメント
_X0A2001.jpg
高知大学医学部長、教育研究部医療学系教授「四国病院経営プログラム」事業推進責任者 菅沼 成文さん

日本の多くの病院では、経営やマネジメントの知識や経験のない医師が病院長を務めています。そのことに違和感を抱いていました。今病院の赤字が問題になっていますが、その要因のひとつが、医療従事者のコスト意識の低さです。病院の経営改革を実践するためには、経営やマネジメントについて、経営トップだけでなく現場責任者も意識することが重要だという思いから、実践力を追求したプログラムづくりを始めました。高知工科大学とは以前から医工連携を進めてきたこともあり、協力してくださる先生を募ったところ、上村先生に関心を持っていただきました。受講生は毎年定員を超える状況にあり、この分野が時代の要請にマッチしていることを実感しています。

_X0A2027.jpg
高知大学医学部附属病院副看護部長(2020年度受講生)原田 千枝さん

組織の中でいかにリーダーシップを発揮するか。そこに課題を感じていたことから、このプログラムに参加しました。現場で直面していたマネジメントの課題を実習のテーマとし、講師の方々にアドバイス をいただきながら実践することで、実務面の成果につなげることができました。グループワークでは、立場や職種の異なる人たちと活発な意見交換ができ、視野は大きく広がりました。新たな取り組みをするうえで、観察して方針を決め実践するまでの詳細なフローを教えていただいたことは、自身の大きな軸になっています。コロナの影響で多忙な中でしたが、このプログラムがなければ実務の方で挫折しそうなこともありました。このタイミングで受講することができ、本当に良かったと思っています。

取材日:2021年3月