電子講義:交通流の離散モデル

全卓樹

[電子講義集] [全HP]
[Index][ch0][ch1][ch2][ch3][ch4][ch5][ch6][ch7][ch8][ch9]
前へ 次へ

交通流の離散モデル(5-2)

標準模型の拡張と修正2

二つの不定性と二つの修正

この不定性は大きく分けて2種類を考えることができる。

第一のものは、今例に挙げた各車両の更新順序の不定性である。本来は同時に動き始める前の車を、とりあえず止めて考えるのが通常の標準模型なのであるが、もう一方の極限として、前の車は先に動いて移動を終わってしまったと看做す変種があってもいいだろう。これは考え方次第では、運転者の気質の違いを表した二つの別な国(ないし地方)の交通のモデルと思ってしまう事もできるだろう。そうするとさらに進めて、両方のパターンが混合した系というのも考えることができるようになる。これが阿部=全=シェバのモデルでこれに関しては後の節で扱う予定である。

不定性の第二のものは、標準モデルにおける一時間ステップ内の4つのルールの順序に関するものである。前の車を追い抜けないという条件は外さないとすれば、加速ルールと衝突回避のブレーキルールの順序は入れ替えることが出来ない。しかし標準模型で衝突回避減速を確率減速の前に持ってきたのに何か必然的な理由がある訳ではないのではないか。このような疑問からこの二種類の減速の順序のを入れ替えたらどうなるか、と話を進めたのが西村=全=シェバのモデルである。

ここでは先ず西村=全=シェバのモデルについて見てゆく。読者諸氏はこの節と次の節に於いて、このような一見とるに足らない順序の変更だけから、存外に大きな効果がもたらされ、モデルの相構造さえ変わってしまう事を見いだすであろう。

ナーゲルとシュレッケンベルクのモデルが考案された後、これを修正しようと言う試みはもちろん我々が初めてという訳ではない。むしろその後の発展全体が、このモデルをより精密にして「現実の」交通に近づけようとするものであったと言っても過言ではない。実際今では非常に精密な「交通流シミュレータ」があって、交通を管理する公的機関ではこのようなものを現実に役立てている。さらにはナーゲル・シュレッケンベルク・モデルの変種を用いて、道路上の車以外の、例えば蟻の隊列の流れを解析するという仕事まで存在する。

ここで我々の行おうとするのは、その中にさらに別の精密化を加えたモデルを付け加えようという事ではない。現実の交通データから得られる交通流基本図とナーゲル・シュレッケンベルク模型の予想を比較して、一番に気づくのは前者が三相構造なのに対し、後者が二相構造な事である。標準模型では捉えきれなかった自由交通相と渋滞相の中間にある第三の相。これが一体どんなダイナミクスによって発生するのか。これをコントロールする要因はなにか。この疑問に詳細な仮定によらず、できるだけ見通しよく答えたい、これこそが我々の試みの目的なのである。

行先: 研究のページ
copyright 2005
全卓樹ホーム 教育のページ
t.cheon & associates