2026.8.27学群・大学院 / 研究 / 研究者・企業

「複雑さ」を設計して、結晶の「動き」をプログラムする "構造のゆらぎ"が導く 結晶学の常識を覆す新しい設計原理を解明

 樋野 優人さん(大学院博士後期課程3年)と林 正太郎教授(理工学群)らの研究グループは、東京科学大学の横田 紘子教授(物質理工学院材料系)、静岡大学の関 朋宏准教授(理学部)らと共同で、一般的には「単純で規則正しい」ことが理想とされる結晶構造に、あえて「複雑さ」をつくり込むことで、その複雑さが熱によってほどけるプロセスを利用して結晶の動きを制御するという新しい材料設計原理を明らかにしました。

 本研究は、これまでの材料設計がめざしてきた「単純化」という"王道"に対し、『結晶内部に、異なる分子環境を共存させる「複雑さ」を、どの程度つくり込むのか』という、まったく新しい設計軸(分子構造→構造的な複雑さを設計→分子集団の動きを制御→機能への変換)を導入するものです。

 本成果は、2026年8月18日、ナノ・マイクロスケールの基礎研究から応用までを網羅する、材料科学分野において非常に高い評価を得ているドイツの国際学術誌「Small」に掲載されました。

【ポイント】

  • 「複雑さ(high-Z′*1)」を意図的に設計:剛直なアントラセン*2骨格に、回転して動くことのできる部分を組み込むことで、同じ分子でありながら、ひとつの結晶内に5種類の異なる「居場所(環境)」が共存する複雑な結晶構造を実現。このような構造をhigh-Z′(ハイ-ゼットプライム)結晶と呼ぶ。
  • 熱による「構造のゆらぎ」が導く対称性の回復:温度上昇に伴い、異なる環境にいた分子が徐々に動き出し(ゆらぎ)、やがて分子が協調して並び替わる「対称性回復*3」という特異な現象を解明。この変化により結晶は特定の方向へ急速に伸びる。
  • 耐久性と再現性のある「プログラム可能」な動作:50回の加熱・冷却サイクルを繰り返しても可逆的に、安定して動作することを確認。 

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▲「動く部分」と「動きにくい(剛直な)骨格」を組み合わせた新分子(BBPA)の設計

[プレスリリース]「複雑さ」を設計して、結晶の「動き」をプログラムする "構造のゆらぎ"が導く 結晶学の常識を覆す新しい設計原理を解明

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費番号:JP23K22492, JP24K00593, JP26K07020)の支援を受けて実施されました。

用語解説

*1)Z′(ゼットプライム)
結晶の最小単位(非対称単位)の中に含まれる、独立した分子の数のこと。結晶の中で分子がとっている「居場所(環境)」の種類数を指す。一般的な有機結晶の多くは、すべての分子が全く同じ環境で整列している「Z′=1」という単純な構造をとることに対し、本研究で実現した「Z′=5」という状態は、同じ一つの結晶の中に、分子が微妙に異なる形や向きで5パターンの異なる座り方をしているような極めて複雑な状態(high-Z′結晶)を示す。これまで、このような複雑な構造は「制御しにくいエラー」として避けられる傾向にあったが、本研究ではこの「5種類の居場所」をあえて設計することで、熱によって分子が順次動き出す「ゆらぎ」や一斉に整列し直す「ダイナミックな動き」を引き出すことに成功した。

*2)アントラセン
3つのベンゼン環が横一列に並んでつながった分子。非常に硬くて丈夫な(剛直な)性質を持ち、その優れた電気的・光学的特性から、有機ELや有機半導体といった次世代の電子デバイス材料として広く研究・利用されている。本研究では、結晶全体の形を支える「動かない骨格(土台)」としてこのアントラセンを採用し、その周りに「動く部分」を組み合わせることで、結晶全体のダイナミックな伸縮運動を実現した。

*3)対称性回復
結晶において、温度上昇などの刺激によって、複雑だった分子の並びがより単純で整った状態へと変化する現象のこと。本研究の結晶(BBPA)を例にすると、低温では5種類の異なる「居場所(環境)」にバラバラの形で固定されていた分子たちが、加熱されることで激しく震え始め(構造のゆらぎ)、互いの違いを打ち消し合うようにして足並みを揃え、最終的によりスッキリとした整った配列へと切り替わること。一般的に、温度が上がると構造はバラバラ(乱雑)になると考えられがちだが、本研究では逆に「複雑さがほどけて一斉に整う」瞬間に生まれる力が、結晶全体の巨大な伸縮運動の原動力となる。

コメント

結晶は「単純で規則正しいほどよい」という従来の発想を逆転し、あえて構造的な複雑さを分子設計からつくり込むことで、分子の局所的な動きを結晶全体の大きな運動へと増幅できることを示しました。「複雑さ」を機能を生み出す設計要素として活用する、新しい動的材料設計の基盤になると期待しています。
本論文を掲載するにあたって、難易度の高い内容ゆえ、新規性の記述からデータの解釈、導く結論まで、成果を形にすることが長期に渡り困難を極めました。樋野くんとの議論のラリーに加え、研究成果の精度向上に他大学との連携で練度の高いものになったと思います。素晴らしい結果を導き出した樋野くんを讃えるとともに、共同研究者の先生方に深く御礼申し上げます。
(林 正太郎教授)

掲載論文

タイトル:From Simplicity to Complexity: Substituent-Controlled Z′ Multiplicityas a Design Principle for Thermally Robust yet Programmable Anisotropic Expansion
著者:Yuto Hino, Takumi Matsuo, Tomohiro Yamashita, Hiroko Yokota,Daiki Korenaga, Tomohiro Seki, and Shotaro Hayashi
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
公開日:Small
DOI:10.1002/smll.75273

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