電子講義:入門量子情報

全卓樹

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猫でもわかる量子情報(3)

量子的存在の堪えがたい気まぐれさ

 古典論では(というのはこの場合「我々の常識では」というのと大凡同義ですが)ものの状態というのは十分精密な観測をすれば完全に特定できます。いま例として平面上を回転できる矢印があるとします。どこか「上」の方向を定めると、この方向から傾いている角度θを決めれば矢印の状態が決まります。矢印の方向を測定すると、誰が何度やっても当然ながらθだけ傾いています。

ところがこの矢印が非常に小さくて短いとします。たとえば10億分の1メーターくらいとします。つまりは100万分の1ミリメーターですね。これを1ナノメーターと称します。すると常識が通用しなくて変なことがおこります。いま矢印を可能な限り縮めるとき、この極小の矢印のことを「スピン1/2」と呼びます。

ちなみに「量子矢印」の実態は別に変なものではなくて、電子または原子です。これらは磁気を帯びていて、いわば「自転」しているようなものなので、この磁石の北方向を矢印と思えば良いのです。

いま誰か(業界用語に従ってアリスちゃんとします)がこの矢印を角度θだけ傾けて置いたとします。別な誰か(ボブ君とします)がこの矢印の方向を測定するとどうなるでしょうか?答えは「ボブ君の胸三寸」+「偶然の確率」というのが正しいのです。ボブ君がある制限内で勝手に角度を選べるのです。ただし制限があって、まず角度θ+180度にはできません。また結果を角度θとは違ったφにしたいと意図すると、φになる事もあればφ+180度になることもあります。

量子的不思議の直感的了解

 量子論がわれわれの通常の常識と異なっても、数学的につじつまがあっていて、ルールに則って操作的に正しい運用ができさえすれば、実用上は問題はありません。実際そのような不可知論と実用主義的を取り混ぜた態度が量子論では主流です。これはおそらく量子論の創始者の一人ボーアおよびその一派(コペンハーゲン学派と呼ばれる)の影響でしょう。しかしやはり人間は自分の理解できる理屈で不思議も含めて理解したいという本能的欲求があるようです。そのような理解のことを「直感的了解」とよぶことにしますと、アインシュタインなどはこの直感的了解にこだわって幾度もコペンハーゲン主流派に挑戦しました。量子論の実際の運用にはあまり関係しないのでど、ちらかといえばこれは「哲学論争」ですが、その後も反主流の異端派は脈々と生き続けており、「アハロノフ・ボーム効果」で有名なボームの場合のように実際に意味のある大発見を副産物として生み出すこともあります。

異端が時たま文化を豊かにする場合もあるという例でしたが、最近の「多世界解釈」などというのがこのカテゴリーに入るのかどうか、そもそもこれは異端なのか、筆者には判断がつきません。「科学の社会学」(またはアカデミック・ゴシップ)が好きな方は、これを詳しく調査されると面白いかもしれません。ポストモダンのサイエンス・ウォーズだか何だったかの悪戯よりはずっと面白い事うけあいです。

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