「争い」をもたらす人間の心理メカニズムを解明したい

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三船 恒裕 MIFUNE Nobuhiro

専門分野

心理学、社会心理学、進化心理学

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謎に包まれた「協力」と「攻撃」の基礎的な心理の一端を明らかに

 戦争のように人間は集団で他の集団と争うとき、どのような心理が働くのだろうか。人間には他の集団を攻撃する「本能」があるという主張がよく見られるが、本当にそうなのか。    

 今世界の研究者の間で、「集団間の争いは人間の行動傾向として身に付いているのか」というテーマが熱い議論を呼んでいる。人間は先史時代から集団を形成し、集団内では協力的な関係を築く一方、集団間では争いや対立が生じてきた。    
 社会心理学では、こうした集団間の葛藤を引き起こす根本的な行動傾向として、人間の持つ「内集団バイアス(内集団への協力的行動と外集団への攻撃的行動)」に注目し、研究が進められてきた。自分と同じグループに所属する内輪の人を外部の人よりも優遇してしまう内集団バイアスは経済学的にも生物学的にも謎に包まれた行動の一つで、経済学や生物学の「自己利益の最大化」という理論との間に矛盾が生じる。    
 三船准教授はこうした人間特有の行動傾向について、生物学者や経済学者が分析した理論モデルに対応する行動を実際に人々がとっているのかを行動経済学の手法で実験・検証し、心理メカニズムにアプローチしてきた。  

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 では、人間はどのような場面で内と外を区別し、外よりも内を優遇するのだろうか。「クレーの絵を好むか、カンディンスキーの絵を好むか」といった些細な基準で分けられただけの実験室内でのみ存在する「最小条件集団」においても、内集団バイアスが生じることが多くの研究で明らかにされ、さらに近年の実験研究では、集団状況において外集団への攻撃性は見られず、内集団への協力性しか現れてこないという結果も数多く報告されている。

 三船准教授は内集団への協力性について、「お互いに相手が内集団だとわかっている場合においてのみ高まる」という結果を実験から見出し、「いつか良いことが返ってくる」というお互い様の関係が内集団の協力を進化させたという見解を示した。相手がこちらの属する集団を知らない場合、つまり、内輪に協力しなくても内輪にバレない状況では協力しようとする意識は働かない。    
 さらに、相手がこちらの属する集団を知らない場合でも、パソコンのデスクトップ画面に抽象的な目の絵が表示されているだけで、内集団の協力性が高まるという興味深い結果も明らかにした。

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「人間は内輪で助け合うのが当たり前で、助け合わなければ痛い目に合うということを直感的に理解しています。だから行動を監視しているような目の絵があるだけで、内輪に協力するという意識が働くのでしょう」

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「外集団への攻撃性」は人間の本能なのか

 一方、"外集団への攻撃性は見られない"とする研究結果に対して、近年、"人間が内集団への協力性と外集団への攻撃性を共進化させた可能性がある"という有力な仮説が世界的に影響力のある著名な研究者から示された。

「一人の個人の中で、内集団への協力性と外集団への攻撃性という二つの傾向をセットで持つ遺伝子が進化してきたのではないかという主張が、著名な論文誌に掲載されました。この知見は社会科学の広範な分野に影響を与え、心理学においても無視できないものとなっています」    

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 人間が内集団への協力性を持つことはすでに示されてきたが、謎として残るのは外集団に対する攻撃性だ。人間は内集団への協力性とともに外集団への攻撃性を進化的に獲得したという仮説は本当に正しいのだろうか。「進化的な観点から見ても、社会心理学における先行研究を見ても、外集団に対する攻撃性がなぜ、どのようにして生じるのか、特にその最も根本的な心理メカニズムについてはほとんど明らかにされていない」

 この仮説の妥当性は、実際に人々の行動を測定することで検証が可能になる。三船准教授は、「外集団への攻撃性を人間は実際に持っているのか」という根本的な問いについて、先制攻撃という攻撃行動に焦点を当てた実験から明らかにしようと試みた。
 具体的には、相手が攻撃してくる前に攻撃するという先制攻撃行動を測定する経済実験ゲームを開発。参加者は二人一組になり、画面上に表示されるボタンを制限時間内に押すか否かを決定する。例えば、両者がボタンを押さなければお互いに1500円ずつ獲得する。ボタンを押すと、押した側は100円を支払い、押された側は1000円を支払う。ただし、結果は早押しで決まり、「お互いに押す」 という結果は存在しないため、相手が押さないと予測すれば自分も押さない方が得であり、相手が押すと予測すれば自分が先に押したほうが得である。

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先に例として挙げた絵の好みで分けられた最小条件集団を用いてこのゲームを行い、内集団バイアスを測定した結果、内集団が相手の場合と外集団が相手の場合で攻撃率に差が見られないという結果を得た。

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「内集団への協力が生じることが確認されている最小条件集団で、外集団への攻撃性は自動的には出てこなかった。このことは、内集団への協力が生じる状況と外集団への攻撃が生じる状況は違うということを意味しています。人間が進化の過程で内集団への協力性と外集団への攻撃性をセットで身につけたとするならば、こうした結果は出てこないはずです。したがって、両者の進化的基盤や心理的メカニズムは別なものだと考えなければなりません」

「攻撃力の非対称性」がもたらした攻撃を促進させる要因とは?

 内集団への協力性と外集団への攻撃性は関連がないことが実験から示された。では、人間の外集団への攻撃性はいかなる条件において生じるのだろうか。謎は深まるばかりだ。

「人種差別や国家間の争いなどさまざまな要因で、外集団への攻撃性が顕著に発揮されることはあると思うんです。それは理解できるんですが、絵の好みだけで分けられただけの最小条件集団に、最低限の条件として何が加わることで外集団への攻撃性が出てくるのか。これを経済実験で確かめたいと考えました」

 そこでまずは、1人対1人、 3人対3人、1人対3人でそれぞれ先制攻撃ゲームを行い、1人が1人と先制攻撃ゲームを行う場合、3人が話し合い、同じく話し合っている3人を相手としてゲームを行う場合、1人が3人を相手にゲームを行う場合、その逆に3人が1人を相手にゲームを行う場合の攻撃率を比較した。  
 このゲームは元手を500円とし、両者が押さなかった場合は500円がそのまま手元に残る。ボタンを押した場合は押した方が100円減り、押された方は400円減る。3人集団の場合は、誰か一人が代表して一つのボタンを押すが、ボタンを押して攻撃が成功すれば3人からそれぞれ100 円ずつ減り、相手に先に押された場合は3人それぞれから400円ずつが減るという利得構造を採用した。
 その結果、3人が1人を相手にゲームを行った場合において、1対1、1対3、3対3の場合よりも非常に高い攻撃率を示した。

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「集団と集団が争いやすいのであれば、1対1より3対3の方が攻撃力が高くなるだろうと思っていたのですが、まったく変わりませんでした。その一方、1人は3人に対してあまり攻撃しませんが、3人が1人に対しては攻撃率が高まるという意外な結果が出たんです」  

 これはどういうことなのだろうか。三船准教授はある一つの可能性を指摘する。

「この現象が生じた理由の一つが、攻撃力の非対称性にあると考えています。3人が1人と対戦するとき、1人は100円払うことで3人全体から1200円を減らすことができますが、逆に3人は100円ずつ払っても1人から400円しか減らせない。攻撃力の大きさが格段に違うんです。つまり、攻撃力の弱い方が強い相手の攻撃を止めようと躊躇なく攻撃する傾向が出てきたと言えるでしょう」

 次に、この攻撃力の非対称性という要因がもたらした攻撃の促進効果が、外集団に対して特に生じるかを実験で検証したところ、攻撃力が同じ場合や自分の方が攻撃力が大きい場合には内集団にも外集団と同じくらい攻撃する一方で、相手の方が攻撃力が大きい場合には内集団に攻撃するよりも外集団に対してより攻撃する結果となった。
 この実験結果は、世界で初めて最小条件集団における外集団への攻撃性を示した事例だ。

「争いをもたらす人間の基礎的な心理を明らかにしようと今多くの研究者が検証を進めています。しかし、なぜ外集団への攻撃性が発生するのか、その答えは世界でまだ誰も発見していません。そんな中で僕が引き当てたこの結果が本当に宝石なのか、単なる石ころなのかはまだわかりませんが、解明への手がかりになるだろうと思っています。さらに同様の実験を重ねることで確証を得て、『世界で初めて外集団への攻撃性の心理メカニズムを明らかにした』と胸を張って言いたいですね」  

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分野を横断した実験手法で、真に学際的な研究をめざす

 三船准教授は、大学院時代に内集団への協力性をテーマとした研究をスタート。地道な実験と分析によって世界的にも認められるような成果を見出し、2019年8月に発行されたイギリスの著名な論文誌「Behavioral and Brain Sciences」にコメント論文が掲載されるなど、世界の研究者にその名を知られる存在になりつつある。実際に、国際学会で海外の研究者から、「君の研究、知っているよ」と声をかけられることも増えてきた。    

 そんな三船准教授がめざすのは、社会心理学の枠にとらわれない研究。これまで心理学では取り入れられてこなかった行動経済学の手法を実験に用いるなど、分野を融合した実験研究の形は、大学院時代の恩師で著名な社会心理学者、山岸俊男氏のスタイルを踏襲している。

「心理学の枠の中で心理学者にだけ通用するような実験をやっていても仕方がないと思っています。手法は行動経済学、理論は進化心理学、でもやっていることは心理学実験という形にすると興味を持ってくれる他分野の研究者はたくさんいる。分野を超えて広くインプリケーションを持つような実験結果を生み出し、いろんな分野の研究者から意義のある研究だと認められるようになりたいです」  

 これからも、生物学、経済学、人類学、政治学などで提唱された理論や知見を取り入れながら、狭い枠組みにとらわれず、社会科学全体にインパクトをもたらすような成果を生み出していく。

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掲載日:2020年2月10日

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