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もしも道路が寸断されたら、どこからつなぐ? 数式が導く「災害に強い交通ネットワーク」

- 私たちの日常は、道路や鉄道、バス路線といった輸送ネットワークに大きく左右されている。人やモノが滞りなく行き交うことで経済は回り、ひとたび災害が起きたとき、交通が確保できなければ人命や生活を脅かす。
こうした身近でありながら複雑な「都市のつながり」を科学的にとらえ、より効率的で、災害にも強い交通網のあり方を探っているのが、システム工学群・杉浦聡志教授だ。
杉浦教授の研究の出発点は、都市を"点・線・流れ"でとらえ直すことにある。交差点や停留所、避難所を「点」、それらを結ぶ道路や路線を「線」、人やモノの移動を「流れ」として整理することで、都市全体の構造を理論的に浮かび上がらせていく。さらに数理最適化の手法を用い、都市全体にとって最も望ましい交通ネットワークの設計を導き出す。いわば、私たちの暮らしを支える都市の姿を、数式によって描き直す試みである。
「建物」ではなく「つながり」をデザインする
杉浦教授が率いる「都市ネットワークデザイン研究室」。その名から、建物の配置や空間の設計を想像するかもしれない。しかし、ここでデザインするのは目に見える建物ではなく、それらを結び、都市を機能させるネットワーク構造そのものだ。
限られた予算、老朽化するインフラ、将来の人口減少、そして災害時のリスク。こうした現実的な制約の中で、どこをつなぎ、どこを残し、どこを減らすべきか。さらに、どの順番で整備や更新を進めるのが最も合理的なのか。都市の骨格となる「つながり」を、どう設計すれば持続可能な形になるのかを、理論的に考えていく。
「たとえば、現在の道路網に新たに1本だけ道路を増やせるとしたら、どこに通すのが都市全体の利益を最大化するのか。逆に、維持管理が限界を迎え、道路を減らさざるを得ないとしたら、どこを削れば不便を最小限に抑えられるのか。そうした問いを数式に落とし込み、将来あるべき道路網の"最適解"を導いていきます」
この考え方は、公共交通でも同じだ。バス路線を単純に「存続か廃止か」の二択で論じるのではなく、利用者の不便を抑えつつ、どのような路線を、どの頻度で運行するのが望ましいのかを数理モデルで評価する。感覚や経験則に頼るのではなく、数値に基づいた根拠をもとに「ちょうどよいネットワークの姿」を描いていく。そのための理論的な枠組みづくりに、取り組んでいる。
集落の孤立を予防するための、新しい数理モデル
こうした都市のつながりを科学する研究は、平時の効率性を高めるだけでなく、災害時に人命や生活を守る基盤にもなる。災害大国・日本では、地震や豪雨、土砂災害のたびに、山間部や半島部の集落が道路寸断によって孤立し、救援物資が届かない状況が繰り返されてきた。近年の大規模災害でも、こうした孤立のリスクが改めて浮き彫りになっている。
「避難所や物資拠点そのものが孤立してしまえば、どれだけ支援の意思があっても届きません。まずは『どこが孤立しやすいのか』を定量的に把握する必要があると考えました」
従来の研究では、広範な道路網の中から「どの地域が災害時に孤立しやすいか」を評価する手法は確立されていなかった。そこで杉浦教授が着目したのが、道路や拠点のつながりを点と線で扱う「グラフ理論」と、最も効率の良い解を導く「数理最適化技術」を組み合わせた新しいアプローチである。
発想自体はごくシンプルだ。仮に「意地悪な神様」が道路を自由に壊せるとすると、ある避難所を完全に孤立させるには、最低何本の道路を壊す必要があるのか。3本で孤立してしまう避難所と、10本壊さないと孤立しない避難所では、前者の方が明らかに脆弱だと言える。この「最小破壊本数」を指標として計算することで、孤立に対する脆弱性を数値として表現できる。
課題は、その計算をいかに現実的な時間で行うかだった。実際の都市には膨大な数の道路と拠点が存在し、単純にすべての経路の組み合わせを調べる方法では、計算に非常に長い時間がかかってしまう。そこで杉浦教授は、ネットワーク構造を巧みに変換し、この問題を数理最適化の古典的なテーマである「最小カット問題」として定式化することに成功した。仮想的な起点と終点を設定し、複数の支援拠点と避難所の関係を一対一の問題へと整理することで、大規模な都市であっても、脆弱性を瞬時に計算できるようになった。
この手法を札幌市の指定避難所に適用したところ、わずか4本以内の道路破壊で孤立してしまう避難所が複数存在することが明らかになった。特に顕著だったのが、幹線道路への接続が限られたニュータウンで、次いで山間部の温泉地にも同様の傾向が見られた。さらに、山あいに立地する学校でも孤立リスクが高いケースが確認されたという。
「一見安全に見える住宅地や公共施設であっても、ネットワーク構造の観点からは孤立しやすい場合があります。こうした直感では見えにくい危うさを、数理的に可視化できたことは、ひとつの成果だと考えています」
この手法は、避難所や物資拠点の配置計画の見直し、優先的に補強すべき道路の特定、さらにはハザードマップ上での脆弱な拠点の抽出などに直結する。自治体の防災計画にそのまま組み込める実用性の高さこそ、この研究の大きな意義と言えるだろう。
災害復旧の最適戦略を「動的」から「静的」へ
事前に孤立リスクを評価しておくことは重要だ。しかし、現実の大規模災害では、それだけでは対応しきれない場面がある。能登半島地震のように広範囲で多数の道路が同時に被災した場合、「何本壊れたら孤立するか」という議論を越え、「どうやって一刻も早く道をつなぎ直すか」が最優先の課題となる。
「能登半島の状況を見たときに、最小で何本壊れたら孤立する、という話をしている場合じゃないと思いました。あれほどの被害になると、いかに早くつないであげるかが何より重要だと感じたんです」
そこで浮上してきたのが、道路啓開、すなわち通行再開の順序をどう決めるかという問題だ。被災直後の道路啓開は、時間と復旧経過とともに接続の状況が変化するため、「動的問題」としてとらえられる。
「復旧拠点から重機を出し、次々と道路を開いていく過程では、分岐点ごとに左右どちらに進むかといった選択が生じ、そのたびに次の選択肢が変わっていきます。進めば進むほど組み合わせは増えていき、従来の手法では対応できる規模に限界がありました」
この難問に対し、杉浦教授は発想を転換する。「最適な啓開計画が存在するとすれば、それは必ず特定の性質を満たしているはずだ」。そうした仮説を起点に、問題の構造を理論的に一つひとつ解きほぐしていった。
その結果、孤立集落を解消するための啓開ルートは、原則として一本あれば十分であり、複数用意する必要はないことが示された。ルートが一本に定まることで、復旧の進め方には自然と順序が生まれ、ルート同士には上流と下流の関係が成立する。こうして、無数に枝分かれしていた選択肢は大きく整理されていく。
さらに、最適な啓開計画は「シュタイナー木」と呼ばれる特定の樹状構造に収束することも明らかになった。複数の地点を最小のコストで結ぶこの構造を前提とすることで、動的で手に負えなかった問題は、一気に扱いやすい「静的問題」へと姿を変えた。
この理論を支えるのが、杉浦教授が独自に導入した「累積孤立時間」という指標だ。たとえば災害発生時に10の集落が孤立していたとすると、啓開作業の進行とともに、その数は9、8と減少し、最終的にはゼロになる。その推移を時間軸に沿って描くと、孤立が続いた期間を表す三角形のような面積が現れる。この面積が小さいほど、住民が孤立していた時間の総量は短く、より良い啓開戦略だと評価できる。
この累積孤立時間を最小化する問題として定式化することで、大規模なネットワークであっても、現実的な時間で最適な啓開順序を導き出せるようになった。
もっとも、このモデルは交通量を考慮せず、「まず一台でも通せる道を確保する」ことを前提としている。そのため、必ずしも幹線道路が優先されるとは限らず、細い生活道路が選ばれる場合もある。その結果、通行再開後には道路の使われ方が一変し、啓開だけでは対応しきれない局面が生じることもある。
そこで現在は、啓開にかかる日数を予測する手法を研究する他分野の研究者と連携しながら、発災直後の段階において幹線道路を優先する条件を組み込むなど、初期混乱をできるだけ抑える啓開ルートを検討する方向へと研究が進んでいる。
データがひらく、「復興期」の交通というフロンティア
道路をつなぐことができても、その後の交通をどう支えるかという課題は残る。災害対応から復興へと移行する過程では、交通の役割そのものが大きく変化していく。
災害時の交通研究が本格的に進み始めたのは、ここ15年ほどのことだ。かつては、災害時にどの道路が通行可能だったのか、どこで渋滞が発生していたのかを詳細に把握すること自体が難しかった。しかし、ETC2.0に代表される観測技術の進展により、走行データを通じて災害時の交通状況を定量的にとらえられるようになってきた。
こうした環境の変化を背景に、杉浦教授が次に見据えているのが、復旧の進行とともに変化し続ける交通需要を含めた「復興期」の分析だ。道路が完全には復旧していない状態で日常生活が再開される、いわば災害時と平時の間に位置するフェーズである。
「発災直後の緊急段階の対応に比べて、復興期の交通はパニックが起こりやすいにもかかわらず、確立した対処法がまだありません。しかし実際には、この復興期こそが、生活再建を左右する重要な局面でもあるのです」
細い道路を優先的に開ければ、孤立は比較的早く解消できる。しかし、その状態で通勤や物流、支援活動が一斉に始まると、深刻な混雑が生じることが過去の災害で繰り返されてきた。さらに、ボランティアや復旧事業者、行政職員など支援者の流入によって、交通需要は日常とはまったく異なる形をとり、しかも時間とともに大きく変動していく。
こうした「読みにくい需要変化」を前提に、どの道路をどの順で復旧し、どこに交通を流せば、混雑を抑えつつ生活再建を支えられるのか。杉浦教授は、ネットワークの復旧と需要変化が相互に影響し合う過程をひとつの動的システムとしてとらえ、状況の変化に応じて段階的に見直しながら、交通の流れを最適化する考え方を用いて、その全体像を明らかにしようとしている。災害対応から復興、そして日常へと連なる交通の姿を描くことが、次なるフロンティアだ。
「データが使えるようになった今こそ、何が起こり得るのかを予測し、"良い道路の状態とは何か"を定義する必要があると感じています」
高知という最前線で考える、インフラの未来
杉浦教授が災害研究に取り組む原点には、2011年の東日本大震災がある。当時は会社員として働いていたが、テレビの中継映像を通じて目にした被災地の光景に、強い無力感を覚えたという。その思いは次第に「何とかしなければ」という切実な思いへと変わっていった。
そして震災から約二週間後、京都大学の研究者による国会演説を耳にし、土木工学が果たすべき役割の大きさをはっきりと認識したことが、研究者の道へ進む決定打となった。
以降、災害時の交通やインフラのあり方を問い続けながら研究を重ね、2025年春、北海道から本学へと拠点を移した。南海トラフ巨大地震のリスクを抱える高知県は、災害研究の課題先進地域であると同時に、人口減少とインフラ老朽化が進む地方都市の縮図でもある。
「高知に暮らしてみて、道路インフラの足りなさと、"将来が読みにくい"という不確実性の両方を強く感じました」
限られた平地に交通が集中し、通勤時間帯には慢性的な渋滞が発生する。一方で、道路を新設すれば建設費や維持管理費という重い負担が将来世代にのしかかる。さらに近い将来、"空飛ぶ車"のような新たな移動技術が普及すれば、現在の道路網の価値そのものが変わる可能性もある。
だからこそ、これから重要になるのは、単に増やすことでなく、将来の「減らし方」まで見据えたインフラ計画だ。
「将来使われなくなる可能性がある道路は、あらかじめ縮小しやすい形で設計しておく。橋梁の更新時期などインフラの寿命も考慮しながら、いつ・どこを整理していくかを戦略的に考える。さらに道路だけでなく公共交通も含めて、地域全体の移動をどう支えるか。そうしたソフトランディング戦略を、数理モデルとして提示していくことも、今後の大事なテーマのひとつになりそうです」
数式で"解ける形"にし、社会へつなぐ
杉浦教授が研究の醍醐味として挙げるのは、複雑で手に負えないと思っていた問題が、ある視点を導入した途端に、驚くほどシンプルな数式として整理される瞬間だ。難解だった現象が数式の中に収まり、現実の課題として扱える見通しが立つ。そのときに得られる確かな手応えが、研究を続ける原動力になっているという。
多くの研究が計算技術の高度化や精緻化に向かう中で、杉浦教授はまず問題の構造そのものを見直し、本質的でない要素を丁寧にそぎ落としていく。何が本当に重要なのかを見極めながら、問題を極限まで単純化するその姿勢こそが、杉浦教授の研究の強みだ。
その根底には、「人々が安心して暮らせるため社会をつくりたい」という実直で素朴な思いがある。ただし、「それを壮大なスローガンとして掲げるというより、目の前にある具体的な課題を一つひとつ数式で解いていく感覚に近いですね」と語る。
孤立集落の脆弱性評価モデルや道路啓開の最適化手法は、すでに自治体の防災計画やインフラ政策に生かせるポテンシャルを備えている。だからこそ、学術論文の発表にとどまらず、自治体職員や政策担当者にも伝わる形で知見を届け、実際の計画に組み込まれるよう働きかけていくことが重要になる。
「本音を言えば、静かに机に向かって数式を解いていたいタイプなんですけどね」
そう笑いながらも、高知という災害リスクの高い地域で研究を続ける以上、その成果を社会に還元する責任を強く感じているという。
数式の世界で問題の構造を整理しながら、その成果を現実の道路やバス路線、避難所といった具体的な形へ落とし込んでいく。理論と実践の間を行き来しながら、災害に強く、しなやかで、持続可能な都市のつながりをデザインする挑戦は、高知という最前線から、これからも続いていく。

掲載日:2026年2月/取材日:2025年10月
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