ゲームの新時代を切り拓く、 人工知能の「多様性」に迫る

竹内 聖悟TAKEUCHI Shogo

専門分野

ゲーム情報学

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AIが人間を超えるゲームの世界。対戦ではなく、協調が求められる時代へ。現代社会の新たなインフラとして急速な普及をみせる人工知能(AI)。将棋や囲碁の対戦でAIがプロに打ち勝つレベルにまで達していることは、多くの人が知るところだろう。ゲームはルールやゴールが明確で評価がしやすいことなどから、人工知能という研究分野が生まれた1950年代から、AIの技術をテストするための題材として広く利用されてきた。強いゲームAIを作成し、優れた知能システムの実現につなげる。そんな目標に向けて研究が進められてきた結果、現在ではチェス、将棋、囲碁などで人間より強いゲームAIが多数登場するようになった。AIがプロと肩を並べるところにまで到達した今、竹内講師は、ゲームAIの性能改善だけでなく、複数のゲームAIの「協調」によってもたらされる効果を追究するとともに、ゲームの世界で人間とAIが共存するための技術開発に挑んでいる。
複数のゲームAIの協調がもたらす効果を追究する

 人工知能の開発が世界的に盛り上がりを見せる中、将棋はその影響を大きく受けているゲームのひとつだ。国内では、2010年頃からコンピュータ将棋とプロ棋士との対局イベントが盛んに開催され、AIがプロ棋士に次々と勝利を収めたことが世間の注目を集めてきた。
 ゲーム情報学を専門とする竹内講師は、小学生の頃から将棋に親しみ、高校時代は将棋部で腕を鳴らした経歴をもつ。大学4 年生の頃、コンピュータ将棋への興味から、コンピュータ将棋の性能向上に関する研究を始め、東京大学大学院総合文化研究科の教員・学生によるゲームプログラミングセミナー(GPS)の一員として、「GPS将棋」と呼ばれるソフトウェア開発にも関わってきた。
「当時、将棋はコンピュータが人間より弱い時代。だからこそ、強いコンピュータ将棋をつくり、プロ棋士と対決して勝利する現場に立ち会いたいという目標が生まれました」
 その言葉の通り、GPS将棋は、世界コンピュータ将棋選手権で2009年、2012年に優勝。そして、2013年に開催された第2回将棋電王戦第五局では、A級八段のプロ棋士と対局して勝ちを収め、AIとしてA級プロ棋士に初めて勝利した。これによって、AIがプロと同等以上になったことを示したと同時に、「開発に関わったソフトウェアがプロ棋士に勝利する」という当初の目標を見事に達成した。
 AIがプロ棋士のレベルに達したことは、竹内講師にとって転機となった。そこから研究の方向を転換し、強いAIを作成して勝敗を競うだけでなく、複数のゲームAIが「協調」することで可能になることを見出し、単体のAIよりも効率的に処理を行うシステムの開発につなげようとしている。
 例えば、複数のゲームAIを利用する手法として、将棋では、複数のプログラムから指手を受け取り、最大多数の指手を選ぶ多数決合議がある。この手法は、同じ種類のプログラムにランダム性をもたせることで単体のプログラムよりも強くなるが、異なる種類のプログラム同士を組み合わせる方がさらに良い結果になることが知られている。しかし、弱いプログラムが過半数を占める場合、多数決で弱いプログラムの指手が選ばれてしまうことが課題だった。
 これに対して、竹内講師は、強弱に関わらず全プレイヤが一票をもつのではなく、強さなどに応じて票の重みを変えることで問題を回避する手法を提案。この"重み付き"合議の手法をとることで多数決よりも強くなることを示した。これは、複数のゲームAIをうまく利用することで、AIの性能改善につなげる手法を見出した一例といえる。

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助言の有効性を生かし、人間とAIが協調するシステムへ

「複数の強いゲームAIが手に入る時代だからこそ、人間にできてAIにできないこと、人間より強いAIがいるから可能になることを新たに見出したい」という竹内講師。人間にできてAIにできないことのひとつに「助言」がある。人間は助言によって棋力が向上すると言われているが、AIにも助言は有効なのだろうか。竹内講師は、この問いを解明しようと、あるゲームAIに他のゲームAIが助言を与える手法を考案し、多数決合議や単体のゲームAIとの対戦実験を行った。
 その結果、新たな手法が有意に勝ち越し、助言の有効性が明らかになった。さらに、どういう時に助言が有効なのか、助言者の強弱によって結果がどう異なるのかを調べた結果、強いプレイヤだけでなく、ある程度弱いプレイヤからの助言でも意味があるという知見も得られた。つまり、助言を受けることでゲームAIを強化する新たな手法を確立したといえよう。
 一方で、見方を変えると、助言となる指手の候補を与えることは、AIに限らず人間にもできる。また逆に、ゲームのあらゆる場面でAIが人間に適切な助言をすることも考えられるだろう。このように、竹内講師は助言というテーマを、AI同士だけでなく、「人間とAIが協調するシステム」へと発展させることも視野に入れているという。
「AIは人間より強くなった一方で、勘の良さやひらめきなど人間に及ばない部分は多い。お互いに協調できれば、新しいことができるんじゃないかという思いが根底にあります。例えば、ミスをしやすいという人間の欠点を補うために、AIによる見落としチェックを組み込むなど、問題ごとに適切に対応できる協調システムが必要だと考えています」

複数ゲームAIによる性能改善は多様性がキーワード

 これまでの多数決合議や助言に関する研究の結果から、複数のゲームAIを使う場合、似たもの同士よりも、強さにばらつきのあるゲームAIでチームを組む方が、性能改善に効果的であることがわかってきた。竹内講師は、複数のゲームAIに関して性能改善の鍵となる「多様性」に着目し、特に多様性が効果をもたらすといわれる多数決合議について、勝率と多様性の関係の解明にも乗り出している。ゲームAIにおける多様性は、世界的にも研究が進んでいない新しいテーマだという。
「ゲームで多様性が生かされるのは、複数のゲームAIを使う場合だけではありません。例えば、複数のプレイヤでトランプゲームを行った際、すべて同じ強さのプレイヤよりも強さにばらつきがある方が、ゲームの展開が楽しくなります。また、毎回同じゲーム展開になると飽きられるので、バラエティに富んだ対戦相手の存在は重要です。こうして見ると、ゲームにおいて多様性が利用できる場面はたくさんあるはずです」

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 古くから、ゲームはAIのテスト環境として利用されてきた実績があり、ゲームを題材とした研究を通して、AIは飛躍的に進歩してきた。「ゲームで実現できたことは、ゲームの枠にとどまらず、AI全体で活用できる成果になる」と竹内講師は考えているという。
「特に助言や多様性はゲームに限らず、幅広い分野に応用可能なアイデアだと自負しています。これからも、複数のゲームAIをより良く利用する方法を考え、研究成果を体系化することで、複数ゲームAIの利用に関する研究において、第一人者と呼ばれる立ち位置になりたいと思っています」

掲載日:2023年7月/取材日:2022年6月