低コストで超高感度な光ファイバ屈折率センサの開発

田上 周路TAUE Shuji

専門分野

光計測、光応用工学

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身近な製品から科学の最先端まで、現代社会に欠かすことのできない光技術。光応用工学の専門家である田上准教授は、光の特性や物質との相互作用を利用した光計測技術の研究開発を行い、産業、バイオ、医療など多分野への応用をめざしてきた。その一つが、光ファイバを用いて、溶液の屈折率変化から溶液濃度を測定するセンサの開発だ。「光ファイバ内で生じる光の干渉を利用することで、超高感度な測定が可能になる」という。田上准教授らは、市販の通信用光ファイバを融着するだけで屈折率の測定が可能な「マルチモード干渉構造」を利用した光ファイバセンサを活用し、従来の技術の問題点だった高感度化を極めてシンプルな構造で実現することに成功した。
「マルチモード干渉構造」を利用し、高感度化をシンプルな構造で実現

 食塩水をはじめとする水溶液の濃度管理技術は、工業、医療、食品など多くの分野で必須であり、用いるセンサには高い精度が求められる。そのほとんどの測定には電気伝導度計が使用されているが、溶液中に電極を浸漬させる必要があり、電極成分の溶出や電極の腐食などが問題となっている。電極を用いることなく溶液濃度を高精度に測定できる手法の開発が期待される中、注目されているのが、光を用いて測定した溶液の屈折率から濃度を計測する手法だ。この手法を用いたセンサはすでに実用化されているが、高感度化には精密な光学系が必要で、センササイズの大型化や高コストといった課題がある。これに対して、田上准教授らは耐腐食性に優れた光ファイバを用いた新たなセンサを開発し、その高感度化に向けた研究を進めてきた。
 開発したセンサについて、「複雑な光学系を使わず、光ファイバの中で生じる干渉をうまく利用することがポイント」と話す田上准教授。ここで用いるのは、「マルチモード干渉構造」の光ファイバセンサ。シングルモードファイバ(SMF)はコア径が小さく、1つの空間モードのみを伝送するのに対して、マルチモードファイバ(MMF)はコア径が太く、複数の空間モードを混在して伝送できる。そのため、MMF内では複数のモードが互いに干渉しながら進み、ある一定の場所で光が結合し、入力した光の波と同じ像が出現する。この光の結合点で得られる大きな干渉信号が高感度化の鍵になるのだ。
 では、外部溶液の屈折率変化をどのように測定するのか。光ファイバは、中心部のコアとその周囲を覆うクラッドの2層構造で、光がコア内を全反射しながら進むとき、境界面からわずかに染み出す光成分が生じる。これをエバネッセント光と呼ぶ。エバネッセント光は、境界面近傍にある溶液によって生じる吸収や散乱などの情報を反射光に乗せることができ、外部溶液が変化するとエバネッセント光の染み出し長も変化する。そのため、光ファイバを用いた屈折率センサでは、溶液とエバネッセント光との相互作用が利用されてきた。しかし、エバネッセント光を利用するためには、クラッド層をコア近接まで除去する手法が主流であり、加工が難しいことから広く実用化には至っていない。

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 田上准教授らは、エバネッセント光による外部物質との相互作用が可能な構造として、クラッド層をもたないMMFの両端をSMFで挟み込む「SMS構造」を考案。MMF外部のエバネッセント光と内部のモード分散の両方を同軸で利用できる「光干渉計」を構築した。

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応用範囲が幅広い光技術。その可能性を追求したい

 このセンサを用いた実験から、エタノール溶液や塩化ナトリウム水溶液において濃度測定に適用できる可能性を明らかにしてきた。また用いる光ファイバの種類を工夫することで、世界最高レベルの10-6オーダの測定感度が実現できる可能性も示した。「極めて高感度な屈折率測定が、光ファイバ1本で実現できるようになるかもしれません」と期待を込める。
 市販の通信用光ファイバを用いることで、製造コストの大幅な削減や、極細の形状を利用したマイクロ流路内への設置、遠隔モニタリングも可能になるなどメリットは多い。一方、実際の測定では、用いるデバイスや環境によるノイズ、溶液の流れ、温度によっても出力が変動するため、微細な環境変化に対応できる頑強性を持ったセンサシステムの構築が課題として残る。その解決に向けて、光ファイバの流路設計やガラス管の加工など、これまで自身が修得してきた技術やノウハウを結集して取り組んでいるところだ。
 産業応用では、飲料や調味料など食品をはじめとした液体製造工程に適用することはもちろん、バイオ分野への応用も視野に入れ、血液や体液中のタンパク質(抗原)検出などへの展開を構想中だ。基材表面に抗体や抗原などのタンパク質を固定し、生体分子が有する特異的反応を利用するものは、選択的かつ高感度な検出を可能にするセンシングシステムとして知られている。これに関して、センサに光周波数コムという特殊な光源を組み合わせて、測定分子の選択的な検出の超高感度化に向けた研究も他大学と共同で始めている。このほか、人工透析に用いる透析液濃度のモニタリング、DNAやタンパク質の生体分子を分離・分析する手法である電気泳動への利用など、応用は多分野に広がっている。この応用範囲の幅広さが、光技術のポテンシャルの高さと言えよう。
「センサとしてはほぼ完成されているので、あとはいかに応用につなげるかだと思っています。光の応用範囲は広く、思わぬところにニーズが潜んでいるかもしれない。そんな隠れたニーズを見出すことに力を注いでいきたいです」

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掲載日:2021年8月