反応や相互作用を精密に設計し、基礎から応用まで自由に研究

林 正太郎HAYASHI Shotaro

専門分野

結晶工学
高分子科学
有機合成
有機材料化学


 私たちが目にする物質は、様々な元素からできている。現在知られている元素は118種類あるが、有機化合物を構成する中心的な元素は炭素と水素だ。そこに酸素や硫黄、窒素、ハロゲンなどが加わることで、多種多様な物質が生まれ、豊かで複雑な有機化合物の世界が形づくられている。
 林教授は、物質の光学的・電気的性質に関わる「π電子」に注目し、新たな性質や機能を持つ有機化合物を次々とつくりだしている。率いる「機能性高分子化学研究室」の名の通り、ポリマー(高分子)を研究するほか、有機分子化学を基盤とする結晶工学についても、基礎から応用まで幅広く研究を進めている。
化学反応を理論的に設計し、世界と勝負

 現在、発見されている有機化合物は数千万種類にのぼり、日々、新たな化合物がつくられている。これほど多くの有機化合物ができる原因の1つが炭素にある。

 炭素原子は最大で4つの原子と結合することができるため、水素、酸素、窒素など、いろいろな原子と結合することが可能だ。もちろん、炭素原子同士で結合することもできる。炭素同士の結合では、直線状、枝分かれ、環状など、様々な形がつくられる。その結果、この地球上では、数えきれないほどの有機化合物が誕生した。

 有機化学は、複雑な有機化合物を研究対象にすることから、反応の精密なメカニズムを明らかにすることは難しいと考えられてきた。林教授も学生時代は、有機化学にそのような印象を持っていた1人だったと振り返る。

「高校生の頃は、化学のセレンディピティ(思いがけない幸運)に勝機を感じたこともありましたが、大学で化学を学び始めると、有機化学は偶然の要素が多すぎると感じました。2つの物質を混ぜて、よい物質がたまたまできたとしても、長続きする研究ができるとは思えませんでした」

 その考えが大きく変わるきっかけとなったのが、『ウォーレン 有機化学』という本だった。化学反応が起こると、反応に関係する分子の中で、原子の結合が変化する。この変化をより細かく見ていくと、分子間での電子のやり取りとして説明できる。

「この本では、化学反応を電子の軌道から説明していて、化学を軌道から理論的に考えるようになりました。化学反応や研究の概念をある程度設計できるようになれば、そこにセレンディピティが加わることで、研究の世界でも勝負できるのではないかという感触があり、有機化学研究の道に進むきっかけとなったのです」

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▲林教授が所蔵する『ウォーレン 有機化学』。「死ぬ瞬間まで捨てずに置きたい」と語るほどの宝物

謎に包まれた反応の中間状態をつくった

 それ以降、林教授は有機化合物の分子をデザインし、化学反応を理解したり、新素材を生み出したりしてきた。その成果の1つが、アントラセン化合物の反応制御だ。アントラセンは、有機化合物の中でも基本的なものの1つで、高校の化学の教科書にも登場する。

 基本的な化合物であるにもかかわらず、2つのアントラセンが反応し、結合するときの詳しい反応メカニズムは150年以上明らかにされていない。この反応は1億分の1秒から100万分の1秒ととても短かったためだ。

 林教授は、試行錯誤しながらアントラセン分子を設計することで、熱や光を使って結晶の中で反応を自在に制御するシステムの開発に成功した。

「アントラセンはシンプルな化合物ですが、機能を想像しながら構造を変えることで、様々な方向性から研究を進めています。この研究以外にも、熱を加えることで結晶の性質が急激に変化する物質も発見しています」

 このシステムにより、2つのアントラセンが反応するときの中間の状態を世界で初めてつくり出すことができた。反応の途中経過を直接観察できるようになったことで、反応メカニズムの理解が急速に進むことになるだろう。

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▲林教授が学生たちと研究している様々な「有機分子結晶」。分子の設計から結晶化までを一貫して行う

物理学に近い研究手法

 林教授によると、化学反応を制御する手法は化学の考え方よりも、物理学の考え方に近くなるという。

「分子が光を吸収する現象を物理学の視点で見ると、光がつくる電場の向きと分子の向きが関係します。化学の研究者はこのことをあまり考えませんし、物理学の研究者は電場や分子の向きを意識して研究することはありません。今回のアントラセン同士の反応に関する発見は、結晶中の分子の方向と電場の方向に着目したことで大きく進みました」

 有機化合物の中でも、産業応用などが期待されているのが「π共役系分子」と呼ばれるものだ。π共役系分子では、分子の中で電子の性質を活かすことができ、分子の性質や反応性などに大きく関わっている。

 林教授はπ共役系分子の分子構造を設計することで、分子と分子、分子と光、分子と熱との関わりを調整し、新たな機能を持った物質をつくっている。アントラセン化合物を使った反応制御システムの構築もその一環だ。

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▲光応答性高分子の研究ではレーザーを使って光学系の測定・調整を行う

分子同士の結びつきを制御し、新たな知見を見いだす

 他の有機化合物では、結晶の中での分子同士の結びつき(分子間相互作用)の強さの序列を制御して、結晶の中で特定の場所だけ色を変えることができる物質をつくりだした。

「これは固体で発光する分子が基本骨格となっていて、どういう結晶構造を取るのか予想が難しくておもしろいと感じていました。1つの分子の中に2種類の相互作用を設計することができたら、色が変化する分子をつくれるのではないかと考えました」

 実際、林教授たちがつくった物質は、表面をこすったり、熱を加えたりすることで、結晶の色が変化する。この結晶を染みこませた紙に紫外線を当てると、最初は紙全体が緑色に光るが、一部分をこすると、その部分だけ黄色になるのだ。そして、黄色になった部分に熱を加えると緑色に戻る。

 鮮やかな手品を見たときのような不思議な気持ちになってしまうが、この変化を引き起こしているのが、分子間力だ。同じ結晶でも、緑色を示しているときと、黄色になっているときでは、隣り合う分子と強く結びつく場所が違う。緑色のときは分子の特定の部分だけが強く結びつく「異種相互作用」が優勢になっているのに対し、黄色になると分子が全体的に結びつく「均質な相互作用」が強く働く。

 これらの相互作用には強さの序列があるために、与える刺激の強さを変えることで、分子同士が結びつく相互作用を変化させ、その違いを色の変化として目に見える形にした。π共役系分子は、骨格となる分子にくっつける原子や化合物を工夫することで、様々な機能を持つ分子をつくりだせる。

「これらの研究は社会での応用を目指したものではありません。有機化学、特に結晶工学の幅を広げていったり、新しい物理現象を発見する基盤をつくったりしています」

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ポリウレタン触媒システムを社会へ

 林教授の研究はこれだけではない。「機能性高分子化学研究室」という研究室名から連想されるような高分子(ポリマー)の研究も手がけている。現在、力を入れて取り組んでいるのは、クッション、衣類、断熱材などで私たちが日常的に使っているポリウレタンを利用したCO₂回収・活用システムの構築だ。

 化学反応を促進させる触媒となるポリウレタンの開発に成功し、CO₂を電池の電解液や洗浄剤などに使われるカーボネートに効率良く変換する技術へとつなげようとしている。触媒には、金属や有機化合物などがよく使われるが、これらの物質はでき上がった物質の中に残ってしまったり、反応効率が悪かったりと、いろいろな問題があった。だが、ポリウレタン触媒はこれらの問題を解消し、ポリカーボネートの生産コストを大幅に抑えられるという。

「この技術を核にして、高知県の新たな大学発スタートアップとして起業できるように準備をしています。社会実装して高知県に新しい産業を生み出せれば嬉しいです」

 林教授は学生たちと共に好奇心に基づき、有機分子設計、結晶工学、レーザー分光、機械学習(AI)、ポリマー合成、有機素反応など、様々な分野の研究を自由に展開している。

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掲載日:2026年10月/取材日:2026年6月