身体の揺れを簡単かつ正確に測るシステムが医療現場にもたらすイノベーション

園部 元康SONOBE Motomichi

専門分野

機械力学、制御工学、ヒューマンダイナミクス

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人は自覚することなく身体のバランスを保っている。その客観的な指標となるのが重心動揺だ。重心動揺計を用いて直立起立姿勢時の重心の揺らぎを測ることができるが、計測のブレが大きく、精度が十分ではない。そこで園部元康准教授が着目したのが、フォースプレート(床反力計)を用いた重心位置を推定する方法だ。同種の研究は以前にもあったが、人間の運動特性を考慮したモデルを構築し、フォースプレート上の人の動きと力を推定することで、バランス能力を詳細に測れるところが特長となっている。実際に、モーションキャプチャでの測定値と遜色ない精度を誇り、何より「簡易に計測できる」のが最大のポイントだ。
フォースプレートに乗るだけで簡易に重心位置を推定

 セグウェイのようなパーソナルモビリティに興味があったという園部准教授が取り組んでいる研究の1つに、小型パーソナルビークルの開発がある。その基礎的な研究として、人の動きに合わせて加減速して転倒を防ぐ電動スケートボードの開発を進めた。その際に、台車を振動させた時の応答を計測することで、倒れにくさなど個人の持つバランス能力を評価できるパラメータ同定法を開発。さらに、重心の計測を容易にするため、フォースプレートを用いた重心推定法を開発した。
「研究活動の一環で医療機関の関係者の方と交流する中で、バランス能力低下の原因まで推定する診断技術に対するニーズが非常に高いことがわかりました。そこで、私が開発したフォースプレートを使った重心推定法を応用できるのではと考えたんです」
 バランス能力を測るためには、姿勢と関節の力の変化を計測する必要がある。しかし、一般的に利用されている重心動揺計では圧力中心しか得られず、重心や姿勢の情報はわからない。一方、より高度な計測法として、複数台のカメラとマーカを用いた3次元動作解析システムや着用型の慣性センサを利用する方法があるが、事前準備や事後の処理が煩雑で、計測者と被計測者の双方の負担が大きい。また、特に前者のシステムは設備を整えるのに1,000万円以上かかるなど、費用面のハードルも高い。
 これらのことから、従来の重心動揺計と同程度の使いやすさで正確に揺れを測定し、重心や姿勢の情報も得られる計測手法の開発が課題であったが、園部准教授が開発した重心推定システムがそれを実現した。同システムでは、フォースプレートの上に立ち、足裏の力の計測のみから人の動きと力を推定することができる。所要時間もほんの数秒だ。しかも正確で、「簡易で精度が高い」のが最大の魅力となっている。
「正確性はもちろん、医療現場で高齢者や疾患のある方などの計測を考えると、簡易に計測できる必要がありますが、この方法だと被験者の方の負担も軽減できます」とその優位性について語る。
 人は安静な立位において、重心位置が前後・左右にそれぞれ数mm~10数mm程度揺れる。その揺れと復元する力の関係からバランスを評価しているが、それ以上の大きな揺れがある場合――例えば神経性患者を計測する場合、慣性センサを1台加えることで対応。こちらも高い推定精度を実現している。

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複数の医療現場で導入され、新しい知見の獲得も

 医療機関と連携し、いくつかの臨床現場でフォースプレートを用いた重心測定法はすでに利用されている。首の椎骨の中の神経が圧迫される頚髄症の患者さんのケースもその一例だ。同疾患は症状として下半身や手足の痺れが出るが、その程度を見分ける方法は確立されていない。患者さんから症状を聞き、医師の経験則から状態を判断するしかなく、また治療法としては手術をするしかない。
「手術のタイミングが遅れると治癒は難しい。一方で症状が今以上に進行しないケースもあって、むやみに手術をすることもできず、判断が非常に難しいと現場の医師から聞きました。そのタイミングや手術の有無を計る指標として、患者さんの身体の揺れのデータを活用できないかと研究を進めています」
 現状集まっているデータから頚髄症の患者さんは、重心位置が左右に数多く揺れていることがわかった。左右いずれかの足に偏ってかかっている力を感じた時、健常者なら補正してバランスを取るが、頚髄症により足裏の感覚が弱ってくると、補正できず左右に揺れるのではないかと推察される。この揺れの度合いが重症度の1つの目安となり、手術後の回復度合いを知る指標にもなり得るという。
 同様に、糖尿病のケースでは、深部感覚の麻痺や神経系の遅れが出ることにより足首の感覚がにぶり、比較的前後への揺れが大きくなることがわかった。めまい、耳鳴りなどの症状が出るメニエール病の場合、5秒くらいの遅い揺れが起こっている。これらの知見は、園部准教授の重心測定法によって初めて明らかになった。
「各病院で2~3年前から導入いただき、少しずつデータも集まってきました。測定法に関しては、簡易に正確なデータが取れるので評判は上々です。今後さらに症例数を集め、病気と重心バランスの関係性を解析していければ、今以上に医療従事者や患者さんに役立つツールになると思います」
 医療現場以外での用途としては、建築業や公共交通機関の運転手など体調不良が大きな事故につながる職種のコンディショニング管理への応用も考えられる。出勤時にフォースプレートの上に乗るだけで、意識障害など本人が自覚できない疾患を未然に検知するという仕組みだ。もちろん、効率のいいトレーニング法などスポーツ工学への応用も考えられる。
「現在、同分野の研究としては片足立ちの計測に取り組んでいます。骨折した患者さんが松葉杖を使う際、練習として片足立ちから始めますが、若い方で一定数片足立ちができない方が出てきています。そのためのトレーニングをしたいが、現状では何をどうすればいいのかわからないのでデータを取りたいと、理学療法士さんからご依頼を受けました」
 片足立ちができない理由は何か?また、立てないパターンは1つなのか複数あるのかなど、データ収集・解析による原因究明とリハビリへの応用に期待が高まる。
 このようなケースに限らず、園部准教授が開発した重心推定法を用いた医療分野への応用はまだ始まったばかり。今後データの解析が進む中で様々な分野での新しい発見の可能性があり、その成果が医療の分野をまた一歩前進させるかもしれない。

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掲載日:2021年1月