多様性に満ちた有機材料で、超省エネルギーなフォトニクスを追究

林 正太郎HAYASHI Shotaro

専門分野

結晶工学、高分子科学、有機合成、有機材料化学

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ゴムやプラスチック製品、塗料、洋服など、私たちの生活の至るところで使われている高分子。分子量が1万以上であることから、非常に大きな分子の総称としてポリマーとも呼ばれている。林正太郎准教授は、特異な電子・光物性を示すことから有機エレクトロニクス材料として用いられている「π共役系分子」を中心とした有機・高分子合成、分子集合化学によって、機械的加工性に優れた"高分子を超える新材料"の創製をめざしている。
2016年には、π共役系分子の独自設計・合成戦略により、常識ではあり得ない"柔軟性をもつ単結晶"の創製に成功。世界に先駆けて開発手法を発表し、有機材料化学に新たなイノベーションをもたらした。「材料としてのポテンシャルが大きいπ共役系分子による創製を実現したことに意味がある」という林准教授。現在、大きな可能性を秘めた「柔軟性分子結晶」のフォトニクスへの応用展開を精力的に進めている。
発光機能の発現が応用展開のきっかけに

 光物性、電気伝導性、磁性など多様な機能をもつ分子結晶は、次世代のフォトニクス・エレクトロニクスを実現するキーマテリアルだ。しかし、分子結晶は分子が集まった稠密ちゅうみつかつ異方性の構造のため、高性能化が期待できるが、柔軟性がないことから脆く壊れやすい。柔らかい結晶を自在に設計することができれば、材料分野に新しい風を送り込むことができるのではないか。そう考えた林准教授は、分子結晶の中でも特に機能性に優れたπ共役系分子を用いて分子構造から結晶設計を行い、稠密性・異方性・柔軟性をもつ「柔軟性分子結晶」を創製。さらに、この結晶が自ら発光する性質をもち、屈曲によって発光変化が起こることも見出した。
「当初は、この柔軟性分子結晶を電子の流れをコントロールするトランジスタに使えたら面白いだろうと考えていました。ところが、研究を進めるうちに、柔軟性に加え、変形によって発光が変化するという機能が現れたのです。そこから、新しい応用展開を考え始めるようになりました」
 林准教授にとって、これらの発見はまさに好機到来。柔軟性分子結晶の弾性変形機能と発光特性を生かし、フレキシブルな光導波路や光共振器への応用に目下力を注いでいる。

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柔軟性分子結晶の光輸送機能を大幅に向上

 小型の光通信デバイスを実現するためには、導波路自体の発光を利用することから光源との接触と角度調整が不要な「自発光型」の光導波路の開発が重要だ。しかし、従来の自発光型は柔軟性や強度に乏しいうえ、物質の光吸収帯と発光帯が重なる際に、発光を自ら吸収してしまうため、光輸送効率が低いことが課題だった。
 これに対して、林准教授らは、柔軟性分子結晶を用いることで、柔軟で高効率な自発光型光導波路の開発をめざしてきた。「光の輸送効率をいかに高めるか、その方策を考えた末に行き着いたのが、"異物を入れる"ことでした」。その発想のもと、柔軟性分子結晶に異なる発光性分子を1~5%の割合で添加したところ、分子間でエネルギー移動が起こり、その結果、導波光の自己吸収が大きく抑制され、従来の結晶と比べて15倍以上に光輸送機能が向上することが明らかになった。この成果により、これまで困難だった自発型光導波システムが確立に向けて大きく前進するとともに、より効率的な光通信デバイスの実現に向けた具体的な開発の進展が期待されている。

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有機結晶や高分子結晶で多様な形の光共振器を開発

 光は一旦放出されると拡散する性質をもち、光を自在に制御するためには微小領域へいかに強く閉じ込めるかが重要になる。光を一定時間閉じ込められる構造をもつ超小型の「光共振器」は、閉じ込めた光で信号処理を行うことから省エネルギー化を可能にする機器として、レーザー発振をはじめとした、様々なデバイスに応用されている。林准教授らは、柔軟性分子結晶を用いて高性能で極微小な光共振器の開発にも取り組んでいる。
 入射した光を空間内に閉じ込め、内部で往復・周回させることで信号増幅し、特定の定常波を生じて特徴的な光が放出される。これが光共振器の原理だ。光共振器には様々な種類があるが、最も代表的なものが、平行に設置した2枚の鏡の間を光が往復することで共振させるファブリ・ペローモード共振器だ。多数の分子の規則正しい配列からなる分子結晶は平行の形をとりやすい。そこで、様々な柔軟性分子結晶を試作し、結晶の湾曲変形による蛍光スペクトルの変化を測定した結果、共振モードに由来するパターンを発見。柔軟性分子結晶によるファブリ・ペローモード共振器の開発に成功した。
 このほか、柔軟性分子結晶をリング状に加工することで、閉じ込めた光が全反射しながらループし続けるリング共振器も作製するなど、柔軟性を生かした多様な形状の光共振器の開発が進められている。
 さらには、シリカで合成した5μほどの極微小な球体に発光性の高分子溶液を塗布するだけの簡便な調整により、発光性をもつ有機無機ハイブリッド球体を創製。これに光を照射して閉じ込め、蛍光スペクトルの変化を測定した結果、周期的に鋭い発光バンドが現れ、球体内部で光共振が生じていることを見出した。つまり、この球体が、リング共振器の一種であるWhispering Gallery Mode(WGM)共振器になることを示したといえる。

「WGMとは、光が円形の壁に沿って周回するモードのこと。例えば、大きな円形ドームの中で声を出すと、音の波が壁を伝って反対側にいる人にまで聞こえます。この現象と同じ原理であるWGMモードは、光が球体の表面付近を周回し強く共振するので、発振する光は鋭くなり、光出力の向上や光検出の高感度化につながると期待されています」
 林准教授はこの発光性有機無機ハイブリッド球体を様々な基盤に塗布し、大面積化することで、応用範囲は大きく広がると考えている。
「この球体から発振されるコヒーレント光源を用いることで、高出力の小型RGB光源が実現できるので、レーザディスプレイや光ディスク装置などへの応用が考えられます。さらに高精度な化学センサーとしての展開も大いに期待できます。いま私が考えているのは、iPhoneのチップにこの球体を多数集積し、人の呼気から健康を判断するセンサーを実現できないかということ。簡便な製造方法によりポテンシャルを秘めた新しい材料シーズの誕生といえるでしょう」

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科学の枠を超えた新学術領域の確立をめざす

 共振器は、レーザー発振器の重要な構成要素としても用いられている。林准教授は「光共振器の研究開発を、レーザーの展開にまで発展させたい」との思いもあるという。
「レーザー光は直進して進み、減衰しにくいことから、遠方から情報を伝えるレーザー通信として利用されています。極微小な光共振器を集積して大面積化することで、容易にエネルギーを活用できない宇宙空間で太陽光を一箇所に集めて、地上への信号送信に使えるようなレーザー発振器の開発をめざしたいと思っています」
 また現在、主に使われている無機系のレーザー媒体を有機系に変えることができれば、コストやエネルギーの面で非常に有利になる。
「弱い光をたくさん集めてレーザー光に変換する、超省エネルギーなレーザー発振器の開発を、有機物を使って行うところに将来性を感じています。というのも、有機物は無機物に比べて構造に多様性がある一方で、これまで応用科学で使われるのは単一の分子のみにとどまっていました。ところが近年、有機化学と物理学の融合が進みつつあり、多様性を生かせる土壌が整ってきたのです。そこに、我々がアクセスすることで、新しい材料が生まれる可能性は大いに高まると思っています」
 このような機運もあり、最近は応用物理学会やレーザー学会にも参加し、積極的に他分野との交流を図るよう努めているそうだ。
 またそれ以前から、林准教授の研究室では、発現させたい機能から分子の構造を設計して合成し、多くの分子が配列した結晶構造の設計方法を考え、現れた特性を評価するだけでなく、自ら開発した材料を用いた応用までも一気通貫で行ってきた。分野を横断した研究スタイルを貫く林准教授の研究室からは、ここ数年の間に画期的な研究成果が続々と発表されており、その多くが国内外の学術誌などで取り上げられるなど注目を集めている。このような躍進の原動力はどこにあるのだろうか。

「私が分野を横断して研究してきたのは、"ただ楽しいから"なんです。ある新しい物質をつくったときにそこで満足せず、その物質をあらゆる角度から見て、未知のことをどんどん追究していく、それこそが研究のモチベーションになっています。高知工科大学は、研究において他分野と交流しやすく、分野横断型の共同研究がしやすい土壌があります。そんな研究環境は、自分にとって確実にプラスになっていると思います」
 林准教授が研究人生をかけた最大の目標は、分子の設計からデバイスの応用開発へとつなげていく道筋を体系的にまとめ、材料科学の枠を超えた新しい学術領域を確立すること。今後も斬新な発想力と着実な実践力で、その実現へと突き進んでいく。

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掲載日:2023年12月/取材日:2023年10月