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“現場を見る力”で、
東日本大震災後の新しい津波対策を提言

2011年3月11日、日本の津波対策の概念が巨大な波音とともに根底から覆された。この日発生した東日本大震災の大津波が、東北地方太平洋側の海岸に壊滅的な被害をもたらしたのだ。

震災から約1ヵ月後、被災地の海岸で立ち尽くす磯部学長の姿があった。壮絶な現場を目の当たりにした磯部学長は「感傷に浸っている時間はない。一刻も早く、なぜ起こったのかを明らかにし、これからどうするのかを決めなければいけない」と自らに言い聞かせ、福島北部から青森までの海岸を見て回った。4泊5日の強行日程で、日の出から日没まで毎日30ヵ所以上を訪れたという。

「海岸工学において理論解析はもちろん大切ですが、それ以上に“現場を見る力”が必要です。私は経験上、現場を見ればそこで起こったことが理解できたので、細かい計測は後回しにし、とにかく現場を見て回りました」。

磯部学長はその後の観測調査も踏まえ、中央防災会議・専門調査会の委員として、復興への道筋を示した。その1つが「今後は2つのレベルの津波を想定した上で、津波対策を構築する」というものだ。1つ目のレベル(レベル1津波)は、数十年から百数十年に1回程度発生する津波で、これに対しては堤防などの構造物で浸水を防ぐ。2つ目のレベル(レベル2津波)は数百年から千年に1回程度発生する最大クラスの津波で、これに対してはある程度の浸水は許容し、迅速な避難により、人命を守ることを優先する。2つのレベルを想定したことで、従来の構造物頼りのハード対策に加え、ハザードマップなどから逃げ方を想定するソフト対策が重視されるようになった。

また磯部学長が訪れた宮古湾(岩手県)の金浜地区では、堤防の海側はほとんど損傷がなく、陸側だけが崩壊している箇所が多く見受けられた。それにより堤防内の土砂が流出して空洞になり、堤防自体が崩壊しているところもあったという。「堤防が浸水を防げなかったとしても、形が残れば浸水量を減らせるため、レベル2津波でも崩壊しない強い堤防が必要だと分かりました」。

磯部学長の提言により、震災以降に建設された堤防の陸側のコンクリートは以前よりかなり分厚くなっている。さらに壊れにくい形や設置場所についても議論されており、浸水に対して「粘り強い堤防」の研究が加速している。

東日本大震災をきっかけに決まった海岸堤防の粘り強い化の先駆けとして建設された高知県仁ノ海岸の堤防。
磯部学長が恩師である堀川清司東京大学名誉教授を案内している様子