次世代の宇宙開発を担う、超高速流の高信頼な解析手法の確立へ

荻野 要介OGINO Yousuke

専門分野

航空宇宙工学、超音速流体、プラズマ流体、空力性能評価

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大気圏突入用のカプセルは過酷な加熱で燃え尽きる?宇宙を舞台にしたSFアニメなどで、「大気圏突入」のシーンを見たことがある人も少なくないだろう。この大気圏突入の際には、どれほどの負荷がかかるのだろうか?宇宙空間に打ち上げられた小惑星探査機やロケットなどは、やがてカプセルの状態で地球に戻ってくる。その宇宙と地球の境目に大気圏があり、宇宙空間から地球へ降下するカプセルは、秒速10km以上の超高速で大気圏に突入する。この時、カプセル前方の空気は強く圧縮され超高温の空気プラズマとなり、カプセルの周りは1万℃を超える過酷な環境になるという。「この高温状態からいかにカプセルを守るかが、宇宙ミッションにおいて厳しい技術的ハードルのひとつとなっています」と語る荻野先生。現在はカプセルが溶解しないよう、カプセルの前面には過剰な熱防護材が装備されているが、このことは打ち上げ時の重量増加の要因となっている。高重量な熱防護材を軽減するには、カプセルのどの部分にどれだけの負荷がかかっているか、つまり「カプセルの加熱率の高信頼な解析手法」の確立が求められる。そのミッションに流体力学、プラズマ工学などを活用した「非平衡モデル」を用いて臨むのが荻野先生の研究テーマだ。
複数の物理反応が同時に起こる非平衡が顕著な大気圏突入時

 大気圏突入時のカプセル周りでは、複数の物理過程が同時に起こり「非平衡」な状態になる。一方で釣り合いのとれた状態を「平衡」といい、空気中の窒素分子や酸素分子が平衡状態に達しているという前提で、基礎的な熱力学や流体力学などの各学問は体系化されている。
「ところが、激しい熱や物質の流入出が連続する超高速気流中など、微視的にアンバランスとなる非平衡状態では、多彩なダイナミクスがある分、考慮しないといけない要素が増え、理論構造は平衡状態に比べてはるかに複雑になります」
 非常に高温で密度が低い状況が生まれる大気圏突入問題では、まさに非平衡性が顕著に表れ、カプセルの加熱率を導き出すためには平衡状態の一般的な物理の計算ではなく、非平衡モデルが必用となってくる。これまで世界中で用いられてきた非平衡モデルは、原子や分子の運動状態の分布を平均化することで数値を算出していたが、解析精度向上の余地がある。
「この平均化されてきた物理現象を直接計算によって解き明かし、従来の世界基準モデルの不確かさを打ち破りたいと考えました」と荻野先生。数多ある分子をひとつずつ追跡し、化学反応や輻射、光の放出・吸収といった複数の要素を直接解析することで、実現象により即した解析手法の構築をめざす。
 こうしたアプローチは、コンピュータの技術的な発展による計算速度の飛躍的な向上によって可能となってきた。とはいえ、実際に取り組んでみると計算プログラムのパラメータを決めきれないものが多く、その一つひとつを計算で求めようとすると結果が出るまでに約80年かかるということも...。そこで荻野先生が試みようとしているのが、「決めきれないパラメータ」を実験で計測した結果によって動的に補正する方法だ。

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より精度の高い非平衡モデルの確立をめざして

 流体力学、化学反応、量子力学、統計力学など複数の物理を盛り込んだ、独自の計算プログラムはすでに完成している。ただし、上で触れたように、その計算プログラムで使用するパラメータには不確実なものを含む。その不確実なパラメータの数値を検証するために、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の調布航空宇宙センターにある、実際の飛行環境を再現可能なアーク加熱風洞などを用いて、超高速気流の風洞試験※を行う予定だ。
 実験によってパラメータに当て込む数値を導き出し、非平衡モデルの計算の解析精度と信頼性をより高める。「この実験計測と計算結果の精度を相互補完的に確保することで、大気圏突入時のカプセル周りの流れを正確に予測できる解析手法の確立に大きく前進できそうです」と実験の成果に期待を寄せる。
 カプセルの加熱率を正確に解析することで、設計時に耐熱用の素材を必要な箇所にだけ効率よく用いることができ、現状の高重量な防護材を適切に削減できる。その結果、ロケットに搭載する実験機材や人員を増やすことができ、打ち上げコストの軽減にもつながるというわけだ。
 また、非平衡モデルが完成した次のステップとしては、その成果を多くの人に利用してもらえる仕組みづくりをめざす。「例えば、カプセルの飛ばし方や経路など、様々なケースで『この場合はこれくらい加熱し、この程度の負荷がかかります』というのをマップにし、最終的には公表するところまでもっていければと考えています」と荻野先生。多様な物理過程を矛盾なく統合した非平衡の流体の解析手法は、近未来の宇宙開発において重要な意味をもち、その手法の確立と普及に期待が高まる。

※ 固定した模型のまわりに空気を流し、大気中を飛んでいる状態を模擬し、その模型に働く力やそのまわりの風の流れを計測する試験のこと。

様々な分野での工学応用が期待される非平衡流の理論

 大気圏突入に限らず、私たちの身近なところでも様々な局面で非平衡現象が見られる。プラズマもそのひとつだ。気体に熱や電気エネルギーを加えると気体の分子が解離して原子になり、さらに温度が上昇すると原子核のまわりを回っていた電子が原子から離れ、中性分子とプラスイオン、マイナスイオンが混在した非常に活性化した状態=プラズマとなる。
「例えば、放電を利用してプラスイオンとマイナスイオンを発生させる空気清浄機なども非平衡の理論がもととなっており、その他レーザーやマイクロ波などを使ったプラズマ生成は様々な分野で応用されています。新たな非平衡モデルを確立することでプラズマの流体運動をより正確に解くことができるので、プラズマが利用されている多くの先進的な応用技術にも適用可能となるわけです」
 また超高速気流の研究の一環として、極超音速の旅客機の研究にも取り組む。マッハ6で飛行し、日本とアメリカの西海岸の太平洋横断を2時間半で結ぶというもので、アメリカやオーストラリア、イギリスなどとの連携による国際的なプロジェクトとして研究が進められている。すでに無人飛行による実証実験も行われており、乱気流に入った際の揺れが一般的な飛行機よりも大きくなるので、「乱気流中でも安定的な飛行を保つ技術の確立」が実用化に向けてのポイントになるという。
「前職時代に、極超音速旅客機の同プロジェクトに参加し、テーマとして面白かったこともあって今も引き続き研究を進めています。また、プラズマ応用研究に取り組まれている内外の研究者との共同研究の話も水面下で進めています」と語る荻野先生。非平衡状態にある現象を明らかにする同分野の研究は、次代の航空宇宙開発はもとより、物理過程と工学応用を結びつける広範な分野を進展させる大きな鍵を握っている。

高校・大学で学んだ数学や物理の知識が面白いように生かされる⁉

 荻野先生が航空宇宙にまつわる今の研究に取り組み出したのは学部生時代。4年次の卒業論文の研究テーマを選ぶ際に、「大気圏突入」という言葉の並びがカッコいいといった理由で始めたのがきっかけだった。実際に大気圏突入カプセルまわりの超高速気流の解析を手がけていく中で、高校や大学で学ん できた数学や物理、化学といった知識がどんどん当てはまり、それがとにかく楽しかったという。
「それまでに習った数式や物理の法則を使うことで、目の前の謎が解けるといったことの連続で、本当にパズルのようにいろいろなものが当てはまっていくのが楽しかったですね。物理現象を学問で目に見えるカタチにして、解釈をつける面白さに魅せられた感じで、気がつけば数式を書き出して、何時間も経っているということもよくありました」と当時を振り返る。

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 そんな荻野先生に、研究の醍醐味を聞いてみると、「偉大な先人たちが踏み込めなかった領域に、最新の知見やテクノロジーを使って近づいていける喜び」という答えが返ってきた。また飛行機やカプセルの周囲の気流など、実際に起こっている物理現象に対して、方程式や実験といった"人間の知恵"をフル活用して迫っていく感じが、研究の面白さにつながっているという。
 極めて複雑な非平衡状態を統一的に理解する一般的な法則は、いまだに解明されていない。その複雑な現象の一つひとつを直接計算によって詳らかにしようとする荻野先生の研究は、ご本人が醍醐味と語るように「宇宙や世界の謎に人間の知恵で挑む」壮大で、魅惑的な取り組みといえるかもしれない。

掲載日:2023年6月/取材日:2022年3月