脳活動を可視化するfMRIを用いて、脳と記憶のメカニズムの謎に迫る

中原 潔NAKAHARA Kiyoshi

専門分野

認知神経科学、神経生理学、分子生理学、脳機能イメージング

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機能的磁気共鳴画像法:fMRI(functional magnetic resonance imaging)の普及により、脳科学の研究分野はめざましい発展を見せてきた。fMRIは脳の神経活動に伴う血流量の変化や酸素代謝の変化を画像化し、ヒトの脳活動を非侵襲的に可視化する研究法だ。このfMRIを用いて、世界初となる成果を着々と上げているのが中原潔教授の研究チームだ。かつてサルにおける実験により、連合記憶がお互いに類似した脳活動パターンを表すことを発見。そのパターンに基づく記憶内容の解読にも成功している。そして、2018年にはヒトの脳におけるエピソード記憶記銘メカニズムの一部を世界で初めて解明した。
エピソード記憶の手がかかりとなる脳活動パターンを世界で初めて解明

 私たちが日々経験する出来事や状況は、「エピソード記憶」として脳の側頭葉の大脳皮質に記憶され、個々の関連する記憶は「連合記録」として蓄えられていく。これまでの研究で、脳のネットワークは常に自発的に活動すること、およそ30秒ごとに結合状態が変動し、様々な認知機能と関係していることが分かってきた。
 しかし、絶え間のない意識の流れの中で、ある出来事は記憶に残り、他の多くのものは忘れられていくのはなぜか。中原教授は、この2つの間に「脳のネットワークの自発的活動における結合状態の変動が関係しているのではないか」という仮説を立てた。実験では、被験者に計360枚の写真を見せ、脳活動を約30分間fMRIで計測。その後に記憶テストを行い、記銘成績が高かった時間枠と低かった時間枠で、脳全体のネットワークの結合状態がどのように異なるかを30秒ごとに区切って解析した。
 この際に新たなアプローチとしてグラフ解析を用いることで、記憶をつかさどる領域である海馬と大脳皮質下領域、視覚野との脳領域間で結合が高まることを確認。エピソード記憶の記銘成績と、脳全体のネットワークの結合状態との関係を明らかにする、世界初の研究となった。
 現在は、10年前の記憶といった「古い記憶」は脳のどこに蓄えられているのかという脳研究における中心的な問いに挑んでいる。
「同分野の研究はこれまでにも数多くの人が取り組んでいますが、既存の手法にはいろいろな弱点があります。その弱点を克服できるようなアイデアが浮かび、fMRIを用いて実験に取り組みました」
 現段階では詳細を明らかにできないが、ある工夫をすることで人が持つ「10年前の記憶」が脳のどこにしまわれているかを調べることが可能となった。今後の研究で仮説が立証されれば、こちらも世界初となる発見につながる可能性があるという。
 人間のすべての行動は、脳を構成する神経細胞が織りなす複雑なネットワーク活動によりコントロールされている。それだけに脳の基礎研究で得られた知見は、様々な分野での応用が考えられる。例えば、中原教授が解明したエピソード記憶の仕組みの一部や、現在研究が進められる「古い記憶」が留められる場所の特定などは、老化や認知症に伴う記憶障害の病態解明につながる基礎研究などに生かされることが期待される。

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脳の基礎研究として多様な側面からアプローチ

 米国の実業家イーロン・マスクが創設した企業「ニューラリンク」が、ヒトの脳とコンピュータをつなぐBMI(ブレイン・マシーン・インターフェイス)の開発を進めている。同分野のパイオニアとして数多くの成果を発表しているが、一方で脳に直接電極を埋め込むBMIの安全性はクリアになっているわけではない。
「現状では、侵襲的なBMIはリスク面を考えると得られるメリットは少ないのではないかと個人的に考えています」と語る中原教授のグループでは、fMRIを用いた非侵襲的な研究が進められる。まだまだ基礎の段階だが、fMRIで脳の活動パターンをデコーディング(※脳信号を意味のわかる形に翻訳すること)し、機械とのインターフェースを作るといったことは、現状でも可能だ。この研究が発展していけば、例えばロボットハンド(義手)など人間の能力を拡張するロボットを思うままに操ったり、頭に思い浮かべた文字を直接パソコンに打ち込んだり、といった応用分野にもつながっていく。
 ある種の刺激を脳に与え、反応を見るのも広義でのBMIといえ、その分野では視覚から脳に刺激を与える研究に取り組んでいる。研究のヒントになったのが、2016年に発表されたアルツハイマー病に関するアメリカの研究グループの論文だ。同病はアミロイドβという脳内で作られるタンパク質の一種が貯まることで発症すると考えられているが、視覚を通して40Hzの光の点滅刺激を繰り返すことで、アミロイドβが減少するという研究成果が発表されている。
「この研究成果をもとに、私たちのグループでも脳の刺激による認知機能の向上といった研究に取り組み始めました」
 この分野もまだ不透明なことが多いが、例えば刺激による脳の活性化により健常者の認知機能が高められるといった成果が得られれば、将来的に教育分野などへの応用にもつながっていくと期待される。
 そして、中原教授が最も興味があり、挑みたいというのが「意識はどこから生まれてくるのか」という根源的なテーマだ。モノを考えて意識する、モノを見て意識する、エピソード記憶を思い出して意識する、といった感じに、一口に「意識」といっても様々な形態があり、簡単に定義することも難しい。
「どうアプローチするのか、また現代の手法でどこまで追究できるのかといった技術的な問題など、『脳からどうやって意識が生まれてくるのか』という問いについてはわからないことだらけです。でも一番興味のある分野でもあり、脳研究に携わる者としていずれはチャレンジしてみたいですね」

掲載日:2021年1月