ヒトや動物における発生のメカニズムを解き明かす

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蒲池 雄介KAMACHI Yusuke

専門分野

分子発生生物学

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ゼブラフィッシュを使って遺伝子の使い分けを探る

 幾多の細胞が集まってできている私たちのからだ。どんな動物も元をたどれば、受精卵というたった一つの細胞に行き着く。そこから複雑なプロセスを経て、多様な組織や器官を持つからだができあがる。この過程を発生と呼ぶ。  
 発生初期の個体である胚の段階では、細胞の性質がめまぐるしく変化し、形や機能を変えながら、次第に秩序立った組織や器官が形成されていく。このような胚の発生はDNAが持つ遺伝情報に基づいて進行する。蒲池教授は、この遺伝情報の読み出しの仕組みについて、ゼブラフィッシュという熱帯魚を用いて研究を行っている。

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「発生の過程で、脳、目、心臓、皮膚など多種多様な細胞が生まれますが、細胞の種類によって使われる遺伝子の組み合わせは異なります。ヒトには2万数千の遺伝子があることがわかっていますが、この膨大な遺伝子が一体どのように使い分けられているのか、そのメカニズムに興味を持って、この分野の研究を続けてきました」

 ゼブラフィッシュは、メダカによく似た大きさの小型魚類。飼育が容易で産卵数が100~200個と多産、世代交代期間が約3ヶ月と比較的短いことなどから、生命科学分野のさまざまな研究において、モデル脊椎動物として利用されている。

「小型で飼育しやすく、多産であるというメリットだけでなく、卵を産んでくれる上、胚が透明なので非常に観察しやすい。マウスだと人間と同じでお腹の中で発生が進むので、観察が難しいのですが、ゼブラフィッシュは観察に適した条件をいくつも兼ね備えています」

ヒトの発生の過程が魚を観察することで本当にわかるのだろうか。これについて蒲池教授はこう話す。

「魚からヒトに至るまで脊椎動物の胚の発生のプロセスや組織・器官の機能は、極めて似ています。なので、魚でわかったことはヒトにも当てはまるケースがほとんど。つまり、ヒトの遺伝子機能や疾患の生物学的な原因について、ゼブラフィッシュをモデル生物として調べることができるのです」

 胚発生のプロセスの異常は、ヒトにおけるさまざまな疾患の原因にもなっている。ゼブラフィッシュを用いた研究によって、そうした疾患の病態の理解につながると言えよう。

SOX転写因子ファミリーの胚発生過程の役割を見出す

 DNAに書き込まれた遺伝情報は、RNA に写し取られ、その写し取られた情報をもとにタンパク質がつくられる。この作業を制御するタンパク質群が転写因子だ。転写因子は、細胞の特定の状態をつくり上げるのに非常に重要で、遺伝子発現の第一段階において、オンオフを調整するスイッチのような役割を果たしている。しかし、どのような仕組みで細胞の状態を変化させるのかについては、いまだに多くの謎がある。  
 何千種類もある転写因子の中で、蒲池教授はSoxというグループに注目してきた。Sox転写因子ファミリーは、からだのさまざまな組織になれる画期的な細胞として注目を集める「iPS細胞」をつくる上でも必要とされるなど、さまざまな作用を持つ。

「以前ニワトリをモデルとして研究していた時期があり、目の水晶体がどういうふうにできるのかを調べていました。その時に、"水晶体になりますよ"というスイッチを入れる転写因子がSoxであることを発見したのです。Soxは目の水晶体になるというスイッチとして働いていることはわかりましたが、他にはどんな役割があるのか。その解明に力を注いできました」

 Soxは水晶体の発生に大きく関与している。この発見こそが蒲池教授の研究人生において、ターニングポイントとなった。そしてSoxが胚の発生の段階でどんな機能を持っているのかを調べるため、その働きを抑えるノックダウンという手法で実験を行ってきた。

「Soxファミリーの4つの遺伝子をノックダウンし、それらを持たない胚をつくると、中枢神経系の発生に異常をきたし、中枢神経ができないことがわかってきました」

各転写因子は一つずつの遺伝子に働きかけて、一種の電子回路のようなものをつくっているが、それらを読み解くことで、より正確な細胞分化のメカニズムを調べようとしている。

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環境的な要因が胚の発生に及ぼす影響

 複雑なプロセスからなる胚の発生は、基本的に遺伝子の指令をもとに進んでいく。ところが、胚が置かれた環境は 胚の発生に大きな影響を与えることがわかっている。ヒトの場合、妊娠中の母親が摂取した医薬品などの化学物質が胎児の発生に影響を及ぼす例が知られているが、どのような仕組みで影響が出るのかについては未解明の部分が多い。
 蒲池教授は、環境因子が胚の発生に及ぼす影響について、特に遺伝子の発現との関係に焦点をあてた研究を数年前に新たにスタートした。

「例えば、ヒトの胚はアルコールに非常に敏感ですが、作用機構 に関してはいまだによくわからない点があります。アメリカでは約1%の新生児が何らかのアルコールの影響を受けて生まれているんじゃないかと言われていますが、日本では統計すら取られたことがなく、見過ごされている問題が多い。アルコールが低濃度であっても、胎児に何らかの影響があることがわかってきました 」  

 アルコールがどのように胚の発生に影響を与えるのか。ゼブラフィッシュを使って、アルコールが遺伝子の発現に影響を与え、障害が生じるプロセスについて調べている。  

 さらに、母親の体内で受けた影響は、成長後も消えることなく残るということが今新たに問題視されている。最近では、胎児の時にアルコールの影響を受けたために、発達障害や自閉症と診断されるケースが少なからずあることがわかってきたという。

「アルコールや化学物質の影響が長く続くという仕組みは、遺伝子の発現がそのまま固定化されて継承されるという細胞による記憶のメカニズム『エピジェネティクス』と関係している可能性があります。エピジェネティクスの鍵と考えられるのが、ヒストンと呼ばれるタンパク質です。ゼブラフィッシュを使った研究によって、ヒストンの修飾 がアルコールによって変化する可能性があることがわかってきました。そこをとっかかりに、さらなる解明を進めたいと思っています」  

 妊娠中の母親のアルコール摂取によって生じる『胎児性アルコールスペクトラム障害』をはじめ、化学物質がヒトや動物に与える悪影響は計り知れない。そんな未知の領域を追求し、「ヒトや動物への悪影響を少しでも改善させたい」という蒲池教授。今だに解明されていないことが多いからこそ、この分野に大きな魅力を感じているそうだ。

「生物というのはいまだにわからないことがたくさんあります。何かが新しいことが見つかっても、またすぐに次の疑問が生まれてくる。常に新しい疑問が生まれてくるところがこの分野のおもしろさですね」

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掲載日:2019年3月4日

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