大気圧下で高品質な機能性薄膜作製を実現 世界唯一の革新的成膜技術「ミストCVD」

川原村 敏幸KAWAHARAMURA Toshiyuki

専門分野

化学工学、電子工学、成長技術、薄膜形成反応論、超音波技術、噴霧技術

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大気圧下における高品質な機能性薄膜作製法として、国内外で利用が拡大しているミストCVD※。この技術の開発者である、川原村 敏幸教授は、気と液の両方の流体を扱う気液混相流であるミスト流の可能性にいち早く気付き、ミストCVDをナノテクノロジーに通用する技術として確立しようと研究を続けてきた。その過程で、反応炉内にライデンフロスト状態の液滴が存在する(ELSD)こと、そして、液滴同士が衝突するまでの時間が十分あること(LPCD)を発見。これにより、従来手法では不可能だった低環境負荷、大面積均一、高品質、組成制御を同時に叶える技術にまで発展させた。※ミスト化学気相成長法(Mist Chemical Vapor Deposition)

ミストの可能性を追究して見出した薄膜作製技術を実用化へ

 機能性薄膜の開発は、電子デバイスの性能を向上させるためのまさにキーポイントである。
 薄膜作製には一般的に高コストな真空装置が使用されているが、真空状態を保つためには多大なエネルギーを要する。そこで、環境負荷の低減に向けた代替技術の開発が求められてきた。ただし機能性薄膜を、真空状態ではなく大気中で作製すると、熱対流や副反応でムラが生じるため、単純にはナノテクノロジーへの適用が困難だと考えられていた。
 ミスト流を用いた薄膜作製技術である「ミストCVD」の開発を進めてきた川原村教授は、大気中で化学反応を高度に制御する方法を見出し、確立。すでに実用化へと踏み出している。
 ミスト法とは溶液を霧状にしてキャリアガスによって運び、熱分解によって薄膜を作製するというプロセスからなる手法。超音波によって発生する霧状の液滴はサイズが特に小さいため、空中に滞留でき、ガスのように搬送や整流が可能で、環境負荷も小さい。川原村教授はミストの性質を生かして、ミストを含むガス同士を衝突させることで圧力損失を生み出し、整流させる「衝突混合」という手法を考案。これによって、均一なミスト流を生み出す装置を発明し、原料流の流れを制御することに成功、均質な薄膜の作製を達成した。
 さらに、ミストを含むガスが反応炉内を流れる時、急激な加熱によって液滴が浮遊する"ライデンフロスト現象"が起こっていることを発見。この現象を証明したことが、均質な薄膜を作製する原理の解明につながり、この研究を大きく発展させるきっかけとなった。
「一般のようにガス原料を用いる場合、通常のガスは、上流は濃度が高く、下流は濃度が低くなり、膜にムラが生じます。一方、ミスト法では、加熱された基板近くに到達した原料の液滴は、ライデンフロスト効果を発揮しながら基板上を走っている状態になるので、成膜対象全面に同じガス量が供給される。これにより従来の技術に比べて均質な薄膜の作製が期待できるのです」
 大面積にわたって均一で原子レベルで高品質な薄膜作製が可能になり、東芝三菱電機産業システム株式会社(TMEIC)によって「ミスト成膜装置」として実用化され、国内の企業に導入されている。
「ミストの特徴を生かして、従来の手法を超える技術を実現したい」とさらに研究を進める中、川原村教授は、空中に浮遊している液滴同士において、「1分間衝突しない時間」があることを見出した。(LPCD)
 近年、複数の原料を混合した多元系材料の開発が求められているが、その作製技術はニーズに追いついていない状況にある。「複数の溶剤を装置に供給し、1分以内に反応炉まで搬送できれば、混ざり合うことを回避できるのではないか」と考え、実験した結果、目的とする組成の機能性薄膜が従来より圧倒的に簡単に作製できることを確認した。
 多様な原料を同時に反応炉に供給しても副反応を起こすことなく成膜できるようになり、自ら創出したミストCVDを、低環境負荷、大面積均一、高品質に加えて、組織制御も同時に叶える、従来の技術を凌ぐとも劣らない強力なツールへと進化させた。

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反応メカニズムを新たに解明 成膜条件から膜の状態が予測可能に

 そして2020年初頭、川原村教授は、ミストCVDにおいてどのような原料拡散過程を辿って基板表面に薄膜が作製されるのかを理解する、新たな反応メカニ ズムの解明に成功した。
「反応炉内に供給される原料の液滴が等方的に拡散し、基板表面にどういう分布で付着するのかを計算で求めようと試行錯誤してきましたが、実験構想から8年、数値的な解析を試み始めてから2年で、実験値と計算値が見事に一致しました。ミストCVDのメカニズ ムを半分以上解明できたということになります」
 これによって、出発原料の物性値と成膜条件から、 成膜後の膜の状態を予測することが可能になる。「ミストCVDは成膜技術として、もはや"まがいもの"ではない技術にまで持っていくことができました。さらに発展させていくためのベースが構築できたと言えるでしょう」
 今や産業界でも地位を確立しつつあるミストCVD。川原村教授のもとには企業からの問い合わせが多く、現在10件近くの共同研究を展開するほど、注目度 が高まっている。
 気と液の両方の流体を扱う気液混相流であるミスト流は、単相流に比べて多くの変数を操作する必要があり、扱いにくいと思われがちだ。しかし、川原村教授は「自由度の高さを逆手にとって、変数をうまく制御できれば、従来の技術では不可能だったことを解決できるかもしれない」と発想を転換。それがここまでの成果につながった。ミストCVDのプロセス開発については川原村教授が第一人者であり、この技術のすべての根幹を押さえている唯一の人物と言っても過言ではない。
 現在はミストCVDから派生し、ミスト液滴の挙動を生かした技術開発の一つとして、これまでのナノテクノロジーでは不可能とされてきた、曲面に"直接"集積デバイスを形成するプロセス技術の開発に着手しつつある。さらには、動力源開発、全方向搬送システム開発と、その研究範囲は分野を超えて多種多様だ。これも、化学工学、電子工学、機械工学と多岐にわたる工学分野に精通し、好奇な発見と独創的な発明で数々のアイデアを形にしてきた川原村教授だからこそ、成せる技なのかもしれない。

掲載日:2020年10月