政治現象を紐解く「科学的手法」 を構築し、政治学の発展に貢献したい

矢内 勇生YANAI Yuki

専門分野

比較政治学、政治経済学、計量分析

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「科学」としての政治学をめざして。社会の問題について意見を述べるとき、"数値的な裏付け"がなければ、多くの人々の納得を得ることは難しい。矢内准教授は、複雑な要因が絡み合う政治現象を数量データを用いて分析し、謎に包まれていた政治家や有権者の行動に一貫した法則性を見出すとともに、不確実な政治現象をより正確に読み解くため、統計学などを駆使した新たな分析手法を構築しようとしている。政治を数値化するというと、違和感を覚えるかもしれないが、現代の政治学では、政治現象を数値でとらえ、科学的な手法を用いて理論の妥当性を示すことが主流となっている。その一方で、日本の政治学では数量的な分析手法の普及が遅れているという。矢内准教授はこうした現状を打開しようと、日本において"科学"としての政治学を確立すべく、研究の枠を超えた活動を続けている。
民主制と独裁制の垣根を超えた選挙タイミングのメカニズムを解明

 矢内准教授が近年力を入れているのが、民主制において大きな意味をもつ「選挙タイミング」をテーマとした研究だ。日本には首相が選挙のタイミングを自由に選べる解散制度がある。自らに有利な条件で選挙のタイミングを操ることができるが、首相は一体どのような理由でタイミングを決定しているのだろうか。これについて、有権者は国の経済状況が良いときに与党を支持する傾向があることから、景気が良い時期に合わせて選挙を行う「政治的波乗り」を行うという説がある。
 一方、米国のように選挙のタイミングが固定されている大統領制の国々では、与党は政権を維持するために、選挙前に景気が良い状態になるように操作する「政治的景気循環」が起こると言われている。いずれにしても、民主制において選挙タイミングの持つ力は大きく、経済の状況や政策の実施に大きく影響すると言える。
「日本は民主国家の中で最も頻繁に選挙を行う特殊な国。戦後、任期満了による総選挙は一例しかありません。なぜ毎回任期満了を待たずに選挙を行うのか、首相がどんな計算を働かせているのか、波乗りすることで実際に与党に有利になっているのか、謎に包まれた部分を明らかにしたい」と語る。
 選挙タイミングについて、これまで民主制を対象にした研究は国内外で進められてきたが、矢内准教授らは、今回新たに独裁制の国々にまで研究対象を拡大。世界中の国々のデータを集め、分析することで、民主制と独裁制の垣根を超えた、選挙タイミングの包括的なメカニズムを解明しようとしている。
「体制が全く異なる民主制と独裁制は、別々に研究することが妥当であると思われてきましたが、近年は独裁国家でも形式上は選挙を行うことが主流になっています。民主制と独裁制を比較することで、新たな知見を見出せるのではないかという期待もあります」

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民主主義の危機にある今だからこそ、独裁制から学べることがある

 矢内准教授らは、まず民主制と独裁制の共通点や相違点を見出すために、独裁制の選挙タイミングはどのような理由で決定されるのかを探ることにした。
 民主制と独裁制では選挙のあり方は大きく異なる。民主制の選挙は政権交代を引き起こす可能性があるが、独裁制の選挙はそれほど競争的ではなく、大規模な大衆動員を行い、体制の強さをアピールする道具として利用されることが多い。このことから、ひとつ目の仮説として、独裁者は体制内のエリートの裏切りを抑止するため、「経済危機時に選挙を利用するのではないか」と考えた。
 また、独裁制では独裁者が自らの強さを示すために選挙が利用されることから、政党単位で行う議会選挙より、「候補者中心の選挙である大統領選挙の方が、自身の強さを示すのに効果的であり、タイミングがより操作されやすいのではないか」というふたつ目の仮説を立てた。
 これらの仮説を検証するため、94の独裁国家を対象に、1945年から2014年の間で、選挙がもともと予定されていた日付と実際に選挙が行われた日付をすべて収集。そのデータを用いて分析した結果、独裁制では、議会選挙だけでなく、大統領選挙のタイミングも独裁者によって操作されることが確認された。さらに、国の経済状況が悪いときに早期選挙を実施しやすいこと、議会選挙よりも大統領選挙の方が前倒しされやすいことも明らかになり、仮説通りの結果を得ることができた。
「選挙タイミングの研究では、原則として任期が固定されている大統領制のタイミングは対象外とされてきましたが、独裁制まで分析対象を広げると、大統領制でも選挙タイミングの変更が珍しくないことが明らかになりました。また、民主制では景気の良い時期に選挙が起こりやすいと考えられてきましたが、独裁制では経済危機時にあえて選挙を行うことで政権を維持しようとする傾向があるという、真逆の結果が得られたことは特筆すべき点だと言えるでしょう」
 今後は、新たに見出した民主制と独裁制の相違点を深掘りするとともに、選挙タイミングの変更による選挙結果や政治体制の変化、有権者の政府に対する信頼や評価におよぼす影響について、さらに分析を進めていく。
 今世界中の政治学者の間で、"民主主義は危機的な状況にある"との認識が広がっている。そんな時代だからこそ、民主制と独裁制を比較することの意義は大きいと強調する。
「民主制と独裁制の共通点と相違点を明らかにすることで、民主制の隠された問題点や新たな改善点を見出せるのではないか。民主主義のより良い形を模索するうえで、独裁制から学べることがあるかもしれないと考えています」

政治学者同士のつながりを通して、日本の政治学のあり方を変える

 政治学は英語で"Political Science"という。その名の通り、矢内准教授がめざすのは、"科学"としての政治学だ。現代の政治学では、数量データを用いた科学的な手法によって政治現象を分析する研究が世界的な潮流となっているが、日本の政治学では数量的な分析手法の普及が遅れている。この状況に危機感を抱いた矢内准教授は、科学としての政治学を日本に根付かせようと、様々な研究や活動を行ってきた。
 そのひとつが、日本の選挙研究の成果を集約し、知識を蓄積・共有するための新たなデータベースの構築だ。
「政治学が科学であるためには、誰がどこで分析しても同じ分析結果が再生される必要があります。それには、研究に関わるデータが整理されていることが不可欠です。このデータベースを新たな研究の発展はもちろん、科学としての政治学を確立するための基盤づくりにつなげたいと思っています」
 また政治学が科学であるためには、気軽に共同研究できる土壌づくりが重要だという思いから、国内外の政治学者との共同研究を自ら積極的に行うほか、政治学者の仲間とともに、国政選挙ごとに結果を詳細に分析し、選挙翌日にすべてのデータを無料で公開するなど研究外の活動にも取り組んでいる。こうした活動を通して、個人で研究することが主流である日本の政治学のあり方を根底から変えようとしているのだ。

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「例えば、水道の蛇口を捻ればきれいな水が出る、近隣の道路が整備される。そんな生活のあらゆるところに影響をおよぼす政治の仕組みを理解することは、自分たちの生活の基盤を知ることでもあります。誰もが避けては通れない政治の重要性を広く伝えていくためにも、科学としての政治学を日本に浸透させ、政治学の発展に貢献していきます」

掲載日:2023年6月/取材日:2021年11月