「統合マネジメントシステム学」で複雑な社会課題を解決に導く

那須 清吾NASU Seigo

専門分野

行政経営論、社会システム経営論、地域産業振興論

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環境問題や少子高齢化など複雑化する社会の課題は、あらゆる学術分野の現象が複雑に絡み合って生じている。那須清吾教授が専門とするのは、学術分野の統合によって複雑な課題を解決に導く新たなマネジメントシステムを創造する「統合マネジメントシステム学」。「学問を統合しないと目の前の課題を説明できない」という自らの問題意識を発端としてつくり上げたオリジナルの学問だ。この学問を軸に、研究の範疇は社会課題、気候変動、防災政策と多様に広がり、難解な課題を解決する世界初のソリューションを生み出している。
高精度を実現しながら実装も可能 世界初のインフラ維持管理システムを開発

 高度経済成長期に建設が集中した道路や橋梁といったインフラの老朽化が加速している。維持管理を担う技術者の不足に加え、維持管理費が地方の財政を圧迫する中、地方自治体では、老朽化した膨大なインフラを持続可能な形で効率的に維持管理することが急務となっている。
 那須教授らは、インフラの中でも橋梁の維持管理を高度にサポートする実用的なアセットマネジメントシステムを、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環として開発した。従来の維持管理システムには、いくつかの問題点があった。一つは、ライフサイクルコスト(LCC)を最小化した長期修繕計画の立案に必要な建設時データや劣化環境データは曖昧であることが多く、技術者による点検データも正確性に欠けるなど精度上の課題がある。そのため、これらを元に立案された長期修繕計画に対する信頼度は低かった。もう一つは、長期修繕計画が単一の修繕工法の周期的な実施を前提としていることだ。本来の維持管理は、複数の修繕工法を組み合わせたきめ細かな計画の立案が不可欠だが、従来のシステムでは技術的に困難であり、システム上の計算結果と現場技術者が行っている維持管理や長期修繕計画との間にミスマッチが生じていた。「多様な情報の不確実性を考慮し、技術者の感覚に馴染む、実装しても違和感がないシステムの開発が究極の目的でした」と振り返る。
 これらの問題を解決した新たなシステムには、環境データや目視点検に代わる高精度情報処理システムを導入し、劣化予測に基づいて、任意のタイミングで適切な修繕方法が選べるプログラムを組み込んだ。技術者が長期修繕計画を立案するのと同じように、複数の修繕方法を組み合わせ、本当の意味でLCCを最小化できる計算システムを実現したのだ。これは世界にも例がないという。
 何時、どの様な修繕を行うのか。これまでの技術では、一つの修繕方法を繰り返し行うシミュレーションしかできなかった。新たに開発したシミュレーション技術では、複数の修繕方法を任意のタイミングで実施する複雑ではあるが現実的な修繕計画の立案を可能とした。
 また点検において、技術者による劣化の測定や判断に生じる誤差を解消するため、技術者の誤差傾向をモデル化して点検データを補正するプログラムを構築。さらには技術者の能力を向上させる仕組みを導入した点も画期的だ。
 一連のシステムは2018年から高知県で運用を開始し、パフォーマンスの確認と改善を行っている。橋梁の点検、診断、措置、記録のメンテナンスサイクルに加えて、これを支える制度や技術基準類を見直すマネジメントサイクルを構築し、地方自治体で実装した世界初の事例であり、将来的には国内外への普及をめざしている。

「国内外で多くの維持管理システムが構築されてきましたが、精度の高い長期修繕計画を立案できるものは皆無でした。多様な学術分野をまとめて、従来の課題を克服したシステムを構築したことが大きな成果です」

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気候変動の影響を考慮した 新たな防災政策立案方法を確立

 水不足が多発する一方、洪水の危険性も高いと言われる四国地域。気候変動によって、将来的に大雨の頻度が増え、降雨の量やパターンが変化することで、さらに厳しい環境に置かれることが懸念されている。気候変動が与える影響を評価し、気候変化にどう適応できるかを定量的に把握することが求められる中、那須教授らは、気象学、水文学、経済学などの学問を統合し、気候変動の将来予測をシミュレーションするモデルを開発。そこで得られた将来の降雨パターンの変化を各地域にあてはめることで、気候変動によって地域が受ける影響を予測できるシステムを構築した。
 現在は鏡川のある高知県高知市、吉野川下流の徳島県石井町と連携し、その新たなシステムを用いて気候変動の影響に適応し得る防災政策立案のサポートを行っている。従来のハザードマップは、想定最大規模の自然災害における被害予測を"静的"に示すもので、危険地域を提示する意味はあるが、経時変化する被害の全体像を把握することはできなかった。「域内全域が水没する状況が示されても、防災対策や避難誘導に生かせない。より具体的な洪水流の挙動や地区ごとの被災時の様相を分析することが必要」と指摘する。
 そこで、水害リスクの増大について、気候変動予測モデルなどからその規模を推定し、外力(大雨など)の規模を段階的に大きくしたシミュレーションによって河川の氾濫現象の変化を確認し、また氾濫解析を"動的"に表現した高解像度データを自治体に提示。それによって、想定を超える状況にも現象に即した対応を試みようとしている。

「災害規模の拡大によって生じる被害の変化を動的に知ることで、自治体は避難ルートの安全性などを検証することが可能になります。つまり、先手に回る対策を打ちながら、住民を守っていくことができるのです。こうした防災政策の作成手法をマニュアル化し、全国の自治体に発信することをめざしています」
 15年以上前から「学問の垣根を超えて連携し、社会課題を解決することの重要性」を主張して自ら実践し、学問を確立してきた那須教授。まさに今、その成果が社会に実装される段階に来ているのだ。

掲載日:2020年12月