電子講義:交通流の離散モデル

全卓樹

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交通流の離散モデル(7-1)

予測型運転者の混在するモデル1

ナーゲル・シュレッケンベルクモデルでも、あるいは西村モデルでも良いが、こういった時間を離散化してタイムステップを考えるモデルでおこる問題点の一つは、複数の車の位置の更新の順序の問題である。

セル上オートマトンに基づく交通モデルでは、ある車の速度を決定する際には、自分自身の位置と一つ前方の車の位置との差を知る必要がある。ところがこの計算に用いるべき車の位置とは、どの時間の車の位置をさすのであろうか?ある時間ステップを考えたとき、このステップの終わりには車はステップの始まりでの位置から進んでいる筈である。なぜならこのステップの終わりというのは、次のステップの始まりに他ならないから。

これまではこの点にはあまりはっきり触れずにいたが、例えば4節の式4.3の下の説明で「この操作を車の番号 i について i = 1から M まで行えば交通流の1ステップの発展が記述される」と書いてあるのを見ると、車の位置は後ろにいる車(iの小さいものと決めた)から更新していっているので、速度の計算のため自分と前方の車の車間距離を測る際には、前方の車はまだ時間ステップの開始時のままの位置にある。

今仮にこれを「 i= Mから 1 まで行えば交通流の1ステップの発展が記述される」という具合に書き換えてみると、今度は車の更新を前ほど先に行う事になるから、これによって、ある車の速度を決める際には、前の車の移動を読み込み済みとして扱った事に対応している。

つまり車の更新の順序を後ろからつけた車のインデックスの昇順に行うか降順に行うかだけで、運転者の速度決定の際の前の車の位置の「現状から」決める「従来のモデル」のやり方と「前方走行車の移動を先読みしたモデル」との両方が作れる訳である。

離散モデルの取り扱いの技術的な点の相違から、このような2種類のモデルができてくるのであるが、考えてみると、実際の道路上では勇敢ないし無謀な先読み型の運転者も、慎重な現状読みの運転者もいるわけである。国や地域に応じてどちらかの形が支配的で、例えばイタリアとドイツ、韓国と日本といった近所の国同士が、それぞれ前者と後者の形をはっきり表して好対照をなしているのは、実際にそれらの国で運転した事のある人なら誰でも知っている事である。

これをもう少し一般化すると、M台の車のうちから例えばM1台をランダムに選んで先に i の昇順に車の移動を処理し、残るM2 (= M-M1)台について i の降順に移動させるというモデルを考える事ができる 。M1→0 の極限は従来のモデルに対応し、M2→0 の極限が先読みモデルに対応するという訳である。両者の混合比 M1/M2 がこの新しいモデルのパラメタになる。このような従来型の「現状読み」運転者と気の早い「先読み」運転者がランダムに混在するモデルを阿部、全、シェバのモデル(以下では略して阿部モデル)と呼ぶ。
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