科学研究費補助金基盤研究(S)
「西アジア死海地溝帯におけるネアンデルタールと現生人類交替劇の総合的解明」
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■研究経過(2)シリア・デデリエ洞窟発掘
1. 2006年度発掘調査
[研究組織]
赤澤 威、西秋良宏、米田 穣、丹野研一、仲田大人、伊藤基明、近藤 修
George Wilcox、Christophe Griggo、Hélèna Valladas、Aline Emery-Barbier、Marie-Agnes Courty、Lionel Gourchon、Sultan Muhesen、Adel Abdul-Salam、Youssef Kanjo、Bassam Jamous、Jean-Luc Schwenninger、Sofie Debruyne
[研究経過]
調査結果を国内で分析し各種の図面を作成したほか、夏期にはデデリエ洞窟におもむき現地に収蔵されている旧石器標本を解析した。分類同定した石器は約5万点に達した。そのうち、特に彼らの石器文化をよく表象するルヴァロワ石器約7000点については詳細な計測データも入手し、形態学的な分析を開始した。
[現時点の研究成果の自己評価]
デデリエ洞窟の文化層序を解析した結果、当洞窟はネアンデルタール人以前の前期旧石器時代からネアンデルタール人期である中期旧石器時代、さらには現生人類の時代である晩期旧石器時代にまで居住が連続していることが判明した。このように長い堆積をもつ洞窟は西アジア地域ではきわめて稀である。膨大な石器標本分析結果をその層序に照らして公表することが当地先史人類学に圧倒的な貢献をなすことは全く疑いの余地がない。
2. 2005年度発掘調査
[研究組織]
赤澤 威、近藤 修、西秋良宏、米田 穣、須藤寛史、丹野研一、仲田大人、青木美千子
George Wilcox、Christophe Griggo、Hélèna Valladas、Aline Emery-Barbier、Marie-Agnes Courty、Lionel Gourchon、Sultan Muhesen、Adel Abdul-Salam、Youssef Kanjo、Bassam Jamous、Jean-Luc Schwenninger、Sofie Debruyne
[研究経過]
デデリエ洞窟はシリア北西部、アフリン渓谷東岸に位置する全長60m、幅10-20m、高さ10mほどの規模を誇る中東随一の巨大洞窟である。この洞窟の発掘調査は、赤澤威、スルタン・ムヘイセンを代表とする日本シリア合同調査隊によって1989年から継続しておこなわれている。特筆すべき発見は、1990年代に相次いで得られた2体の保存良好な中期旧石器時代ネアンデルタール化石人骨である。実際、この間の発掘調査も化石人骨出土地区を中心におこなわれてきた。しかしながら、その研究報告が刊行されたのを機に(Akazawa and Muhesen 2002、2003)、2003年から古人類学調査、先史考古学的な側面にも重点をおいた新しい研究計画が開始された。すなわち、一部に限られていた発掘区域を当洞窟のほぼ全面にひろげ、当洞窟における人類の居住史、行動進化を通時的・総合的に解明しようとする計画である。
2003、2004年の調査成果については既に概要を報告している(西秋ほか2005)。2005年夏におこなわれた調査は大きく三つの目的をもって実施された。第一は洞口部に分布している終末期旧石器時代ナトゥーフ期遺構群を広域に発掘し、当該期の人類文化・生態につき先史学的な証拠を収集することであった。第二は洞口部で坪掘りをおこないナトゥーフ期以前の文化堆積を明らかにすること、そして第三はネアンデルタール人骨が出土した洞奥部の発掘区を掘り広げ、彼らの洞内空間利用のあり方について調査することであった。以下、それぞれについて成果を述べる。
なお、これまでの調査で、デデリエ洞窟は少なくとも前期旧石器時代末から歴史時代にいたるまで断続的に居住されていたことが判明している。その文化層を便宜的に新しい方からA〜H(Phases A-H)と呼んでいる。Aが歴史時代、Bが終末期旧石器時代、C-Gが中期旧石器時代、Hが前期旧石器時代に相当する。ここでも、その呼称を採用する。
今回もデデリエ洞窟の居住史につき多くの新知見を得ることができた。後期旧石器時代の堆積を欠いてはいるが、前期旧石器時代末から終末期旧石器時代まで30万年間以上にもおよぶ人類の行動進化をたどりうるデータがそろいつつある。2002年以前には中期旧石器時代後半についてしか考察できなかったことを考えると、ここ3年でデデリエ・プロジェクトは明らかに新段階にはいったといえる。
フィールド調査と平行してラボラトリーにおける各種の分析も進行中である。従来から続けている放射性炭素、電子スピン共鳴法による年代測定に加え、今回は光ルミネッセンス法用の試料も採集した。また、長期的な環境変遷史を調べるための花粉分析、各時期の生活面特定のための微地形分析、堆積物分析も開始している。さらに、動物化石・植物化石の本格的分析にも着手したところである。これらの結果をまって、ここで述べた所見をさらに点検、肉付けしていきたい。なかんづく、堆積物分析の結果は、疑問のまま残った洞央部から洞口部にかけてのムステリアン期土層対比の問題解決につながるに違いない。
3. 2003-2004年度発掘調査
[研究組織]
赤澤 威、近藤 修、西秋良宏、米田 穣、丹野研一、仲田大人、青木美千子
George Wilcox、Christophe Griggo、Hélèna Valladas、Aline Emery-Barbier、Marie-Agnes Courty、Lionel Gourchon、Sultan Muhesen、Adel Abdul-Salam、Youssef Kanjo、Bassam Jamous、Jean-Luc Schwenninger、Sofie Debruyne
[研究経過]
1989年以来デデリエ洞窟の発掘は、洞奥部(Chamber 3)のネアンデルタール人居住層を中心に実施されてきた。2003、2004年度は洞奥部の調査を層序確認のための断面精査にとどめ、これまで十分調べられていなかった洞口部(Chamber 1)と洞央部(Chamber 2)を中心とした発掘をおこなった。広大な面積を有するデデリエ洞窟各所の利用状況、その時期を調べ、本洞窟の人類居住史を総合的に理解するためである。
洞口部では比較的広範囲の発掘をおこない、そこから洞央部にむかって一連の深い試掘抗をもうけた。各層の文化遺物を鑑定したところ、デデリエ洞窟が実に長期にわたる堆積をもつことがわかった。すなわち、前期旧石器時代末から終末期旧石器時代、さらには歴史時代にいたるまで断続的に居住されていた遺跡であることが明らかになった。
今回の調査によって、前期旧石器時代から歴史時代まで長期にわたる人類史を再構成する機会がデデリエで一挙に得られたことの意義は大きい。デデリエのシークエンスは、南シリアのヤブルド岩陰以北では最長く、北部レヴァントの基準になりうる。レヴァント地方で旧石器遺跡調査が最も密におこなわれてきたのは南部レヴァントである。デデリエは、南レヴァント偏重の旧石器時代研究では未解決とされてきた諸問題を大いに論じうる絶好の舞台になったということができる。
4. 遺跡年代測定
[研究目的]
発掘調査が実施されているシリア・デデリエ洞窟遺跡において、様々な物理化学的な手法を用いた高精度年代測定を実施し、当遺跡が西アジアにおける人類進化で占めた位置を明らかにし、その化石人類資料や文化遺物の時間的位置付けを確定する。
[研究組織]
米田 穣、小口 高、鵜野 光
[研究方法]
3万年から6万年の大過去試料の放射性炭素年代測定に関する前処理技術の確立が必要である。既存のシステムを改良することで問題点を明らかにし、それに基づいた新システムを構築する計画である。また、光励起ルミネッセンス、熱ルミネッセンス、ウラン・トリウム法などの原理がことなる年代測定方法を、共同研究として実施することで、放射性炭素年代による大過去試料の測定結果を評価し、また放射性炭素では測定できない6万年よりも古い地層に関して、年代測定を実施する。さらに、堆積学的な分析によって遺跡内での地層の関係を把握し、洞窟全体の堆積に関する年代観を構築する計画である。
[研究経過]
デデリエ洞窟の年代決定に関しては、本年度は、洞口部の旧石器時代終末期の住居とおぼしき構築物から得られた木炭試料について、放射性炭素年代測定を実施した。2005年度の測定結果から1号構築物から出土した炭化材がほぼ一致する年代を示し、この遺構がナトゥーフ文化後期初頭に帰属することが示された。2006年度は2号構築物および4号構築物から得られた炭化物に関して放射性炭素年代を測定し、2号構築物は、1号のそれよりも数百年さかのぼる可能性が示唆された。一方、4号構築物は1号構築物とほぼ同じ年代であることが明らかになった。また、2006年度は中期旧石器時代の堆積物からも木炭を系統的に採取したので、新しい前処理方法を検討した上で測定に供する予定である。
[現時点の研究成果の自己評価]
デデリエ洞窟では、レヴァント地方海岸部におけるほぼ唯一のナトゥーフ文化遺跡として、国際的な注目をあつめている。特に、南部のナトゥーフ文化前期の遺跡群や、内陸部のアブ・フレイラ遺跡との関係を議論するうえで、放射性炭素年代による高精度な年代決定は重要である。現在までに得られているデータから、当遺跡がナトゥーフ文化後期初頭に位置することが明らかとなり、その文化的な位置付けに関する議論がはじまったところである。また、3万年をこえる大過去試料の測定は、これまで我が国の研究機関では試みられておらず、実現すれば考古学・人類学のみならず、海洋学や地形学などの地球科学全般に大きな進歩をもたらすと期待される。
[2007年度以降の研究計画・方法]
シリア・デデリエ洞窟の年代決定に関しては、ナトゥーフ文化層の年代については、高精度は測定結果を得ることに成功しているので、引き続き個別の遺構について測定試料を採集し、遺構全体の構成過程を検討していく方針である。また、中期旧石器文化層をふくむ大過去試料については、専用の前処理システムを構築する必要があるが、先行研究が行われているオーストラリア国立大学のシステムを参考に、2007年度は予備的な実験を実施する計画である。その成果をうけて、2008年度から実際のサンプルを測定する。
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