スラリーアイス

一次産業の高付加価値化

魚介類の高鮮度保持流通

カツオ一本釣りの拠点として全国にも知られる中土佐町―青柳祐介氏の漫画「土佐の一本釣り」の舞台でもありました―(図:中土佐に水揚げされた鮮魚)

では、スラリーアイスを使った漁獲物の高鮮度保持流通の取り組みが行われています。2009年10月からはスラリーアイス製造装置を設置した専用施設が稼働し始めました。

また、2010年1月には、本学ものづくり先端技術研究室の松本泰典講師との共同で泉井鐵工所が製作したこのスラリーアイス製造装置自体が、高知県地場産業大賞を受賞し、さらなる注目を集めています。そこで、なぜ今スラリーアイスなのかということについてあらためてご紹介します。

スラリー(slurry)というのは、固体粒子が液体の中に懸濁している流動体、つまりはお粥のようなものの総称です。そこで、微小な氷粒子と塩水等の液体が混ざり合った流動性のある氷のことをスラリーアイスといいます。混ざり具合には幅があって、4月中旬のスキー場のベタ雪状態から、かき氷の食べ終わり直前状態くらいまでを想像してください。この混ざり具合を氷充填率といいますが、30%くらいがパイプなどを通して流せる、扱いやすい固さです。このスラリーアイスによって、魚の鮮度を維持したままで離れた市場に運ぶという高鮮度保持流通が著しく改善されることになりました。

従来、魚の流通では発泡スチロールの箱に数センチの砕氷を詰めてトラックなどで輸送する方法が一般的でしたが、このやり方では氷で魚体を傷つけたり、また氷と魚体との接触面が一様でないため冷やしむらができて鮮度が損なわれたりする欠点がありました。

図:キビナゴの輸送結果の比較

その点、スラリーアイスに浸けられた魚は全身を急速に冷やされ瞬時に寝たような状態になってしまうため、身を痛めることがありません。キビナゴのような繊細な魚でも身を傷つけずに獲れたての状態で市場まで届けることが可能になります。当然、その分、値段も高くつけられるわけです。
写真は宿毛市で獲れたキビナゴを、郵パックで東京まで輸送した33時間後の比較です(資料提供:高知県水産試験場)。スラリーアイスの方が傷みが少ないことは一目瞭然です。

スラリーアイスの製造法

真水は1気圧のもとでは0℃で、水から氷、あるいは氷から水へと形を変えます(相転移といいます)が、塩や砂糖が溶け込んでいる場合には、凝固点(もしくは融点)は0℃よりさらに低くなります。

スラリー化するには、製氷タンクの壁面に析出した氷を掻きとりながら混ぜつづけます。その際、溶液の濃度が高ければ軟らかくしやすいのですが、濃度が低いと壁面に析出する氷は硬くなり、低濃度のスラリー化は難しくなります(アイスキャンディー作りで、薄いジュースでは硬い氷になってしまったことを思い出してください)。

図:魚介の凍結温度とスラリーアイスの温度

一方、図のように、魚は種類によって凍結する温度が-1℃から-2℃くらいの間で異なります。

海水の塩分濃度(3.4wt%)でスラリーアイスを作ると、濃度が高い分スラリー化は容易なのですが、反面その凝固点は-3.2℃と低くなり、ほとんどの魚は長時間浸けておくと凍結してしまいます。いったん凍結すれば解凍されたときに魚体からドリップが出てしまい品質は損なわれます。

それに対して、あらたに開発したスラリーアイス製造装置では、塩分濃度を1.0wt%まで薄めてスラリー化することで、魚の凍結温度よりもわずかに高い-0.9℃の保存状態を維持することに成功しました。技術的なカギは、製氷タンクの壁面の氷を掻き取る刃の構造を工夫して、低濃度の硬い氷にも対応できるようにしたことです。

さらに、1.0wt%の塩分濃度のスラリーアイスを用いることの利点があります。魚肉の塩分濃度は0.8wt%であり、また魚体表面の浸透圧を塩分濃度に置き換えると1.0wt%と言われています。このことから、塩分濃度が1.0wt%のスラリーアイスに魚介類を保存すると、魚体に水が浸透し水ぶくれのような状態になってしまうこともなく、また魚体から水分が奪われることもない、安定した状態で魚肉を保存することが可能となります。

スラリーアイスの製造装置はこれまでにも国内十数社が販売しています。しかし、そのほとんどは海外から技術供与を受けたものなのです。この技術では、塩分濃度が2.0wt%以上の塩水しかスラリーアイスをつくることはできません。ということは魚の凍結を招いてしまいます。また、これを克服するシステム技術として、塩分濃度の調整を可能としたものはありますが、装置が大規模になるという欠点があります。

図:中土佐町に設置された小型製氷システム

これらの欠点を乗り越え、小型でなおかつ塩分濃度の調整を可能にしたのが泉井鐵工所製の製氷装置なのです。

開発は1999年に高知工科大学で始まりました。その後NEDOやJSTなどの競争的資金の補助を得て徐々に装置の性能を高め、2006〜2007年にかけて経済産業省地域新生コンソーシアム研究開発事業に採択されて、塩分濃度1.0wt%以下からの製氷可能な装置開発に高知工科大学、泉井鐵工所および日新興業(株)が取組みこれを実現しました。

その実績が冒頭紹介した地場産業大賞受賞につながったわけです。

果汁の凍結濃縮

スラリーアイスの製造装置にはもうひとつ非常に役に立つ使い方があります。それは凍結濃縮ということです。

原理はこうです。砂糖や塩を溶かした溶液から氷が析出するとき、じつは氷となるのは水分子のみであり、溶質は液中に残るため氷を除いた溶液の濃度は高まります。そこで氷のみを取り出せば、水と残りの高濃度溶液とを分離することができます(ちなみに、海水からできた流氷は氷の粒子が構造化する過程で塩分溶液も閉じ込めてしまうため、塩分を含む氷となりますが、それでもその氷を溶かした時の濃度はもとの海水より低くなります)。

そこで果汁などの溶液をスラリーアイス化して氷粒子のみを取り除くと、残った溶液は濃度が高まり、これを繰り返すことで濃縮ジュースを作ることができます。果汁の濃縮にはほかに真空濃縮(真空中では低温で水分が蒸発することを利用した方法)や浸透膜を使った膜濃縮などの方法がありますが、凍結濃縮法はこれらにくらべて設備投資が少なく、多品種少量生産に適していると考えられます。

高知県は、既に特産品のゆずを加工したジュースなどで成功を収めていますが、あらたに高知特産のブンタンを凍結濃縮ジュースとして製品化することを高知県工業技術センターとともに目指しています。

ブンタンはストレート果汁としては薄味ですが、濃縮することでこれまでの柑橘系果汁にはない新しい味覚が現れます。

以上のように、スラリーアイスは、鮮魚の保存や果汁の濃縮など、一次産業と結び付いた応用がこれからますます広がっていく、いわば中核的なシーズといえます。