「ナノ多孔質金属」の特殊構造が、革新的な触媒材料開発の鍵となる

藤田 武志FUJITA Takeshi

専門分野

材料科学、電子顕微鏡

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材料や物質を構成する最も小さい単位である原子。藤田 武志教授は、この原子を緻密に観察できる電子顕微鏡を駆使して、あらゆる材料のナノ構造を作製し、新たな機能の創出をめざしている。多様なナノ構造の中で、今専門分野の垣根を超えて研究されているのが「ナノ多孔質金属」だ。これは物質の内部にナノサイズの細孔がランダムにつながった"スポンジ状の塊"。金属特有の高い導電性を持つだけでなく、細孔によって表面積が大きくなるため触媒活性が向上し、従来のナノ粒子に代わる触媒材料として期待されている。藤田教授らは、ナノ多孔質金属を簡単に作製できる「脱合金化」の手法を確立。その手法を用いて、革新的な触媒材料の開発を進めている。
環境負荷軽減に寄与するナノ多孔質触媒を開発

 藤田教授らが確立したナノ多孔質金属の作製手法である「脱合金化」は、腐食によって合金から特定の元素が選択的に溶出する脱成分腐食という現象から着想したもの。腐食に対して安定な金属と不安定な金属を合金化し、電解液で選択腐食するだけという実にシンプルな手法だ。「脱合金化によるナノ多孔質金属の作製に特別な実験設備は必要なく、ごく簡単にできるからこそ可能性を秘めています」と言う。
 多様な機能を持つナノ多孔質金属において、特に有望視されているのが触媒への応用だ。従来のナノ粒子触媒は、酸化物の表面に複数のナノ粒子金属が乗ったような形状で、ナノ粒子の近傍だけが活性であり、そのほかの領域は有効活用されていなかった。一方、ナノ多孔質触媒は金属が酸化物と複雑に絡まったような構造のため、活性領域が格段に広くなるだけでなく、高い耐久性を有することから化学反応の活性時間を長時間保持できる。
「高い触媒活性を持つナノ多孔質触媒は、様々な化学反応系に使える」と確信した藤田教授は、この特性を利用して、「地球環境に悪影響をもたらす温室効果ガスのメタンと二酸化炭素の有効利用」を促進する触媒の開発に挑んできた。メタンと二酸化炭素から有用な合成ガスを製造する方法として、メタンドライリフォーミング(DRM)反応が注目されている。しかし、600度未満で顕著な炭素排出反応が起こり、触媒の失活や反応装置の劣化をもたらすことから800度以上で行う必要があり、実用化には至っていない。そこで藤田教授らは、より低温領域で長時間安定的にDRMを駆動させることをめざし、脱合金化によって金属のニッケルと酸化物のイットリウムが組み紐のように絡み合う「根留触媒」の作製に成功した。現在までに工業的に適応できる触媒であることが実証され、実用化が現実味を帯びているという。
 さらに、導電体であるナノ多孔質触媒に高い電圧をかけ、コロナ放電※2を起こすことによって、室温レベルでDRMを駆動できる画期的な触媒システムの開発も新たにスタートした。昨今、光や電場などの外場を駆動力として化学反応を最適化し、反応の経路や速度を制御する試みが産業応用において重要視されている。だが、従来のナノ粒子触媒は酸化物の表面に分散されたナノ粒子の近傍でしか反応が進行しないため、触媒と外場の結合効率が極めて低いことが課題だった。藤田教授らはこれを解決するものとして、表面に電場を蓄積できるナノ多孔質触媒に着目。コロナ放電によって、外場を生成する気体に触媒表面の電場を近づけることで、外場との結合効率を高め、触媒反応を活性化させようと考えた。開発した装置による実験の結果、コロナ放電によって触媒の反応促進が見られることを確認した。
 このほか、酸エッチングと熱処理によって、電気を通さない金属有機構造体(MOF)に電気導電性を付加し、優れた水の電気分解触媒にすることにも成功するなど、環境負荷の軽減に大きく貢献し得る革新的な成果を次々と生み出している。

※2 尖った電極のような局所に高い電圧をかけた場合、不均一な電界が生じることで起こる現象

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多能性を有する「万能触媒」の実現をめざして

 藤田教授が力を注ぐ、もう一つの大きなテーマが複数の元素を組み合わせた「超多元触媒」の開発だ。
「多くの元素を混合することが付加的な効果につながり、新奇な機能を持つ触媒の創出につながるかもしれない」との思いで研究を進めている。現在までに12元素を含有した触媒の作製に成功しているが、「さらに含有する元素の種類を増やしたい」と意気込んでいる。この研究の特筆すべき点は、含有する元素数の多さだけでなく、それを脱合金化による簡単な手法で作製できるところにある。手順としては、含有する元素とアルミニウムの合金を作製し、それを急冷してリボン状にしたものをアルカリ溶液に入れて、アルミニウムを選択的に腐食させるだけ。「これまで10元素以上を含む合金の作製は困難だと言われてきましたが、私たちはごく簡単な方法で作製することに成功しました。研究を行ううえでは、先入観を捨てることが重要だと思っています」と語る。
 成功の裏には逆転の発想があった。従来の多元触媒は元素を一つずつ積み上げて作るボトムアップの手法がとられていた。一方、藤田教授らは逆の発想で、まずは複合的な元素を含む合金を作製し、そこから不必要なものを取り除いて最適化する「トップダウン」の手法を提示したのだ。これによって触媒の設計手法の常識が転換し、飛躍的な進化を遂げるきっかけになるかもしれない。
 この研究で藤田教授がめざす最終地点は、あらゆる反応に働く「万能触媒」を実現することだという。
「多くの元素を反応場に置き、生命に相当するほどの複雑性(エントロピー)を材料に与えることで、どんな反応にも適応した形に自ら変形し、多様な反応に耐え得るような触媒になるかもしれない。そんな期待を込めて取り組んでいます」
 多元触媒を作製するうえでは、元素の選び方も重要になる。そこは、触媒科学とデータサイエンスを融合し、最適な元素の組み合わせを見出すシステムを開発することも構想しているそうだ。2021年3月には、高い分解能や多彩な分析能力など優れた機能を備えた最先端の電子顕微鏡が本学に導入される。「これによって我々の研究は飛躍的に進展するでしょう」。そう語る言葉は、確信に満ちていた。

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掲載日:2021年1月