- トップページ
- Cutting-edge Research and Social Contribution
- 最先端研究
- 自由に世界を構築できるVR技術で実世界に適応した脳の処理システムの解明へ
自由に世界を構築できるVR技術で実世界に適応した脳の処理システムの解明へ
- 人間は網膜に投影された2次元の像から、3次元の奥行きある世界を認識している。つまり、網膜に映ったそのものを見ているわけではなく、視覚のシステムによって2次元の網膜像の情報から3次元の世界を推定し、復元する処理が脳内で行われることで、3次元の映像を知覚しているのだ。目や耳などを通じて外界から情報を受け取り、適切な行動につなげ、この世界の環境に適応するうえでも、脳内の複雑な処理システムは重要な役割を果たしている。繁桝教授はバーチャルリアリティ(VR)や、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)による脳機能イメージングなどの先端技術を用いて、このような脳の情報処理の過程を明らかにし、そこから普遍的な人間の特性にアプローチしようとしている。
MRIを用いた実験を通して脳の領域ごとの機能を明らかに
人間の知覚には脳の情報処理が大きく関係している。しかし、様々な知覚に対して脳のどの部分がどのように反応しているのか、その全容はまだ解明されていない。繁桝教授は多様な知覚の中でも、3次元知覚における脳内のメカニズムを明らかにするため、脳の活動状態を画像化できるfMRIを用いた研究を行ってきた。これまでの実験から、物体間の奥行きの位置の差を見る時と、物体内部の奥行きの構造を見る時に活動する脳の領域は異なることを見出し、脳の領域ごとの機能を解明してきた。
一方、脳の情報処理は、視覚などの入力から3次元の世界を知覚するだけでなく、そこから適切な行動を出力することまでを範疇とする。「脳の処理システムを解明するためには、行動までを考察する必要がある」との考えに至ったことから、運動出力に関わる領域にまで研究の対象を広げてきた。運動出力に関わる入力情報の処理は、脳内のどこで行われているのか。この疑問を解明しようと、対象物を見せた後すぐに隠し、視覚情報がない状況で対象物を手で掴んでもらう実験を行い、実験中の脳活動をMRIで計測。その結果、リアルタイムでの視覚入力がなくても、視覚系の領域の脳活動の情報から対象物の方位を推定できることが明らかになった。視覚入力を受動的に処理すると捉えられがちな視覚系の脳領域では、運動出力に関わる様々な能動的な処理が行われていることを実証的に解明しつつある。
「運動出力に関わる脳の領域がどのように働いているのかは未解明な部分が多いのですが、対象物に働きかける運動出力に視覚の処理が深く関わっているのを見出したことは、研究の発展につながる成果といえるでしょう」
このように脳の領域ごとの機能を解明することは、脳の活動を利用して機械やコンピュータを操作するブレイン・マシン・インタフェースの実現に役立つと期待されている。
先端技術を用いるからこそ、普遍的な人間の特性にアプローチできる
安価で高性能なヘッドマウントディスプレイの登場により、VRなどの人工的に構築された3次元空間が日常的に利用される時代になりつつある。「人工的な世界が実世界と同等の知覚的効果をもたらすためにも、人がどのように3次元知覚を実現しているのかを理解することが重要」という繁桝教授。近年、このVR技術を用いた研究にも力を注いでいる。
VRは実世界の制約から自由に世界を構築できるところが特徴だが、実世界の物理法則に従わない空間や自己と異なる身体への変化が、人間の身体の感覚にどのような影響を及ぼすのか。その多くは謎に包まれたままだ。「3次元仮想空間のさらなる普及が予想される中、空間や身体の変化に人間がどこまで柔軟に対応できるのかを明らかにすることは重要な知見になるはず」。そう語る繁桝教授は、VR環境を操作し、その影響を調べることで、人間の知覚の特性を明らかにしようとしている。
まずは、VR上で足の身体位置を視覚的に操作すると、自己の身体感覚や運動出力が変化するのかを調べるため、アバタ(分身)を正面に映した状態でトレーニングを行う実験を実施。その結果、アバタの足の位置が実際よりも低く呈示された場合、トレーニング後に足の位置を実際よりも高く上げることが起こり、足の位置知覚が変わる効果は10分後も持続した。アンケート結果を見ると、呈示された身体位置が実際とは異なることを指摘した実験参加者はいなかったことから、これらの効果は無意識に生じていることも見出した。
「この結果から、VR上で身体の位置知覚が低くなるように操作した状態でトレーニングを行うと、無意識のうちに運動量を増加させる可能性があることがわかりました。運動不足を解消するためのエクササイズや、高齢者などを対象としたリハビリテーションへの応用が考えられます」
また、自己の身体を動かすのと同じ感覚で、ロボットアームなどの拡張した身体部位を操作する手法を探るために行った実験から、VR上で自己の手を視覚的に裂けた状態に変化させると、裂けた手に対して自己身体の一部の感覚を移動して知覚させられることも明らかになった。つまり、その位置に拡張した身体部位を対応付けることで無理なく操作できる可能性を示したといえる。
このほか、国内外の研究者とともにVRを用いた共同研究にも取り組み、感覚・知覚といった低次の処理だけでなく、動機づけや他者への共感など高次の心理的な効果まで、実験により実証的に明らかにしつつある。
さらに、高知大学医学部に設立された研究開発組織「医療×VR学」に参画し、企業とともにVRを活用した治療と遠隔医療の実践をめざす共同研究や、企業のテレワークを支援する「e - J a n ネットワークス株式会社」と連携し、3次元空間で行うコミュニケーションがもたらす心理的効果を追究する研究なども始動。VR環境でよさこい祭りを疑似体験できるイベントにも技術的に協力するなど、分野を超えた多様なプロジェクトに携わっている。「VR技術の発展によって、研究の幅はどんどん広がっている」というが、研究の目的はあくまで進化の過程で最適化されてきた脳の情報処理システムを解明することにある。
「VRによって現実にはあり得ない空間や自己の状態での知覚や反応を見ることで、逆に実世界に適応してきた脳の処理システムの特徴をあぶり出すことができる」と期待を込める。VRは先端技術でありながら、人間の根源に迫るツールとしても大きな可能性を秘めているようだ。「VRで世界や身体を自由に操作し、自己を規定するものは何かを追究していくことで、『自己とは何か』という根源的な問いにアプローチできるだろうと思っています。脳の処理システムを解明し、心や自己について明らかにすることで、人間にとって本当に必要な道具やインターフェースが見えてくるのかもしれません」
掲載日:2022年4月