液晶を駆動源とした極小アクチュエータの究極の形をめざして

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蝶野 成臣・辻 知宏CHONO Shigeomi・TSUJI Tomohiro

専門分野

蝶野 成臣 /複雑流体力学、流体工学、レオロジー
辻 知宏 /複雑流体力学、計算流体力学、シミュレーション工学


液晶をメカニクス分野に利用する道を切り拓いた

 蝶野・辻両教授が専門とするのは、"複雑"流体力学。これについて、蝶野教授は「ちょっと変わった流体力学」と言うが、一体どこが普通とは違うのだろうか。
 流体力学とは、液体と気体の総称である流体の流れ方を扱う分野で、一般的に水や空気を扱うことがほとんど。一方、複雑流体力学は、構成分子よりもはるかに大きなサイズの高次構造が内部に存在し、周囲環境や流体自体の流動状態によってその構造が変化するような、文字通り複雑な流体を対象とする。
 複雑な流体の中でも、二人が研究対象としてきたのは、液体と固体の間の状態にある「液晶」だ。「液晶」という言葉を聞けば、多くの人が「ディスプレイ」を連想するだろう。実際、液晶の用途はディスプレイに代表される光学の領域に限定されてきたが、二人は従来とは異なり力学的な視点から、液晶の新たな可能性を探る研究を続けてきた。

 液晶には電圧をかけると分子の向きが変わり、流動する性質がある。2002年、二人はこの性質を実験によって確認。そのことが今につながる研究の起点となった。

「可視化用の微粒子を入れた液晶に電圧をかけて顕微鏡をのぞいてみると、その微粒子が動いたんです。つまり、液晶の流れを確認できたことが、すべてのスタートになりました」(蝶野教授)

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「液晶が流れたことと同時に、その流れによって微粒子を動かしたことが大きいんじゃないかと思っています。液晶に流動が生じていることを確認するとともに、流動が物を動かせることに気づいた。それが液晶を利用したデバイスの開発につながる第一歩だったと思います」(辻教授)

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 その後、二人は高度なシミュレーション技術を駆使して、液晶分子をある配列に並べて電圧をかけることで、流動の向きや大きさをコントロールできることを発見。続いてこの原理を応用し、2枚のガラス板の間に液晶を流し込み、下の板だけを固定した状態で一定の電圧をかける実験を実施。液晶によって上の板が動くことを証明した。
 それだけにとどまらず、「液晶は、巨視的には、普通の液体のように振る舞うので、平板でなくて曲板、さらには大小2種類の円筒の間に液晶を流し込めばモータができるかもしれない。そして少量の液晶ならすごく小さいモータがーー。」そんなひらめきから、液晶を動力にして円筒を回転させる直径1.2mmのモータを開発。2007年にはモータとして世界最小サイズの直径0.2mmを実現し、現在は直径0.1mmまで小さくすることに成功した。

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(電気エネルギーを液晶の流動に変換して内筒を回す"直径0.1mmの極小モータ)

「液晶で物を動かしたのは私たちだけ。そんなこと普通は誰も発想しないでしょう」と笑う蝶野教授。「液晶に電圧をかけると粘度が変化することは以前から知られていました。しかし、液晶そのものを駆動源としてデバイスに活用するなんてことは誰も考えていなかった。こうした研究はおそらく世界でも例がないでしょう」と続ける。
 これまで液晶を扱ってきたのは化学や電気分野の研究者ばかりで、「我々のような機械工学の研究者が液晶にアプローチすること自体、ちょっと妙なことだったようです」と蝶野教授は振り返る。
 実際に、機械学会で液晶の流れについて発表しても当初は受け入れられなかったという。しかし、次第に研究の卓越性が認められるようになり、2007年、機械工学分野において日本で最も権威と歴史ある賞とされる「日本機械学会賞(論文)」を受賞した。二人は、ディスプレイ材料から次世代機械材料へと、液晶の用途を大きく広げる道を切り拓いたのだ。

液晶に魅了されて30年、まだ眠っている宝がたくさんある

 蝶野教授と辻教授は30年にわたって研究をともに進めてきた、お互いにとって唯一無二のパートナーだ。そもそも二人が出会い、液晶の研究を始めたきっかけはどこにあったのだろうか。

 大学院時代から流体力学の研究に励んでいた蝶野教授。福井大学で講師を務めていた1989年、当時興味を持っていた粘性と弾性を併せ持つ粘弾性流体について理論的な学びを深めようと、米国の著名な研究者のもとに客員研究員として赴いた。しかし、「このような研究は古い。自分の興味は別のところに移っている」と言われてしまう。その研究者の新たな興味の対象が液晶だった。勧められるがままに学びを深めるうちに、固体とも液体とも言えない不思議な物質への興味は膨らみ、研究対象を粘弾性流体から液晶にシフトした。

「水や空気を対象とした流体力学では、速度、圧力、温度を調べればいいんですが、液晶では"分子の向き"というさらなる未知量が加わるので非常に複雑なんです。理論的な解析が難しいからこそ、その流れ方をコンピュータでシミュレーションするのはすごくおもしろかったですね」(蝶野教授)

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 蝶野教授は福井大学に戻り、液晶の研究に本腰を入れ始めた。それと時を同じくして、蝶野教授の研究室に配属されたのが、当時大学4年生の辻教授だった。

「もともと別のテーマの研究がやりたかったんですが、くじで外れてしまい、仕方なく液晶の研究をやることになってしまったんです。液晶というものがあるのは知っていましたが、液晶が流れると言われても最初はまったくイメージがつかめなかったですね」(辻教授)

 辻教授は意に反した研究テーマにも次第にやりがいを見出し、ここまで二人三脚で成果をあげてきた。

「30年ずっと液晶のことだけをやってきましたが、まだまだやることはいっぱいあるんです。僕が生きているうちに終わらないくらい、液晶にはまだ眠っている宝がたくさんあるんじゃないかと思っています。そういう意味では、くじ運が悪くてよかったなと(笑)。それが僕にとってはすべてですね」(辻教授)

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未来医療への貢献をめざし、世界最小モータがさらに進化

 二人が取り組んできた液晶の流動を利用したデバイス開発は、さらなる進展を見せている。
 近年、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)と呼ばれる微小な電子回路と機械要素を一つの基板上に組み込んだシステムが注目を集め、マイクロ・ナノ領域で利用可能な機械要素のさらなる拡充が求められている。
 二人は、液体状で固有の形状を持たないという液晶の性質を応用し、マイクロサイズの液晶滴に電圧をかけることで、アメーバのように自身の形状を周囲の環境に適応させながらしなやかに駆動する装置「無定形アクチュエータ」の開発を進めてきた。

「発想としては、液晶は固有の形状を持たず、ふにゃふにゃしているので、軟らかくフレキシブルな膜で覆うと自在に形を変えて周りの環境に自らをフィットさせることができます。これが今私たちが考えている、液晶を駆動源としたアクチュエータの究極形です」(蝶野教授)

 この無定形アクチュエータが実現すれば、血管壁を傷つけることなく血管内を移動することができるため、ドラッグデリバリーシステムの実現やカテーテル治療の進展に大きく貢献できるだろう。

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 これまで二人が開発してきた液晶を駆動源に用いたアクチュエータは、液晶に電圧をかけることで生じる流動、つまり電気エネルギーを運動エネルギーに変換することで機能するものだった。一方、液晶を介して「熱エネルギーを運動エネルギーに変換する」ことも液晶を利用した新たな機械要素の開発につながる。
 そこで、液晶に温度分布を与えることで液体状態と液晶状態という2つの相を隣接して共存させ、その間に生じる界面力を利用することで、物体の動きを高精度にコントロールできる遠隔操作装置「マイクロマニピュレータ」の開発にも取り組んでいる。

「液晶は温度を調節することで2つの相(等方相と液晶相)ができるんですが、隣接した相同士の境界に発生する界面の力によって物体をぐいっと動かすことができるんです。しかも、非常に高い精度で動かせる可能性があるうえ、2つの相は液体のように振る舞うので対象物を傷つけない。医療用途に利用されるマニピュレータなどに利用できると考えています」(蝶野教授)

 このマニピュレータは駆動源としての液晶とエネルギー源としての熱源のみで構成されるため、システムがシンプルで小型化を図ることができ、MEMSへの実装が期待できる。

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(相界面に発生した界面力で微粒子を動かす実験)

流体力学ならぬ「液晶力学」分野を確立したい

 こうした功績が評価され、2019年11月、日本機械学会流体工学部門において、蝶野・辻両教授はそれぞれ2019年度の「部門賞」と「フロンティア表彰」を同時受賞した。
 「部門賞」は、流体工学部門に関する学術、技術、教育の分野における業績を通じて、我が国の機械工学・工業の発達に寄与し、その業績が顕著な個人に、「フロンティア表彰」は、流体工学部門の掌握する技術分野を拡大する未知の分野への技術開発にチャレンジし、優秀な成果を得た個人またはグループに対して贈られるもの。約6200名の流体工学部門正会員のうち毎年数名にしか授与されないという非常に栄誉ある賞だ。

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(部門賞に贈られる楯と、フロンティア表彰に贈られるメダル)

「この研究を開始した頃は何の役に立つかはあまり意識せず、ただひたすら速度分布と分子配向分布の関係を数値計算で明らかにしてきました」と語る蝶野教授。その後、液晶を機械工学に応用することを発想し、メカニズムを解明しながら、時代の流れに即したデバイスの開発につなげてきた。実用化の道を探ることはもとより、新たな学術分野の構築という面でも、その功績は大きいと言える。

「世界の科学技術のうち、実用化されるのはごく一部です。私たちはこの研究が何の役に立つのかということよりも、学術分野の構築という意味で、新たな分野の歴史をつくってきたことに意味があるだろうと思っています。これからも誠実に研究を続けていれば、きっと人々の役に立つような新たな道が拓けると信じています」(辻教授)

 二人が見ている先には、「液晶の力学的応用を学問分野として確立する」という大きな目標があるという。

「液晶に魅了されて30年になりますが、これだけやってもわかっていないことの方が多いので、今やっていることを地道に継続するしかありません。ゆくゆくは機械工学の中に、流体力学ならぬ『液晶力学』という新たな学問分野をつくりたいと思っています」(蝶野教授)

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掲載日:2020年2月26日

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