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先端半導体材料開発におけるパラダイムシフト、高移動度・高信頼性酸化物薄膜トランジスタを開発

- 現代社会を支える情報通信技術(ICT)は、電力網や交通網と並ぶ基幹インフラとして、私たちの生活と産業の根幹を成している。とりわけ、AI、IoT、ビッグデータの急速な進展により、ICT基盤にはこれまで以上に高い性能と信頼性が求められている。
そのICTを物理的に支える中核部品の一つが、ディスプレイや各種センサー、メモリーに不可欠な薄膜トランジスタ(TFT)である。TFTは一般にガラス基板上に作製され、電気信号を高速かつ精密に制御するスイッチとして機能する。IoT社会では膨大な数のデバイスが常時動作し、AIがビッグデータをリアルタイムに処理するため、TFTには高速性と低消費電力性の両立が不可欠となっている。
ディスプレイ用TFT材料は、アモルファスシリコンから、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)、酸素(O)からなるアモルファス酸化物半導体IGZOへと進化してきた。しかし、超高精細化・超高速化という要求や、AI・IoT社会における膨大な消費電力の問題を前に、従来材料の延長線上では限界が見え始めている。高性能動作に不可欠な高い電流駆動能力が、根本的に不足しつつあるのである。
曲勇作講師はこの課題に対し、「材料」「プロセス」「デバイス構造」の三位一体アプローチに基づく研究を展開してきた。材料設計・結晶化プロセスから素子構造設計までを一貫して捉え、高移動度かつ高信頼性なTFTを実現する新たな道筋を切り拓いている。ここでは、その革新的な取り組みの一端を紹介する。
材料のポテンシャル:酸化物半導体と「水素」によるエポック
曲勇作講師が次世代半導体材料として着目したのは、金属と酸素が結合した金属酸化物半導体の中でも、極めて高い電子移動度を示す酸化インジウムである。
シリコンを基盤とする従来の半導体技術が成熟期を迎える中、今後さらに高性能かつ低消費電力な電子デバイスを実現するためには、材料そのものの概念を根本から見直す必要がある。
「半導体材料といえばシリコンが当たり前ですが、私たちはそれとは異なるアプローチを取っています。バンドギャップが大きく、本質的に低消費電力動作が可能な金属酸化物半導体、その中でも特に高い電子移動度が期待できる酸化インジウムに着目しました。さらに、水素を意図的に導入する点が、この研究の大きな特徴です」
研究の第一の課題は、ディスプレイ用TFT材料として広く用いられてきたアモルファスIGZOが抱える性能限界をいかにして突破するか、という点にあった。アモルファス構造は大面積・低温プロセスに適する一方で、電子の流れが乱されやすく、高い電流駆動能力を得ることが難しい。
「IGZOは電流を流す能力が十分でなく、高精細ディスプレイや高フレームレート映像の駆動には限界があります。そこで、金属原子と酸素原子が乱雑に並ぶアモルファス構造ではなく、原子配列をきれいに揃えた結晶状態に持っていくことが重要だと考えました」すなわち、アモルファスから結晶へ―この構造転換こそが、次世代TFTへの鍵であった。
「思わぬ成果」がブレークスルーにつながる
高性能な酸化物半導体をめざすうえで、材料中の微量成分の制御がTFTの特性を左右する重要な課題であることは言うまでもない。曲講師らは、結晶構造を制御する研究を進める中で、ある元素の制御が、予期せぬブレークスルーをもたらすことを発見したという。
曲講師は当時の状況を次のように振り返る。
「水素は、酸化物半導体の製造プロセスにおいて、邪魔になる、あるいは品質を損なう要因として扱われることが多くありました。しかし、水素は非常に軽く、どこにでも存在する元素であるため、どうしても酸化物半導体中に混入してしまいます。そこで発想を転換し、その水素が酸化物半導体の品質にどのような影響を及ぼすのかを明らかにするため、水素量を精密に制御した実験を徹底的に行いました。すると、水素がある最適な濃度に達した条件下で、熱処理後に酸化物半導体薄膜の異常粒成長と欠陥補償が同時に進行し、極めて伝導性の高い結晶が形成されることが分かったのです。それが、私たちの研究におけるエポックでした。まさに"思わぬ成果"だったというわけです」
この発見は、その後の水素化多結晶酸化インジウムTFTの実現へと直結した。水素添加によって電子密度と結晶性を精密に制御することで、従来は金属的伝導を示す微結晶の集合体にとどまっていた酸化インジウム薄膜を、TFTの活性層として機能し得る高品質な半導体薄膜として合成することが可能となった。

低温固相成長プロセス技術による世界最高性能酸化物TFTの実現
次世代ディスプレイや三次元集積デバイス、半導体メモリーへの応用においては、TFT作製プロセスを比較的低温(~400℃以下)で実現することが必須条件となる。これは、基板材料や下地回路への熱ダメージを抑えつつ、高集積化・高機能化を達成するためである。
曲講師らが開発した、水素添加による酸化インジウム薄膜の低温固相結晶化技術は、200℃という低温で結晶化を可能とし、これらの要求を満たす画期的なプロセスである。さらに、水素化酸化インジウム薄膜はスパッタ法により大面積かつ高い均一性で成膜可能であるため、量産性に優れた高効率な製造プロセスの構築が可能となる。
この低温固相結晶化技術を用いて作製されたTFTは、電界効果移動度139.2 cm2 V−1 s−1を達成しており、これは現在実用化されているアモルファスIGZO TFTの10倍以上、さらには多結晶シリコンTFTをも凌駕する世界最高水準の性能である。2022年に本成果が学術雑誌に掲載されると国内外から大きな反響を呼び、2025年時点で論文被引用数が200回を超えるなど、学術的にも極めて高い評価を受けている。
この高移動度化は、TFTの高速スイッチング性能を飛躍的に向上させ、次世代ディスプレイや半導体メモリーにおける高性能化と低消費電力化の両立に直結する成果である。加えて、低温での作製が可能であるという特長は、三次元高集積デバイスや、耐熱性の低いプラスチック基板上でのフレキシブル電子デバイスへの応用展開にも大きな可能性を示している。

デバイス構造の工夫によるTFT信頼性の飛躍的向上
高移動度という優れた性能の実現は、TFT技術における重要な到達点であるが、それはあくまで実用化に向けた一里塚に過ぎない。実際のデバイス応用において最も重視されるのは、長期間にわたり安定して動作し続ける「信頼性」の確保である。
高性能TFTに残された本質的課題の一つが、長時間の使用や電圧印加に伴って電気特性が時間とともに変動してしまう、いわゆる安定性の低下である。これは、TFTの活性層である酸化物半導体薄膜の表面に、空気中の水分や酸素などの気体分子が吸着・脱離することに起因すると考えられている。
曲講師らは、この信頼性の問題に対し、デバイス構造そのものを最適化するという観点から解決策を見いだした。それが、ヘテロエピタキシャル保護膜の導入である。
この手法の核心は、TFTの活性層である酸化インジウム薄膜表面を、別種の酸化物材料で原子レベルで結晶構造を整合させながら被覆・保護する点にある。保護膜には、活性層と結晶構造が極めて近い酸化イットリウムなどの希土類酸化物が用いられる。このヘテロエピタキシャル保護膜により、活性層との界面における結晶欠陥が極限まで抑制されるとともに、外部からの気体分子が薄膜表面に吸着・脱離する経路が効果的に遮断される。
その結果、ヘテロエピタキシャル保護膜を導入したTFTは、極めて高い動作安定性を示し、±20 Vの電圧を長時間印加し続けても電気特性がほとんど変化しないという、実用化に求められる高い信頼性を実現した。
曲講師は自らの研究の歩みを次のように語る。
「まず重要なのは、低温でいかに材料を高品質に合成し、大きな結晶粒を形成できるかという基礎研究です。しかし、材料研究だけでは十分ではなく、実際に優れた性能を示さなければインパクトは弱くなってしまいます。特に、デバイスまで作製して実際に駆動させ、その性能を実証しなければ、なかなか注目してもらえないという現実があります。裏を返せば、材料物性とデバイス物理を統合して研究を進めることは非常に難しい一方で、この分野の最も面白い部分でもあると感じています」
掲載日:2026年5月/取材日:2025年10月
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