将来世代の視点を反映し、市場と民主制を変革する新たな社会をデザイン

西條 辰義SAIJO Tatsuyoshi

専門分野

制度設計工学、公共経済学、実験経済学

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気候変動の激化、生物多様性の崩壊、政府債務の膨張ー。今私たちは、将来世代にまで影響を及ぼしかねない多くの問題に直面している。これらの課題が解決し難いのはなぜか。そこには、目の前のことに捉われる「近視性」や、物事を良い方向に考える「楽観性」といった人間の特性が関係している。こうした人間の特性を反映した社会の仕組みが「市場」と「民主制」だ。これらは現世代の欲求を実現する優れた仕組みだが、将来世代の利益は考慮していない。これに対して、「持続可能な社会と自然を将来に残すために、新しい社会の仕組みをデザインすべき」と考えた西條特任教授は、「仮想将来世代」を現世代に導入し、新たな社会を創造するフューチャー・デザイン(FD)という枠組みを提唱。困難な課題を解決に導く新手法として、研究と実践の場は国内外に広がっている。

「仮想将来世代」を現世代に導入するフューチャー・デザインという提案

 西條特任教授がFDを提唱した根本には、人類の持続可能性への危機感がある。「今の世代は将来の人類を滅ぼしかねないほど、将来世代から様々な資源を奪っています。現状の社会の仕組みが続くなら、国連のSDGs(持続可能な開発目標)の達成も危ういでしょう。一刻も早く市場の力を制限し、政治の仕組みを変革することで、この状況を改善しなければなりません」と警鐘を鳴らす。
 FDでは、「たとえ今の利益が減るとしても、これが将来世代を豊かにするのなら、この意思決定・行動、さらにはそのように考えることそのものが人をより幸福にするという性質」を「将来可能性」と定義し、現世代が将来可能性を最も発揮できるような社会の仕組みのデザインとその実践を通して、市場と民主性の欠陥を補う社会の創造をめざしている。
 生物学、環境学、政治学、心理学、神経科学など多様な分野の研究者とともに、被験者を集めた実験や理論研究を進める中で、将来可能性を発揮できる有力な手法の一つとして見出したのが、「仮想将来世代」を今の意思決定の場に導入することだ。こうした成果をもとに、仮想将来世代を政策形成や合意過程に導入する自治体は右肩上がりで増えている。
 2015年、全国の自治体の中で最初にFDの手法を採用し、2060年に向けた「長期ビジョン」の策定に将来世代の視点を取り入れたのが、岩手県矢巾町だ。その中で行われたワークショップで、現代から将来を考える「現世代人」グループと、将来から現代を考える「仮想将来人」グループに分かれて、それぞれに町の将来を考えてもらったところ、両者の提案の中身はまったく異なるものだったという。
「『現世代人』は、待機児童や介護施設の不足など今起きている問題を念頭に置き、その解決を主張していましたが、『仮想将来人』からは、将来を見据えた独創的なアイデアが次々と出てきたのです」
 これを現場で見ていた矢巾町の町長は、2018年、議会で「矢巾町がフューチャー・デザインタウンである」ことを宣言し、2019年度には、FDを主な業務とする「未来戦略室」を創設。さらに同年、総合計画の策定にもFDを導入した。矢巾町ではFDを通して、町の仕組みだけでなく、住民の考え方そのものも変わり始めている。
 これと似た動きは他の自治体でも起きている。京都府宇治市では、地域コミュニティを考えるワークショップにFDが導入され、そこに参加した市民が「フューチャー・デザイン宇治」という市民団体を自主的に発足。今では行政と連携しながら、将来のまちづくりの検討を始めている。また、宇治市の参加者に後日インタビューすると、日常生活でも将来の視点から物事を考えるようになり、考え方や生き方が変わり始めていることがわかってきたという。そうした変化を目の当たりにして、宇治市では職員の研修にもFDを採用し、職員の意識まで変化しつつある。
 このほか、松本市(市庁舎建て替え、交通体系の改革)、京都府( 上下水道)、吹田市( 環境総合計画)、京都市(2050年温室効果ガスゼロ)、西条市(インフラ)、米原市(空き家)、飛騨・高山地域(医療体制)などとも協働を進めており、海外では、ネパールの環境省とゴミ処理をテーマにしたFDを開始している。さらに、アメリカやヨーロッパからも、「FDを導入したい」という相談が相次ぎ、FDの研究と実践は急速に拡大している。

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自治体から国家まで多様な場にフューチャー・デザインを

 こうした数々の実践と並行して、将来可能性を発揮できる手法の効果を科学的に検証する研究は着実に進んでいる。その効果が高い手法として、仮想将来人を導入せずとも、現世代が将来に関わる意志決定をするときに、その意思決定の理由を現世代で共有し、将来世代に残すことで、意思決定の中身が変化することもわかってきた。これ以外にも、本学の「フューチャー・デザイン研究所」では、多様な仕組みを考案し、FDの手法は進化の一途を遂げている。
 では、なぜFDを導入すると将来可能性が活性化されるのだろうか。これを解明するために、fMRIなどを用いた神経科学的な研究も始め、少しずつ成果が現れているという。
「私たちは、人が本来もっている将来可能性が市場や民主制という社会の仕組みに"蓋をされている"と考えています。つまり、蓋をされてきた考え方や生き方が、FDによって表に現れてきたと言えるのです。このように将来可能性のスイッチが入ることに関して、心の理論で重要な役割を果たす右側頭葉頭頂葉接合部が関係しているとの知見を得つつあります」
 FDがめざすのは、ある特定の問題を解決するばかりでなく、持続可能な自然と社会を残すために、市場や民主制を変革する新たな制度をデザインすること。FDの可能性は、自治体に限らず、もっと大きな領域にまで広がっている。
「国内レベルでは、総務省が全国の自治体にFDを用いることを提案するなら、日本そのものが変わるでしょう。国家レベルでは、将来省や各省庁に将来部局を設置することも有効かもしれません」
 さらに、こんなことも考えられる。西條特任教授はFDの力に希望を込めて、こう語った。
「G7で首脳たちが仮想将来大統領、仮想将来首相として、交渉する時間をもつようにすれば、討議の中身はまるで変わるかもしれません。それによって、国際連合をはじめとする国際機関の意思決定の手法は変化していくはず。世界レベルで導入されると、一気に社会が変わるだろうと確信しています」

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掲載日:2021年8月

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