電子講義:入門量子情報

全卓樹

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猫でもわかる量子情報(17)

量子テレポート:状態の瞬間伝達

ボブにはどんな状態がきてるでしょうか?前説をちゃんと読んだ人は、これはそのままでは答えの無い、悪い質問である事が判ります。なぜならいまやアリスの手元にある矢印AおよびEとボブの持つ矢印Bは「縺れた状態」にあるので、アリスが測定を行って矢印AおよびEの状態を確定しないと、ボブの状態は確定しないからです。そこでアリスは、これもイヴから借りた「2矢印状態同時測定装置」をつかい手元の矢印AとEの観測をします。この装置は高級で、あるモードでは上でやった「ベル基底」の測定ができるもとします。ここで注意したいのは、もしアリスが矢印Aの状態だけを測定したら、それは依然 |θ>A であることです。少し計算すると次の式がえられます。

   AE<X+|Ψ>AEB = -1/2 { cos[θ/2] |↑>B + sin[θ/2] |↓>B }
   AE<X- |Ψ>AEB = 1/2 { -cos[θ/2] |↑>B + sin[θ/2] |↓>B }
   AE<Y+|Ψ>AEB = 1/2 { sin[θ/2] |↑>B + cos[θ/2] |↓>B }
   AE<X- |Ψ>AEB = 1/2 { sin[θ/2] |↑>B - cos[θ/2] |↓>B }

いま最初の式をよくみるとこれは

       AE<X+|Ψ>AEB = -1/2 |θ>B

ですから、この意味を考えると、アリスの観測結果がAE<X+|だったとしたら、その瞬間にボブの元にある状態が |θ>B と確定するということです!つまりこの「2矢印同時測定」の直前までアリスの手元にあった状態 |θ>A を、測定の瞬間にボブの手元に |θ>B として移転したことになります。これが量子テレポーテーションです。

ここで重要な補足をしますが、状態の移転自体はアリスが状態の観測を行った瞬間におこりますが、ボブに移転された状態がアリスの意図した|θ>であったとの確信を得るには、ボブからの「今こちらで見たらAE<X+|だった」との情報を得なければなりません。これは、係数 -1/2 が示す通り確率1/4でしか起きませんから、確証情報なしに転送状態を使って何か始めるとリスクが大きすぎます。つまり状態を本当に使えるという意味で「テレポート」するには、古典的通信チャネルでの通信の同伴が要ります。それ故たとえ量子状態の変化が瞬時に行なわれるとしても、状態の確度100%の転移は古典通信の限界速度(この場合は光速)に制限される、ということになります。

さらに補足しておくと、もしAとEの同時測定で AE<X+| 以外のベル状態 AE<X- | 、AE<Y+| 、AE<Y- | が観測されてしまったときも、ボブが単純な1ステップの操作で状態を |θ>B に変えることができます。つまりテレポートの確率を 1/4 から 1 にあげる事が出来る訳です。もちろんアリスの観測した状態の情報なしにはこれが出来ないのは前と同様です。

このテレポーテーションもほんの数年前に実験が行われて、ここでいった理屈通りのことが現実として確認されてしまいました。この場合鍵となったのはベル状態を高純度で制作、観測する技術です。

量子テレポートの限界速度について

 今しがた、確度100%のテレポートには、古典通信の同伴が必要で、それに伴って実行に伝達速度上限がある、という話をしました。これは時々「量子状態の転移自身は瞬時だが、情報の移転は古典通信のせいで光速を超えられない。残念ですね、なんたる脱力感。」というような紹介をされることもあります。でもこの話よく考えたら全体に変ですよね。なぜって、古典通信の速度の光速上限は、相対論を仮定する事から(というか相対論が正しいから)あるわけで、他方量子論の状態の瞬時移転というのは、まったく非相対論的なシュレディンガー量子論の枠組の中から導かれた話な訳です。つまり、この話をこんな木に竹をつないだようでなダブルスタンダードでなく、つじつまが合った風に理解するには、本当はディラック方程式に基づいた相対論的量子論の枠組みをもってきて、エンタングルメントやテレポートを考えないとだめな筈です。そのようなものはまだ完成していないようなので、これは若い人の研究のネタかもしれません。これを読んで興味を持って、この問題を解決した場合は、論文に「全のノートでインスパイアーされた」と書いてください!

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