2025.11.27学群・大学院 / 研究 / 研究者・企業

150余年にわたる"基礎化学の常識"を、世界で初めて実証 約1億分の1秒で起こるアントラセン[4+4]光環化付加反応の分子構造の変化過程を可視化!-光・熱・方位、トランススケールな制御法を考案-

【研究成果のポイント】

アントラセン[4+4]光環化付加反応(*1)について、
 「光」と「熱」という2つの物理パラメータを使って、反応速度と、反応の開始と停止を自在に制御することに成功。光と熱による"二重制御システム"を構築しました。
 ①の結果、反応速度を大幅に低下させることが可能となり、反応途中の中間状態の分子構造を単結晶X線構造解析(*2)により可視化することに成功しました。これは、世界初の事例です。
 入射する光の進行方向と分子の配向に関連があることを実証。光の照射方向により、反応の進行と停止を制御できることを明らかにしました。

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アントラセンは、炭化水素化合物の一つで、発光性と反応速度が高いという性質を併せ持つため、古くから広く研究されてきた有機化合物です。「化学者に最も愛されている化合物」と言っても過言ではなく、その応用範囲は、化学・物理・生命科学を横断します。

なかでも、アントラセンの[4+4]光環化付加反応は、1867年に初めて観測されたと報告され、光アクチュエーター、接着材料、クロミック材料など多様な光機能性材料の基盤となってきました。しかし、この反応に伴う構造変化は有機化学の教科書に掲載されるほどよく知られたものであるものの、10⁻⁸〜10⁻⁶秒(1億分の1から100万分の1秒)という極限的短時間で起こるため、その制御と可視化は長年、"基礎化学の未踏領域"とされてきました。本研究成果は、その可視化成功により、150年以上にわたり「当たり前」とされてきた化学反応を、あらためて「常識」として理解できるレベルで実証したものと言えます。

本研究は、高知工科大学の樋野 優人さん(博士後期課程 基盤工学コース 2年)、松尾 匠助教林 正太郎教授の研究グループが行ったもので、同グループは、これまで結晶学的に精密設計したアントラセン誘導体に着目し、これまでに結晶光化学の新領域を切り開いてきました(*3)。今回は、このアントラセン[4+4]光環化付加反応について、光と熱という2つの刺激によって反応速度と、反応の開始・停止を自在に制御する"二重制御システム"を構築し、その結果、反応速度を大幅に遅らせることが可能となり、反応途中の中間状態を世界で初めて直接可視化することに成功しました。

この成果は、2025年11月26日「Nature Communications」に掲載されました。  

[プレスリリース]150余年にわたる"基礎化学の常識"を、世界で初めて実証 約1億分の1秒で起こるアントラセン[4+4]光環化付加反応の分子構造の変化過程を可視化!-光・熱・方位、トランススケールな制御法を考案-

コメント

「今回、この世界的研究成果を高い査読透明性のもとで評価を得たいと考え、Transparent Peer Reviewを採用するNature Publishingに投稿しました。我々のグループが持っている独自のアイディアと化学現象に対する飽くなき探究心が編集者・審査員側からの極めて高い評価を得るとともに、基礎科学における新しい知見が広く公開されたことを喜ばしく思います。さらに、樋野くんの膨大な実験量と洞察には目を見張るものがあり、今後の活躍が楽しみです」(林教授)

「私たちは『単結晶中でどのように分子が配向・配列すれば、分子間光化学反応が定量的に進行するか』という問いから、研究をスタートしました。ポイントとなる"分子配向・配列"に必要だったのは、アントラセン誘導体の分子形状と電子的性質です。今回の報告は、置換基を調整することで光反応活性な結晶構造を誘導し、光と温度制御により"反応中間状態の可視化"が可能となりました。特に、反応物から光生成物へと変換される段階的な過程を結晶学的に確認できた瞬間の感動は忘れられません。本成果は、有機分子系の材料開発に向けて新たな視点を与えると考えています。今後も、多くの人を魅了するシンプルで構造美がある"アントラセン誘導体"の研究成果を出せるように頑張ります」(樋野さん)

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(左から、松尾助教、樋野さん、林教授)

用語解説など

*1)[4+4]光環化付加反応
単量体(*4)が光によって二量体(*4)に変化する反応。教科書にも定番で記載され、様々な学術研究や材料研究で利用されている。特に、光応答性材料として、アクチュエーターや自己修復、接着材料において需要が高い。

*2)単結晶X線構造解析
X線回折を利用して単結晶中の原子の三次元配置を精密に決定する手法。分子およびその集合体構造を解析するための最も強力な手法の一つ。

*3)高知工科大学 2021年11月5日リリース 「分子結晶でドミノの様な単結晶-単結晶相転移の実現~熱刺激を引き金とした緩やかな相変化~」

掲載論文

題 名:Trans-scale crystal dynamics for controlling kinetic responses in organic molecular systems(有機分子系の動的応答を自在に操る"トランススケール結晶ダイナミクス")
著 者: Yuto Hino, Takumi Matsuo, Shotaro Hayashi
掲載誌: Nature Communications
掲載日: 2025年11月26日
D O I : https://doi.org/10.1038/s41467-025-66447-8

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