自由に制御可能で高効率な「次世代の信号」の生成方法を明らかに

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濵村 昌則HAMAMURA Masanori

専門分野

信号理論、変復調技術

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OFDMを微修正することで「理想の信号」を見出す

 スマートフォンや無線LANなどの普及により、高速で快適に通信できることがユーザーの関心事となり、より高い周波数利用効率を実現できる通信方式が常に求められている。次世代の高速かつ高品質な通信のための研究を行う濵村教授は、「電波を使った通信を限りなく速くすること」を使命としている。
 現在スマートフォンや無線LANで広く利用されているのが、OFDM(直交周波数分割多重)という通信方式。濵村教授は、OFDMよりもっと高効率で、妨害に強い信号波形をつくることをめざしている。

「効率を上げる方法として、今あるものとまったく違う方法で新たな信号をつくることも考えられますが、今OFDMで使われているようなハードウェアがそのまま使えるものならコスト面で助かりますよね。そこで、一般的に使用されている信号の送受信機の構造をあまり変えずに、高効率な通信が実現できる方法を追究してきました」

 OFDMとは、複数の直交したサブキャリヤを用いたマルチキャリヤ伝送の一つ。一方、周波数利用効率をさらに向上させて、通信速度を高速にしたり、占有帯域幅を狭くしたりするために、直交ではなく「非直交」信号を活用することが最近注目されている。濵村教授は、15年以上前から、非直交サブキャリヤからなるマルチキャリヤ(nonorthogonal multicarrier : NOMC)信号に着目して試行錯誤を重ねる中で、ある画期的な成果を見出した。

「OFDMで使われている信号の送信方法に微修正を加えた上で、スレピアン系列と呼ばれる系列を使って送信信号をつくると、離散長球波動関数というNOMC信号が簡単に生成できることがわかりました。実はこれが非常に高効率な信号なんです」

 ここで得られたNOMC信号は、周波数利用効率を高めるだけでなく、電波の波形を自由に制御できることも明らかになった。これによって、想定する通信路に応じたさまざまな設計が可能となる。まさに革新的な発見と言えよう。

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周波数帯を最大限に有効活用できる信号を実現

 情報通信の信号は、ドコモやKDDI、ソフトバンクなどの電気通信事業者と同様に、多くの場合に利用できる周波数の範囲が決められている。そのため、決まった周波数の範囲の中でどれだけ高速にできるかが重要になってくる。 濵村教授が見出したスレピアン系列を用いたNOMC信号では、与えられた周波数の範囲内を、無駄なく最大限に有効活用できるようなスペクトルが簡単に生成できる。それはどういうものなのだろうか。

「スペクトルとは、情報通信の世界では信号の周波数特性のことを指します。与えられた周波数の範囲内を無駄なく活用できるのは、波形の最初と最後の振幅が小さく、長方形のような形状のスペクトルを持った信号です。これは周波数の範囲を最大限に活用しながら、外に電波がまったく漏れていないということを表します。つまり、他に一切妨害を与えたり、受けたりすることがなく、その周波数の範囲をフル活用できるのです」

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電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティFundamentals Review第11巻第1号より引用

 波形の最初と最後の振幅が大きい信号は、電波が外に漏れてしまい、隣接する周波数帯を妨害することが懸念される。また電波が漏れた周波数の範囲は、適切な使用ができないため、無駄になってしまうのだ。そんな課題を解決するスペクトルを持った信号を簡単に生成できることは、大きなメリットだ。

急峻なノッチによって相互の干渉を防ぐ

 こうした高効率な信号波形にさらなる改善を加えることで、もっと多様な性質を引き出すことができるのではないか。そう考えた濵村教授はさらなる試行錯誤の末、この信号に新たな性質を付与できることを見出した。それが、スペクトルに急峻なノッチ(切り込み)を付けられることだ。ノッチを付けることは、信号にどんな影響を与えるのだろう。

「ノッチとは、狭い範囲の周波数にある振幅の落ち込みのこと。ノッチが入っていることは、その周波数帯が電波を出していないことを意味します。つまり、その部分の周波数の電波を使っている人たちに妨害を与えたり、逆に妨害を受けたりしないようにすることが可能になりました。これを活用すると、防災用や、微弱な電波を扱う電波天文のような絶対に干渉してはならない帯域へのスペクトル漏れを防ぐことができます」

 他者からの妨害を受けそう、または他者に妨害を与えたくないという時には、その部分にノッチを入れることで、未然に防ぐことが可能になる。NOMC信号では、ノッチをどの場所にでも自由自在に入れられることも明らかにした。

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電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティFundamentals Review第11巻第1号より引用

 またスレピアン系列の修正の仕方を変えることで、周波数帯によって電波に強弱を付けたようなスペクトルを持った信号も簡単に生成できるという。

「妨害をまったく与えないようにしようと思うと鋭い切り込みが必要ですが、少しの漏れは許容範囲である場合は浅い切り込みが適しています。与えられた周波数の範囲内のうち、ここからここはあまり電波を出さないでほしい、この範囲は少し出してもいいけど控えめにしてほしい、この範囲は独占して使ってもかまわない、といった細かいオーダーに応えて、ノッチの入れ方や強弱を自由自在に変えることもできます」

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電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティFundamentals Review第11巻第1号より引用

複数の帯域の同時利用で周波数利用効率を向上

 さらに、NOMC信号ではノッチを広い範囲に付けることで、複数の周波数帯域を同時に使用することも可能になるという。それにはどんなメリットがあるのだろうか。
 ある一定の周波数の範囲内で、複数の用途に使用されている場合を考えてみよう。複数の帯域をそれぞれ個別に利用すると、隣合わせた帯域にスペクトルの漏れが生じたり、帯域同士の漏れが相互に干渉を生んだりすることもある。そのため、ガード区間を設けて波形を滑らかにしたり、ガードバンドを広めに設けたりすることで防止策をとることがあるが、これによって周波数帯に無駄が生じ、周波数利用効率の低下につながる。
 一方、複数の帯域を同時に利用する信号の場合は、左右それぞれの帯域からの漏れも自分自身のスペクトルであり、干渉にはならないことから対策が不要になる。このように複数の帯域を同時に利用することで、全体の周波数利用効率を向上させることができるのだ。

「OFDMに微修正を加えることで、NOMC信号のスペクトルの制御が自由自在にできるようになったことは画期的なことです。信号からいろいろな視点で新たな性質を引き出して、さらに高効率な信号をつくっていきます」

 大学時代から情報通信一筋という濵村教授。「信号を考えることは理屈抜きにおもしろい」と語る。

「この先に何があるのかを確かめたくて、どんどん研究を進めているうちに、偶然新しい発見に出会うことが多いですね」

 緻密に計算された理論と同時に研ぎ澄まされた感覚も重要で、「この先に何かがある」と感じ取り、追究し続ける姿勢が思わぬ発見につながるのだ。

「情報通信は絶えず速いものが求められますが、そこが私たちの腕の見せどころです。これまでの研究によって、『高速で妨害に強く、自由自在にスペクトルをコントロールできる』という理想的なものができつつあります」

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掲載日:2019年1月29日

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