「自己充填コンクリート」が進化を遂げて完成間近。コンクリート技術の新時代へ

大内 雅博OUCHI Masahiro

専門分野

土木工学、コンクリート工学

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 鉄筋を有する型枠内に"重力の作用だけ"で充填することから、締め固めが不要な「自己充填(じこじゅうてん)コンクリート」。日本発のオリジナル技術として世界中で認知され、主に高い強度を要する大型構造物に使用されてきた。しかし、使用するセメントの種類の制約と量の多さから、高コストであることが一般構造物への普及の妨げとなっていた。
 大内 雅博教授は、コンクリート中に含まれる空気泡を微細化し、モルタルと骨材の間に生じる摩擦を緩和することで、従来と同等の自己充填性を維持したまま、セメント量を低減できる技術を開発。コストを抑えた「気泡潤滑型自己充填コンクリート」を完成させた。
 2015年、実用化に向けた品質確保と安定供給をめざし、有限会社高知コンクリートサービス(高知市)と共同研究をスタート。2018年には新型増粘剤の添加によって、さらなる品質向上を果たし、一般構造物への普及を実現する経済的な自己充填コンクリートの実用化が間近に迫ってきた。

自己充填性能を維持しつつコストを抑えた気泡潤滑型自己充填コンクリート

 コンクリートは、鉄筋を有する型枠内に確実に締め固められることで設計通りの性能を発揮する。締め固めには熟練の経験を要し、不十分な場合は、強度だけでなく耐久性も損なうおそれがある。そんな課題を解決しようと開発されたのが、自重のみによって鉄筋の配置された型枠の隅々にまで流れ込む「自己充填コンクリート」だ。1980年代初頭、社会問題化したコンクリートの早期劣化をきっかけに、大内教授の恩師でもある岡村甫先生(本学2代目学長)によって提唱され、1988年にプロトタイプが完成。これまで明石海峡大橋など大型構造物や、密な鉄筋を有する長大な橋梁に活用され、工期の短縮や耐久性の向上に貢献してきた。しかし、自己充填性を付与するためにセメントの量を多くする必要があり、しかもそのセメントは発熱量の小さい特別なものとすることが必須条件であり、単価が普通コンクリートの約2倍になることから、日本での普及率は1%未満に留まっている。
 大内教授は、学部時代に自己充填コンクリートに出会って以来、これを大型構造物だけでなく、一般構造物へと広く普及させるための技術開発を一貫して行ってきた。セメント量を減らしても自己充填性を発揮できる技術の開発を進める中、ある問題にぶつかった。というのも、セメント量を減らすと、材料間の摩擦が大きくなり、流動性が損なわれてしまうのだ。そこで、「セメントの代わりに微細な空気を増やし、クッションのようにして摩擦を減らす」ことを発案。2013年、練り混ぜ手順の工夫により、空気泡を微細化し、空気量を増やすことで、空気泡にコンクリートの流動性を高めるベアリング効果を付与し、材料間の摩擦を抑制することに成功した。これにより、従来と同等の自己充填性を保持しながら、セメント量の低減かつ普通セメントの使用を可能とした、低コストで高信頼なコンクリートを完成させ、「気泡潤滑型自己充填コンクリート」と名付けた。

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 2015年には、高知県産業振興センター・地域研究成果事業化助成金に採択され、有限会社高知コンクリートサービスと共同で、実用化に向けた製造技術の開発を始動した。「共同研究先は、高知コンクリートサービスさんしか考えられなかった」と振り返る大内教授。過去にも産学連携の取り組みをともに行ってきた同社に絶大な信頼を寄せているという。
「こちらが設計したコンクリートの配合をお伝えして、実際に試作品をつくってもらうのですが、高知コンクリートサービスさんは材料の品質管理がすばらしく、常に設計通りのコンクリートが仕上がってくる。技術力は圧倒的です」
 目先の利益だけを重視するのではなく、新しい技術開発への貪欲な姿勢を持ち合わせているところも、信頼を寄せる理由のひとつだ。
「" 技術開発には失敗がつきもの"という将来に投資する姿勢があり、いいものをつくることを第一に考え、取り組んでくださっています」
 高い技術力はもちろん、技術開発への真摯な姿勢をもつパートナーの存在は、研究開発における強固な推進力になっている。

粘着力を生かした「NATTO技術」で品質を劇的に改善

 微細な空気泡を増やすことで、自己充填性を保持したままセメント量を低減させた気泡潤滑型自己充填コンクリート。しかし、水とセメントの比が一定の大きさを越えると、モルタルと骨材との間の粘着力が低下して剥離が生じ、必要とする自己充填性が得られなくなることがわかった。
「実際の施工時に起こる材料の品質変動を考慮すると、空気泡の質をより高め、空気量も従来のコンクリートの標準量と同程度にまで抑えることが必要であるとわかってきたのです」
 この課題に対して、大内教授は「新型増粘剤」を添加し、モルタルの粘着力を向上させることで解決の道を見出した。新型増粘剤を加えることで、モルタルが骨材表面に付着して剥離を抑制し、摩擦が緩和され、モルタルと骨材が均一性を保ったまま流動することを実験から明らかにしたのだ。
「新型増粘剤の添加によって粘着力が高まると、空気泡の質が向上し、時間が経過しても空気泡の細かさを維持できることもわかりました。これによって、気泡潤滑型自己充填コンクリートの自己充填性と安定性が劇的に改善しました」
 この高い粘着力を納豆の粘り気になぞらえ、「"NATTO(New Adhesion Technology for flowing Through Obstacle)技術"が進化させた自己充填コンクリート」と銘打ち、「NATTO技術を広めたい」と意気込んでいる。
 現在、一般構造物に向けた経済的な自己充填コンクリートの実用化まで、あと一歩のところに来ている。これが実現すれば、施工の省力化はもちろん、鉄筋が過密な箇所にも確実に充填できることから、地震に対して性能通りの強度を発揮させることにも寄与できる。
 プロトタイプの完成から30年の時を経て、いよいよ自己充填コンクリートの普及を加速させる技術が実現する。コンクリート技術における新時代の幕開けとも言えそうだ。

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パートナー企業からのコメント 有限会社高知コンクリートサービス 高知市鴨部上町2番13号
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代表取締役 石原昇さん

「自己充填コンクリートを普通コンクリートとして広く普及させたい」という大内先生の思いに強く共感し、ここまで共同研究を進めてきました。近年、土木や建築の世界では人手不足が深刻化し、コンクリートの締め固め作業を担う熟練作業員が減少しています。経済的な自己充填コンクリートが実用化できれば、そうした問題を解決し、コンクリートの可能性は大きく広がるでしょう。また共同研究を行うことで、社内の技術者の技術力向上にもつながり、社内全体の士気も高まっています。

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取締役工場長 田中 嘉雄さん

30年ほど前、ある講演会で岡村甫先生から自己充填コンクリートのお話を聞いた弊社の会長が興味を持ち、「うちもやってみよう」と社内で検討を始めたという経緯があります。私も「生コン業界にいる以上はやってみたい」という思いで試行錯誤している中、2002年に大内先生からお声がけいただき、JR高知駅近くの高架橋に初めて自社製の自己充填コンクリートが採用されました。私たちつくり手は、品質の良し悪しを感覚的に判断する部分が多いのですが、共同研究を通して精緻に分析して数値化していただき、学びや発見の連続です。

取材日:2020年7月