「エラスティック結晶」から素材化学の新分野を拓く

林 正太郎HAYASHI Shotaro

専門分野

結晶工学、高分子科学、有機合成、有機材料化学

詳しくはこちら


有機素材は、一般的に「結晶性と柔軟性がトレードオフの関係」にある。つまり、結晶材料には柔軟性がないことが常識とされている。「この常識を覆せないか」と考えた林講師は、特異な電子・光物性を示すことから有機エレクトロニクス材料として用いられる「π共役系分子」において、結晶構造中のわずかな動きに着目。独自に見出したπ共役系分子の設計・合成戦略によって、柔軟性を持つ単結晶である「エラスティック結晶」を開発し、そこに「発光性」を持たせた新素材を生み出した。高分子を超える、新たな材料イノベーションにつながる成果として期待されている。
π共役系分子からなる曲がる結晶材料を創生

 近年、有機エレクトロニクス分野で基盤となる材料として注目されている「π共役系分子」。比較的自由に動く電子を有するため、半導性、導電性や発光性など特異な性質を持つ。林講師は、このπ共役系分子を鍵とした有機・高分子合成、分子集合化学によって、高分子を超えた新材料の創生をめざしている。
 有機エレクトロニクス材料は、低分子の単結晶と高分子の樹脂に大別される。低分子の単結晶は分子が集まった稠密かつ異方性の構造ゆえに、高性能化が期待できるが、柔軟性がないため、脆く壊れやすい。一方、高分子の樹脂は単結晶と真逆の性質を持ち、柔軟性はあるものの、隙間が多い構造から十分な性能は得られにくい。このように、分子集合体においては「結晶性と柔軟性はトレードオフの関係にある」ことが常識だった。
 結晶材料に柔軟性を付与できれば、有機材料化学における可能性は大きく広がるのではないか。そう考えた林講師は、単結晶と高分子材料の利点を併せ持つ新素材の開発に着手。結晶中のπ共役系分子の「滑り機構」を意識しながら、分子設計と合成を繰り返すことで、稠密性・異方性・柔軟性に優れる「エラスティック結晶」という新素材の開発に成功。さらに、変形によって誘起される発光変化などの現象も見出した。π共役系分子から構成される弾性変形可能な単結晶は報告例がなく、林講師は、このエラスティック結晶を世界に先駆けて発表した。柔軟性と高性能を両立する新素材は、低分子材料の可能性を拓き、新たな材料イノベーションにつながる成果として注目を集めている。開発の経緯について、林講師はこう語る。「結晶中がいびつな構造にあると、分子は身動きをとることができませんが、動ける機構が存在しさえすれば、どんなに密集したものでも動けるはずだと考えました。そこで着想したのが、分子の「滑り機構」をつくること。π共役系分子の平面性の高さに目を付け、その平面性を極限まで上げて、分子の捻れや歪みが起こらないような設計を考え、合成を繰り返すことで実現しました」
 力をかけると結晶内の分子面が一つの方向にずれることで曲がり、再び元に戻る。この特性により、色の変化も繰り返し起こることから、高い電波効率と構成を兼ね備えた光ファイバーなどに使う「発光ウェーブガイド(導波路)」への応用にも乗り出している。
 「新たな現象や素材の開発に立ち会えることが研究の原動力」と語る林講師。結晶体が柔軟性を獲得するという新発想が、素材化学を一変させるかもしれないと考えている。「まったく違う性質を持つ単結晶と高分子のギャップをつなぐ新しい素材をつくることは、素材科学の境界を曖昧にします。そういうところにこそ、イノベーションが潜んでいるんじゃないかと思っています」
 自由な発想で高分子材料や結晶材料にアプローチすることで、新たな材料はもちろん、新たな分野を拓くことも視野に入れているのだ。

IMG_5840.jpg

完全リサイクルが可能な機能性繊維素材の開発へ

 エラスティック結晶を利用した応用として、林講師が取り組もうとしているのが、完全リサイクルが可能な機能性繊維素材の開発だ。
 産業的に利用されている繊維素材は、高分子ポリマーからなることが一般的。しかし、原料合成では多大な廃棄物が出るうえ、製品を回収・再利用するリユースにおいても洗浄や加工にコストがかかる。また、分子レベルでの分解回収であるケミカルリサイクルも方法やコストの面で容易ではなく、従来の合成化学繊維のリサイクルシステムには限界がある。一方、低分子モノマーは溶解性があり、有機溶剤によって容易に溶解し、分子単位まで完全に分解・回収できるが、繊維素材としては脆く扱いにくい。
 こうした課題を解決するためには、リデュースとリサイクル両面で優れた新たな繊維素材の開発が重要になる。そこで、林講師は、エラスティック結晶の柔軟性を利用した低分子モノマー単位からなる機能性繊維をつくることを着想。ポリマーを原料とした繊維素材では実現できない完全リサイクルのプロセスと、単結晶繊維が持つ独自の機能を生かそうという考えだ。「エラスティック結晶の合成中に、一本一本が繊維のような振る舞いを見せる細長い結晶がつくれることがわかったのです。これをうまく使うことで繊維ができるのではないかと考えました」
 エラスティック結晶は、細い結晶を意図的につくることで繊維状となり、絡まり合いが生まれるため、ポリマーからなる繊維と同じように軽くてフワフワした状態を示すという。エラスティック結晶が持つ光を効率的に吸収する機能を生かせば、紫外光を遮断する機能性繊維材料としても利用できそうだ。「興味を持ってくださった企業と共同研究することで、実用化に近づけたい」と意気込んでいる。
 結晶工学の研究に着手する前は、高分子科学を専門としていたという林講師。「かねてから繊維材料には非常に興味を持っていた」と言う。
「有機単結晶のデバイスへの応用は多くの研究者が検討しているので、あえてそこを離れて、まったく違う視点からの応用を提案したいという思いがあります。エラスティック結晶の産業的な応用として、最もポテンシャルがあり、実用化に近いと考えているのが繊維材料です。繊維材料への応用に、高分子を専門としていた自身の経験をフルに生かすことができるだろうと確信しています」

IMG_5829.jpg

掲載日:2021年4月