ナノイオンキャリアと分子系材料の複合化で新たな光機能性を引き出す場を構築

伊藤 亮孝ITO Akitaka

専門分野

光化学、錯体化学、分析化学、物理化学

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私たちの身の回りには、可視光の吸収や放出によって色が付いて見えたり光ったりする物質が数多く存在する。このような光と物質の相互作用を明らかにするのが、光化学という分野だ。光の吸収や放出、そして光吸収の後に起こる反応について理解を深め、光機能性を制御することは、省エネルギーな発光デバイスや、高効率な光エネルギー変換システムの実現に寄与できると考えられている。
伊藤准教授は、分子やその複合体を基本とする様々な光吸収・発光物質をはじめ、「目に見える」という特徴を生かした新たな機能性材料の開発、さらには、それらの物性を評価し、反応における挙動を解明することにも取り組み、数々の成果をあげてきた。
多様な環境に応答する光機能材料を創出

 物質の中には、光を吸収すると、物質内の電子の空間分布が大きく変化する「分子内電荷移動」という現象が起こるものが存在する。「分子内電荷移動の特性を示す物質は、あらゆる要因によって光機能性が大きく変化するので、非常に興味深い化合物群として知られています」という伊藤准教授。これらの物質は、有機ELを始めとするエレクトロニクス素子のほか、色素増感太陽電池や人工光合成といった光エネルギーを電気・化学エネルギーに変換する光化学デバイスへの応用が期待されている。
 伊藤准教授は、この分子内電荷移動の現象に着目し、これまでに様々な骨格や構造をもつ光機能材料を創出し、発光色などの性質を変化させるだけでなく、そのような変化が起こるメカニズムについて、古典的な電子移動理論を用いた手法を駆使することで解明してきた。有機化合物・有機金属化合物・配位化合物を問わず対象として取り上げ、緻密な分子設計に基づいた系統的な物質の合成と、それらの物性に対する徹底的な理解によって光機能性を自在に制御する手法を確立していく点が、伊藤准教授が行う研究の特徴といえる。
 化学というと、一般的には原子、分子、イオンなど目に見えないものを扱う分野だと思われるかもしれない。しかし、光化学が対象とする光の吸収や放出の変化は、高感度な検出が可能であると同時に、私たちの目で直接観測できることから、物質や環境を検出するツールへの活用も進められている。伊藤准教授はこのような光の特徴を生かし、温度や極性などの周辺環境や共存する物質の存在に応答し、光の吸収や発光の挙動が変化する「環境応答性化合物」の開発に力を入れてきた。
「分子系材料は適切な分子設計によって、どのような波長の光を吸収・放出するかだけでなく、どのような環境に応答するかという性質を制御することも可能です。それぞれの分子の性質を理解し、細やかな設計を行うことで、発光色を大きく変化させることにも成功してきました。さらには、分子系材料が周辺環境から受ける効果を利用することで、新たな光機能性を引き出すこともできると考えています」

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これまでに合成してきた試料の発光(紫外光照射下のもの)

ナノイオンキャリアを用いた簡便な手法で光誘起反応の効率向上を実現

 エネルギーの枯渇が危ぶまれる現代において、光化学は様々な分野から期待が寄せられている。光エネルギーを利用して化学反応を起こす「人工光合成」システムもそのひとつだ。人工光合成では、光増感剤(色素)が光を吸収し、高エネルギー(励起)状態になることで起こる電子移動を利用して、水を水素と酸素に分解したり、二酸化炭素を原料として有用な物質を製造するシステムなどが提案されている。負の電荷と正の電荷が空間的に分かれ、各反応が起こるという仕組みだが、システムの機能を向上させるためには、光吸収によって駆動するエネルギーの伝搬や電子の移動といった多段階の反応過程をそれぞれ効率化することが重要になる。「こうした反応過程をミクロに見ると、分子同士が衝突することで反応が起こり、衝突する確率によって反応の度合いは変化する」という。
 一般的に用いられる均一な溶液では、高い反応効率を得るために、色素に対して100~1万倍という非常に高濃度の反応剤が必要であるなど課題が多い。そこで、伊藤准教授らは、より簡便な手法で反応効率を高めるために、溶液ではなく"固相媒体"である微小な高分子の粒にイオン交換基を導入した「ナノイオンキャリア」に着目し、研究を進めている。
「ナノイオンキャリアとは、簡単に言うと、浄水器に入っているイオン交換樹脂をナノ粒子化したものです。微小な粒の中にイオン性物質を素早く取り込んで濃縮することができるので、少量の反応剤でも効率よく反応が起こるのではないかと考えました」
 合成した直径数百nmのナノイオンキャリアの中に、ルテニウム錯体と、これに反応して励起状態からエネルギーを受け渡すことができる反応剤を混合して担持した試料を作成し、実験を行った結果、予想通り、反応効率が飛躍的に向上することを見出した。
「均一な溶液系では、色素に対して非常に高い濃度の反応剤が必要でしたが、新たな手法では、色素とほぼ同じ量の反応剤で70%以上の反応が進むようになりました。このことは、光エネルギー変換の効率化において大きな進歩であると確信しています」
 ナノイオンキャリアにイオン性物質を担持するという極めて簡便な手法によって、光吸収から駆動する反応の大幅な効率向上を実現した。ナノイオンキャリアを光機能材料の機能制御に用いるという伊藤准教授の新たな着想から生まれた高効率な光反応系は、人工光合成をはじめとする様々な色素増感型の反応への適用が期待できるだろう。
 それだけでなく、この手法は反応剤の種類や濃度などの条件を自在に変更できる点もポイントだ。イオン性物質を扱うものであればどんな反応でも効率向上が可能であることから、多様な光機能性の発現をめざすうえで非常に有用な材料になり得るといえる。
「ナノイオンキャリアを構成する骨格や、内部に担持する材料の種類や量を変化させることで、両者の間にはたらく相互作用を制御し、光機能性を最大限に引き出す新たな光システムの構築をめざします」

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掲載日:2022年4月