電子講義:生態系の進化ゲーム

全卓樹

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進化ゲームと生態系入門(5)

中休み:サンタンジェロ城にて

具体的にどうやって利他行動が発生するか、ただ乗り屋さんの発生に対してどうして安定か

 これまでの話では、グループ内で具体的にどんな風にして利他行動や「政府機能」が発生するのかについては、あまり触れませんでした。実はいままでの利他的行動の研究ではこれが中心的なテーマになっていて、「自己利益極大化」に「過去の記憶」、「個人認識」等々の概念を加えてそういう行動が「自然に」発生するのかについてのシミュレーションが多く行われてきました。また一度発生した秩序が「法を守らないプレーヤー」の発生にたいしてどうして安定に存在できるのかについても、いろいろな仮説とシミュレーションがありました。
 私は個人的には、これらの研究は現状では答えが得られてないのだと思っています。例えば我々自身ふりかえってみても、法を守るのは「結局自己利益になるんだから」という納得をいちいちするからではなく、いわば幼児期からの教育で体の中に叩き込まれているものです。「利他的行動の発生の詳細なメカニズム」について、また「利他系の無法者に対する安定性」については、

答えを現状の囚人ゲーム理論の中に探し求めるのは無理

 というのが私の正直な意見です。それよりも「利他行動の度合い」は系全体の性質を集約する一種のパラメーターで、これが長期的に「系全体の意志で」有利な方に変化していく、と考えて、系のダイナミズムの研究に具体的にとりかかった方がよい、という段階なのではないでしょうか。

実際どう考えても「囚人のディレンマ」で利他主義の「自然発生」を期待するのは無理です。例えばあなたが画家のカヴァラドッシだとしてみましょう。別に特別勇敢でなくても、少々拷問を受けたからといって親友の共和主義者アンジェロッティを売ったりはしませんよね。そこで狡猾な警視総監スカルピアは、利他主義を見越して、愛人のトスカを捕まえてきて「彼女をいたぶるぞ」とおどし、トスカの方には「カヴァラドッシを助けたければ、あなたの身を私に・・」というわけです。つまり「逆囚人のディレンマ」ですね。

 「歌に生き恋に生き」のアリアを聴くと、フローリアちゃん負けてしまうかな、と心配になりますが、そこは数学的定理に従って彼女はその場面での最も「合理的」な選択をします。結局セクハラ専門のサディスト男爵はトスカに果物ナイフ(惨め..)で刺されて死に、アンジェロッティは自殺、カヴァラドッシは畢生のアリア「星は光りぬ」を歌って銃殺されます。そして鷹のように誇り高いトスカはサンタンジェロ城からまっ逆さまに身を投げる、という凄惨極まるナッシュ平衡が必然的に実現してしまいます。
 囚人ゲームに利他主義をダイナミクスとして陽に導入するには、たとえば後の章でみるような「王様」のはいったモデル等への拡張が必要とされるのかもしれません。

それにしてもこのオペラの1幕の終わりの、豪華絢爛なミサをバックにスカルピアが倒錯的欲情を独白しつつ全能の神に膝を折るシーンは、実に病的で美しいまでにおぞましく、何度見てもゾクゾクしますね。

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