海岸侵食の抜本的な解決に向けた山、川、海の統合保全システムの構築へ

佐藤 愼司SATO Shinji

専門分野

海岸工学、沿岸環境学、水工学

詳しくはこちら


四方を海で囲まれた日本では、高波や津波の被害が多く、海岸侵食や水質悪化など沿岸域の自然環境の消失も深刻化している。海岸工学分野の第一人者である佐藤教授は、海水の波運動や物質循環についての知見と技術を蓄積し、その研究成果は、粘り強い海岸堤防の建設や南海トラフ地震津波への対策、砂浜の保全など、全国の沿岸保全に活用されてきた。近年は、海岸侵食の解決に不可欠な土砂の移動経路を追跡する技術を開発し、従来の研究手法を革新させる成果を挙げている。こうした科学的分析技術を生かして、高知県の海岸、里山、河川を一体的にとらえ、広域の土砂の流れを調査・分析する画期的な研究を進めようとしている。
ルミネッセンス計測による広域の土砂移動追跡技術を開発

 今世界中の海岸で、砂浜が波によって削られて流出し、海岸線が後退する「海岸侵食」が起こっている。山から川、川から海岸への自然な土砂の流れが堤防などの構造物によって妨げられ、海岸に流れ着く土砂の量が減少することが主な原因だ。海岸は、自然災害から陸地を守る緩衝地帯であるだけでなく、多様な生物の生息や人々の利用の場としても重要な役割を果たしている。つまり、海岸侵食対策は安全性と自然環境をいかに両立させるかが重要になる。
 その先進事例として知られているのが、宮崎海岸で施工されたサンドパック工法(埋設護岸)だ。埋設護岸とは、コンクリート堤防の代わりに、巨大な砂袋を用いた自然に近い形状の護岸のこと。自然の堤防である砂丘の侵食を防ぐため、浜崖を波から守る構造物が砂で覆われた形だ。これは佐藤教授が中心となり、行政や地元住民と議論を重ねることで、全国で初めて実現した。海岸侵食が進行する宮崎海岸は、ウミガメの世界的に重要な産卵ポイントであり、環境や景観に配慮した対策は住民の強い希望でもあったという。
「通常はコンクリート堤防をつくるとそれが障害になり、ウミガメは産卵せずに帰ってしまいますが、埋設護岸はウミガメから見ても、自然地形と変わりません。実際にウミガメが埋設された砂袋の上に産卵したことも確認しました。環境改善の兆しが見えてきたと言えるでしょう」
 SDGs(持続可能な開発目標)には「持続可能な海洋環境をつくる」という項目がある。自然に近い海岸を維持することは、今後ますます重要視されるだろう。
 海岸侵食を解決するためには、川から供給される土砂が必要であり、山から川、海岸に至る土砂の流れを知ることが重要だ。しかし、広域の土砂の流れを監視することは極めて難しく、海岸に供給される土砂の流れや動きはいまだ未解明なままだ。
 これに対して、佐藤教授らは、川や海岸の堆積物の「質」に関する分析を進めることで、広域の土砂移動モデルを構築することに成功。これまで堆積・侵食の量の推定のみに集中しがちだった土砂問題に、科学的な分析による質の理解が重要であることを示した。さらに、海岸で採取した堆積物において、粒度や硬度などの物理化学特性分析に加えて、露光度指標であるルミネッセンス分析を用いることで、長期的な土砂移動過程を解明できることも明らかにした。
「土砂は日光の当たり方を記憶するので、海岸で採取した土砂の日射量を計測すれば、どんな環境にどれくらいの期間いたのかがわかる。そうした情報を組み合わせることで、土砂の詳細な動きが見えてきます。ルミネッセンス計測による土砂移動の追跡技術を確立し、広く普及させていきたいと思っています」
 こうした科学的な分析技術を生かして、佐藤教授は森林や里山で実証的な研究を行ってきた研究者らとともに、高知県の山、川、海を一体的に捉え、森林の健全度や、川から流れ出る土砂の量と質、川や海岸での土砂移動の長期的な変遷などを科学的に調査・分析する手法の開発を進めようとしている。めざすは、山・川・海の持続的かつ総合的な保全を実現すること。その成果は県内だけでなく、土砂問題が深刻な日本各地、さらにはアジア地域に適用することも視野に入れている。
「山・川・海を一体的なシステムとして扱う研究は国内外を通じて少なく、新たな学術領域の創生につながることも期待しています」

現代人の防災意識を高め、「減災」に寄与したい

 海岸の保全や利用に関わる海岸工学では、理論解析はもちろん、「現場を見る力」も重要になる。佐藤教授らは、東日本大震災後、現地に赴き、津波の痕跡調査にいち早く取りかかり、可能な限り多くのデータを多地点で取得。そのデータをもとに津波の痕跡分布を明らかにし、津波が発生したメカニズムを突き止めた。そこから、同じクラスの地震が起きた際に発生する津波の規模や浸水被害を予測するモデルを構築した。そのモデルは、内閣府が実施した南海トラフによる津波の被害想定の試算にも活用されるなど、全国各地の津波対策に生かされている。
 近い将来、確実に起こると言われている南海トラフ地震。特に高知市周辺は土地が低く、ひとたび浸水すると被害が大きくなる。各地で堤防の強化が進められているが、「実は堤防を強化すると、人間は心理的に安心してしまい、『逃げなくても大丈夫ではないか』という心理が働く」と指摘する。現代は中小の津波に対しては万全の備えを講じており、それによる被害は少ないが、逆に人々の災害に対する認識は甘くなっているという。
 堤防だけでは防ぎ切れない規模の津波は数百年に一度の頻度で起こると想定されている。次に来るのがどの津波なのかは予測できない。だからこそ、より規模の大きな津波を想定して行動することが大切だ。
「堤防で守られているからこそ、逃げることが大事。津波や高波に対して『防災から減災へ』と言われていますが、人工構造物だけでなく、人の心理面も含めて、減災を実現できるようにしたい。どうすれば堤防があっても避難できるようになるか。そこは心理学など他の分野と融合して考えていきたいと思っています」
 巨大災害への対策には、ハード・ソフトともに長期的な視点をもち、災害へ備える意識を世代を超えて持続する必要がある。減災のためにどのような周知と意識形成をすべきか。この難題に一つの解を見出したいという。
「近年、想定外の自然災害が頻発し、教科書が役に立たない時代になってきました。構造物をつくって終わりではなく、それがどう役に立つのかをいかに住民に伝えるかといった、その先のことまでを考えることが必要なのです」
 時代の変化に合わせて、世の中を広く見渡し、海岸工学の枠を超えて社会の問題解決に挑んでいく。

thumbnail.png
(高知海岸トレンチ調査)

掲載日:2021年8月