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"尖る"を恐れない社会へ。高知から始まる未来デザインの挑戦

- AIが瞬時に"正解"をはじき出す時代に、人間にしか発揮できない力とは何か――。
経済・マネジメント学群の小谷 浩示教授は、
その答えを「自分にしか描けない、尖ったビジョン」に見出している。
まだ誰も気づいていない課題を見抜き、独自のビジョンを着想できた人は、
生産性と創造性をどこまで高められるのか。
実験経済学と「フューチャー・デザイン」を武器に、
バングラデシュの農村から高知の教育現場まで、多様なフィールドを駆け回る 小谷教授。
「未来をデザインする力」の本質と、その先に描く世界に迫る。
独自のビジョンは人をどう変えるのか?
「『みんなが安心して幸せに暮らせる社会』。一見もっともらしく聞こえますが、実はこれ、ビジョンではないんです」
そう語る小谷教授の口調に、鋭さが宿る。
「当たり前のスローガンでは人は動きません。ビジョンには、人の心を引きつける"尖った独自性"が必要なんです」
AIが最適解を示す時代に求められるのは、与えられた問いを解く力ではなく、まだ見ぬ課題を見抜き、自分の言葉で未来を描く力だ。実験経済学、環境経済学、そしてフューチャー・デザイン(FD)※。これらの領域を横断し、国際的な成果を挙げる小谷教授が今、探究しているのは、「ビジョンを持つと、人の行動はどう変わるのか」という根源的な問いである。
「ビジネスでは常に新しいビジョンが掲げられますが、日本の行政や教育の現場では、日々のタスクに追われ、場当たり的な意思決定が続きがちです。その構造を変えるために、FDが必要なんです」
通常、「将来のために」と考えても、目先の予算やしがらみに思考を引き戻されてしまう。しかし、未来の住人である「仮想将来世代」になりきり、未来から現在を振り返れば、こうした制約は驚くほど薄れていく。この"思考のジャンプ"を経て、独自のビジョンを描き、それを現在の意思決定に組み込む。小谷教授は、このFDの手法に行動原理を検証する「実験経済学」を掛け合わせ、目に見えない"ビジョンの力"をデータとして可視化しようとしている。
※フューチャー・デザイン(FD):「仮想将来世代」の視点を取り入れ、持続可能な社会を設計する手法。提唱者である西條 辰義名誉教授が本学で築いた研究基盤を小谷教授が受け継ぎ、現在は高知から世界へ発信している。
将来世代の視点が日々の食卓を変えた
未来を描くことは、具体的に人の行動をどう変えるのか。それを鮮やかに示したのが、バングラデシュ農村部・300世帯を対象とした大規模なフィールド実験だ。食生活の改善は健康や環境保全に直結するが、知識があっても習慣化は難しい。そこで小谷教授の研究チームは、世帯を「何もしない」「現在の視点のみで議論」「将来の視点で議論(FD)」の3群に分け、食行動の変化を3か月間追跡した。
特筆すべきはFD群の変化だ。20~30年後の子や孫の視点に立ち、未来に残したい食生活のビジョンを家族で描いてもらったところ、「有機野菜を取り入れる」「甘い飲料を減らす」といった自発的な行動変容が次々と起きたのだ。その結果、FD群の有機野菜の購入量は、現在の視点で議論した群の約2倍に達した。さらに、その効果は一時的ではなく調査期間を通じて持続した。
「補助金や規制といった外圧ではなく、『未来に責任を持ちたい』という内発的な想いが行動を変えたのです」
20年後の世代に対し、「なぜその選択をしたのか」を胸を張って答えられるか。この"将来世代への説明責任"を意識し、ビジョンを言語化することが持続的な変革を生む。この成果は農業経済分野のトップジャーナル『Food Policy』に掲載され、FDが理想論ではなく、人間の行動を根本から変える仕組みであることを世界に証明した。
中高生に問う、"尖る覚悟"
こうした研究は今、高知県の教育現場にも広がっている。県教育委員会の教員研修「志し塾」を皮切りに、中高生に向けた「FDワークショップ」が展開されているのだ。
その冒頭、小谷教授は生徒たちにこう問いかける。「あなたにはビジョンがありますか」。そして、資本主義社会の現実を率直に伝える。「AIや他者にもできる仕事だけでは、価格競争に巻き込まれる。『自分にしかできないこと』で尖らなければ、給料は上がりにくい」と。大谷翔平やイーロン・マスクなどの名を挙げつつ、「では、あなたはどのレイヤーで尖り始めたいのか?」と迫るのだ。
もちろん、すぐに答えが出なくてもいい。「今はまだビジョンがない」という現在地を知り、方向性を考え始めることに意味がある。そう、FDとは人間が「自分は何を望むのか」を取り戻すための教育でもあるのだ。

「独自のビジョンで道を拓く若者が増えれば、社会の生産性と創造性は飛躍的に高まります。今の日本に足りないと思うのは、その"自主性"。FDを新たな教育の柱にし、人間がより創造的になれる社会を、ここ高知から実証したいんです」
その言葉のとおり、この取り組みは単なる授業では終わらない。小谷教授は、ビジョンを持った生徒たちがその後どう行動を変えるのか、長期的な追跡調査を行う構想を描いている。教育現場での実践をデータとして蓄積し、ビジョンの力を科学的に示す。すべての活動は研究という一本の軸でつながっている。
「方向性」の学問"フューチャー・デザイン"を高知から世界へ
今でこそ若者に方向性を問い続ける小谷教授だが、その原点には、自身の苦い記憶がある。理系学部に進むも、強い違和感に襲われ、退学寸前まで追い詰められた経験だ。転機は、図書館で偶然手にした一冊の経済学書だった。「経済学は方向性を決める唯一の学問である」という一文に心を射抜かれ、「どうせなら世界の方向性を考える学問がしたい」と環境経済学を志し、渡米。留学先の恩師に資質を見出され、研究者の道へと舵を切った。
「僕が"尖る"と覚悟を決めたのは24歳の時です。それまでは自分らしさを追求することも、誰かに問われたこともなかった。そんな日本の教育や社会、流されていた自分への怒り。それが今の活動の原動力なんです」
そんな小谷教授のもとには、国内外から学生が集まり、食や環境など多様なテーマで研究が進む。時に高額な予算を要する挑戦的なプロジェクトもあるが、「できることは全部やる」と迷わず踏み出すのが小谷流だ。
「研究は知的冒険です。取り組むほど世界の見え方が変わり、解釈が更新されていく。自分がいなくなっても残る価値をつくり、次の世代へ手渡す。その歩み自体が楽しいんですよね」
さらに、小谷教授は「高知」でFDを実践する意義について、こう語る。
「課題の多い高知だからこそ、やる意味がある。人間が課題に追い込まれたとき、現状を打破するために必要なのは、やっぱり新しいビジョンですから」
FDを通じて「方向性を考える文化」を社会に広げたい。そしていつか「FDが日本発の学問として世界で育ってくれたら最高ですね」と楽しげに語る。課題先進県・高知から、FDを世界へ。未来をまっすぐ見据えるその表情を見ていると、実現の日はそう遠くないと思わされるのだ。

掲載日:2026年2月/取材日:2025年11月
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