複雑な社会課題を解決に導く「統合マネジメントシステム学」とは?

那須 清吾NASU Seigo

専門分野

統合マネジメントシステム学、行政経営論、社会システム経営論、地域産業振興論

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学問分野の統合が複雑な社会課題を解決に導く

 環境問題や気候変動、少子高齢化など今私たちは多くの社会課題に直面している。これらの複雑化する課題をいかに解決に導くのか。「社会の課題は一つの学問で説明できることはあり得ない。さまざまな学問が合わさって初めて目の前に起きていることを説明でき、将来を予測し、課題の解決方法を考えられるのです」と語る那須先生。社会の諸現象は、社会科学、工学、理学などあらゆる学術分野の現象側面が複雑に絡み合って起こる。つまり、一つの学問分野だけで全体の構造をモデル化して、将来を予測し、解決策を見出すことは一般的に困難と言われているのだ。

 那須先生が専門としているのは、学術分野の統合によって複雑な課題を解決するマネジメント方法論を探究する『統合マネジメントシステム学』。「学問を統合しないと、目の前の課題は説明できない」という、那須先生が過去の経験から得た問題意識を発端として、自らつくり上げてきたオリジナルの学問だ。

「私はもともと土木工学が専門ですが、土木工学は広範な学術分野を学び、それらをつなぎ、社会の課題を解決するという学問です。統合マネジメントシステム学も土木工学的な発想から生まれました」

 那須先生の研究の範疇は、土木工学の枠を超え、社会課題、政策、ビジネスと多様なテーマに広がっている。

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実装可能で持続可能なインフラの維持管理システムを開発

 高度経済成長期に建設が集中した道路や橋梁、トンネルといったインフラの老朽化が加速し、人口減少や少子高齢化が進む中、維持管理や更新をいかに効率的に進めていくかが問われている。維持管理を担う技術者の高齢化により、一定レベルの知識を有する技術者が不足していることに加え、インフラの維持管理費や更新費用は、地方の財政を大きく圧迫している。また現状の点検や保守に関するメンテナンスサイクルには、点検精度の向上やメンテナンスの最適化といった見直しの余地が残されており、予算や人材が不足する中で、老朽化したインフラを持続可能な形で維持管理する仕組みの構築が求められている。

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 そこで那須先生らは、インフラの中でも特に橋梁の維持管理をサポートする実用的なアセットマネジメントシステムを開発した。現場技術者の感覚に馴染むだけでなく、持続的な精度向上によるシステム機能を維持し、外部環境の変化にも対応可能という従来の問題点を解消した柔軟なシステムであり、内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の一貫で完成させた。
 具体的には、環境データベースや目視点検に替わる高精度情報処理システムを導入し、任意の橋梁に対して、決められた運用条件下の最小化されたコストで最適な補修シナリオを自動的に作成することが可能になった。単純に高度技術を開発導入するのではなく、解析技術やマネジメントシステムを統合して実現したものであり、橋梁群全体の維持予算管理にも対応し、点検精度の向上やコスト最適化の提案もできる。

「維持管理において、いつどのように修繕するかという問題がありますが、現在は周期的な修繕計画を立案し、特定の修繕を定期的に行うという方法が世界中で採られています。しかし、高コストで非効率であり、その方法が実際には適切でない可能性も否定できません。そこで我々は劣化予測した結果に基づいて、任意のタイミングで適切な修繕方法が選べるようなプログラムを開発しました。それは世界にも例がありません。というのも、何年目に何をするかという組み合わせだけでも何十万通りあるので、従来のシステムでは、任意のタイミングで任意の修繕方法を選ぶことは非常に難しかったのです。それを少なくとも数万通りで計算できるようなプログラムをつくり、2018年から高知県で試行導入しています。今後は他の都道府県や海外にも広げていきたいと思っています」

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 現在高知県ではこの新たなシステムを利用して、最適な修繕計画が立案されている。高知県内の市町村すべてに同システムを導入する予定もあり、「近い将来、高知県内の橋梁はすべて我々が開発したシステムで維持管理していくことになります」と胸を張る。

 また橋梁の点検は技術者が実施し、劣化度を判断しているが、ひび割れの測定誤差や職員の判断に誤差が生じることが問題視されていた。そこで、点検に関わる劣化現象の認知・判断の心理モデルを構築し、職員の能力改善のためのマネジメントサイクルのシステムを確立。これも高知県での運用を実践している。
 これまで橋梁の点検において劣化度判断の県職員の正解率は7割程度に留まっていたが、このシステムを導入した改善により、正解率は9割となり、スキルアップに成功。点検システムの整備や改善だけでなく、県職員の技術向上のマネジメントまで網羅し、対症療法的な維持管理から地方自治体も導入できる実用的なアセットマネジメントシステムへと進化させたと言えよう。今後も高知県で継続的な取り組みを実施し、精度改善の効果を検証しながら、システムの改良を進めていく。

 この取り組みは点検から長期修繕計画までをトータルシステムとして開発し、実装した世界で唯一の事例だ。安価で実装しやすいことから、発展途上国に展開することも視野に入れており、近くインドネシアの橋梁点検システムに導入される予定もあるという。

「30年前から世界の研究者が頭を悩ませてきた、アセットマネジメントシステムの精度の悪さと任意のタイミングで任意の修繕方法を選ぶことができないという課題を克服する方法を我々が世界で初めて開発しました。誰も成しえなかったことに挑戦したということですね」

気候変動下における四国の水資源政策決定支援システムを確立

 水不足が多発する一方、洪水の危険性も高いと言われる四国地域。四国最大の河川である吉野川は、長期にわたって頻繁に渇水に見舞われており、流域は4つの県にまたがることから、水利用の権利関係や社会経済に対する影響が複雑で、流域内での水資源管理における課題解決に向けた合意形成が難しい地域でもある。
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告によると、将来的に大雨の頻度が増え、降雨量や降雨パターンが変化することで、四国及び吉野川はさらに厳しい環境におかれることが懸念されている。そのため、気候変動が利水、洪水、水環境にどのような影響を与えるかを評価し、水資源政策によって気候変化にどう適応できるかを定量的に把握することが喫緊の課題だった。

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 こうした状況を踏まえて、那須先生らは気象学、水文学、経済学などの多様な学問を統合したシミュレーションモデルを開発し、グローバルな気候変動の情報から、四国、吉野川流域、各市町村といったローカルな地域が受ける影響を予測する方法を確立した。
 具体的には、地球全体の気候変動の将来予測結果に基づき、四国地域の気候が将来どのように変化するのかを予測できる気候変動予測モデルを作成。そこから得られた将来の雨の降り方の季節ごとの変化を吉野川流域にあてはめ、雨がどのように吉野川に流れ込み、水資源として使えるのか、あるいはどの程度ダムに貯めることができるのか、どの程度の規模の洪水が発生するのかを予測できるようにした。つまり、多様な学問をつないだ将来のシミュレーションモデルから気候変動が地域に与える影響を予測できるシステムを構築したのだ。この新たなシステムは、地方自治体の政策立案を支援する枠組みとして期待されている。

「このシステムを使って、高松市と四国中央市の予測を行った結果、この2つの都市は距離的に近いにもかかわらず、気候変動によって受ける被害や影響はまったく異なりました。このことから、グローバルな気候変動の影響をローカルに再現すると地域性が出るため、すべての地域に同じような政策をとることは適切ではないことがわかりました。多様な学問を統合し、産業構造や地形、雨の降り方、経済構造といった要素をつなぐことで初めて見えてくることがたくさんあります」

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 こうした予測内容を地域住民がどう評価し、満足してくれるのか。これも地域における適応策の合意形成にとって重要な要素だ。そこで、高松市と四国中央市で市民参加の座談会を開催。「気候変動はどうして起こるのか」という基本的な話題から、四国の気候変動や社会経済に対する影響までを説明し、市民から提案された適応策について検討を重ねた結果、市民の気候変動に対する理解が進むとともに、市民との信頼関係が深まり、政策の合意形成をスムーズに行うことができたという。市民が合意し、納得できる適応策を形成していくうえでの模擬的な政策決定を再現することに成功したとも言える。

「気候変動というグローバルな現象を市町村単位の限定された地域への影響としてシミュレーションするプロセスは、これまでほとんど例がありませんでしたが、この研究によってその方法論を確立することができました」

 この研究は四国中央市と高松市を主な対象として行ってきたが、他の地域でもこのプロセスをそのまま実行すれば同じように予測が可能で、適応策の評価を行うこともできる。

 ここ最近は特に洪水に着目し、高知市の鏡川が氾濫した場合、どのエリアにどのような被害が生じるのかをシミュレーションし、その結果を高知市の防災担当に情報提供することで、防災政策立案のサポートも行っている。この取り組みは吉野川流域の徳島県石井町でも実施している。

「学問を統合することで、社会課題のメカニズムを明らかにすることができ、今まで解決できなかった課題がクリアになり、ひいては人々の暮らしが安全で豊かになる。それこそが研究のやりがいです」という那須先生。15年以上前から「学問の垣根を超えて連携し、社会課題を解決することの重要性」を主張して自ら実践し、学問を確立してきたが、その成果が社会に実装される段階に来ているのだ。

AIが台頭する時代に不可欠なのはトータルマネジメント力

 那須先生は地域活性化をめざした起業・事業創造の実践にも取り組み、本学発のベンチャー企業「株式会社グリーン・エネルギー研究所」を永野 正展特任教授らとともに設立。「枯渇しないエネルギー」である森林資源を活用することで、再生可能エネルギーの普及と地域経済の再生をめざし、木質バイオマス発電と木質ペレット製造の2本柱で事業を行っている。

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「経営学の弱点は実験ができないことにありますが、我々は実際に企業を経営しているので、すでに言われている経営学の学術理論の不正確なところや、実際の経営に適応できない不完全なところを明らかにし、『地域産業振興論』という授業にどんどん取り入れ、学生たちに伝えています。自ら経営に関わるからこそ見いだせる研究成果があるのです」

 さらに最近は人工知能(AI)を利用した応用研究も進めており、AIが日常的に利用されるような社会になった時、人間にはどんな能力が必要なのか、またどんな教育が必要になるのかを追究している。
「近い将来、AIはほとんど人間に近づき、何でもできるようになると予想されますが、『トータルマネジメント』は人間しかできないのです」と那須先生は語気を強める。統合マネジメントシステム学は、AIが台頭する時代にこそ不可欠な学問と言えるのかもしれない。

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掲載日:2020年3月19日

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