市場や文化との相互作用から、 消費行動を読み解く

朝岡 孝平ASAOKA Kohei

専門分野

消費文化、消費者行動、マーケティング

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消費文化現象が生まれるメカニズムを解明。私たち消費者は、ある製品を購入する際、知らず知らずのうちにそれが属している「カテゴリー」を起点として選択を行っている。携帯電話は「スマートフォン」「ガラケー」、車は「ハイブ リッドカー」「SUV」「ミニバン」などがカテゴリーの一例だ。世の中で"分類"されているのは、何も製品だけに限らない。音楽、映画、料理など、私たちを取り巻くあらゆるものにジャンルが存在し、分類に至るプロセスには、文化と慣習が 密接に結びついている。マーケティング分野において気鋭の研究領域である「消費文化理論」を専門とする朝岡孝平講師は、消費が形づくる文化的現象にフォーカスし、それらが生じるメカニズムを解明しようとしている。
気鋭の研究領域、「消費文化理論」とは

「消費文化理論(Consumer Culture Theory)」とは、モノやサービスにまつわる文化的側面をもつ消費者の行為と、それに関わる現象について、それらが生じるメカニズムを明らかにして理論化しようとする研究領域だ。消費者行動論の領域のひとつとして、2005年に米国の研究者によって名付けられ、2010年、朝岡講師の恩師である一橋大学の松井 剛教授によって日本で初めて紹介された、歴史の浅い学問分野といえる。
 例えば、近年、日本でハロウインを祝う文化が浸透し、仮装した若者たちが集まり大騒ぎするという現象が生まれている。これも、心理学だけでは解明できない市場や文化を背景にした消費者行動のひとつだ。
「消費者行動論の中で、心理学的要因に還元できない消費者の行動について、各種メディアやインタビューなどの定性的な情報をもとに、市場や文化との相互作用にフォーカスし、理解しようとするところが消費文化理論の特徴です」
 消費文化理論が日本で動き出す黎明期から、いち早く研究に取り組んできた朝岡講師。新しい研究領域に自ら足を踏み入れたのはなぜだろう。
「もともと音楽が好きで、バンド活動をしていましたし、漫画やゲームなどのカルチャー全般に興味がありました。マーケティング分野の中でも、自分の好きな"カルチャー"をテーマとして扱えることに面白みを感じたんです」
 朝岡講師が博士課程入学後の2015年から現在も研究を続けているテーマが、「渋谷系」音楽だ。渋谷系は、日本で1990年代に流行した音楽ジャンルであり、代表的なミュージシャンとしてピチカートファイブ、オリジナルラブ、フリッパーズギターなどが挙げられる。音楽好きの朝岡講師が渋谷系をテーマに選んだのは、「ひとつの音楽ジャンルがどのようにして形成されるのか」という素朴な疑問が発端だった。
「私たちが日常的に使っているモノの分類やカテゴリーは、文化や社会に依存しています。例えば、スマートフォンが市場に投入された時、従来の携帯電話は"ガラケー"と呼ばれるようになり、携帯電話に二つの分類が生み出されました。ならば、音楽ジャンルは社会や文化の中でどのように生み出されるのだろうか、という疑問が浮かんできたのです」

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カテゴリーは消費者の「場」から生まれる

 朝岡講師は、まず先行研究を整理する中で、新たなカテゴリーのアイデアがいかにして生まれ、いかにして世の中に広まり、そのようなカテゴリーの使用がいかにして衰退していくのか、という3つの視点が未解明であると考えた。そこから、渋谷系の形成~普及~衰退のプロセスを、渋谷系という言葉に基づいて行われたコミュニケーションとその社会・歴史的文脈に注目して分析を行った。分析に使用したのは、1000件近くの雑誌記事を中心に、100件の新聞記事、渋谷系と呼ばれることになる音楽の場に関わっていた関係者やファンに対して自ら行ったインタビューなど、膨大なデータだ。
 様々なデータを見ていく中で、渋谷系という言葉が登場する以前に、のちに渋谷系と呼ばれるミュージシャンを好んでいた人たちが集まるコミュニティがあり、東京のレコード店やクラブなどの場を通して、彼らが独自の趣味や価値観を構築していったことを突き止めた。
 そして、このコミュニティで生まれた共通認識が世の中に広まる発端となったのは、HMV渋谷店の邦楽担当スタッフがそのコミュニティに自ら入り、そこに集まる人々の視点を把握したうえで、渋谷系と呼ばれるようになる音楽を集めた売り場をつくったことだ。1993年、「この独自の売り場にまとめられた音楽の売上が、全国チャートの動きとは全く異なる」ことにメディアが注目。渋谷系という言葉を用いて取り上げるようになったことから、新しい音楽ジャンルとして広く認識されるようになったことを示した。
 さらに90年代後半、渋谷系が衰退していったのは、渋谷系という言葉が渋谷の街で起こる現象を指す文脈で用いられるようになり、音楽ジャンルとしての影響力が低下したことが要因であると指摘した。
「これまで経営学や社会学のカテゴリー研究は、企業が作り出す"新製品ありき"のテーマがメインでした。これに対して、『企業が新製品の投入をしなくても、カテゴリーが生まれることはあるんじゃないか』という思いをずっと抱いていました。そして渋谷系をテーマに研究を進めた結果、一定の価値観に基づいた分類が出現することによってもカテゴリーが生まれること、また、新たなカテゴリーのアイデアが消費者のコミュニティの中で生まれる可能性についても明らかにすることができました」
 この研究で紐解いてきた市場カテゴリーのダイナミクスは、企業のマーケティング活動に示唆を与えるものとなりそうだ。 「渋谷系の代表例だったミュージシャンは、邦楽のカテゴリーではあまり目立っていなかったものの、渋谷系の視点から見ると、そのカテゴリの代表として存在感が際立っていました。つまり、既存の市場ではシェアの高くない製品でも、世間の注目を集めるために、その製品がトップになれるカテゴリーを生み出すという方法もある。この新たな視点を示したことは、ひとつの成果といえると思います」

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SNS時代に求められる消費文化理論の知見

 渋谷系音楽は衰退の一途を辿ったものの、2000年代以降、再びメディアに取り上げられるようになり、近年、音楽ジャンル名として使用されることが増えてきている。このように衰退したカテゴリーが再出現し、存続するのはなぜなのか。さらなる分析の結果、渋谷系は 「90年代」という時代と結びついたカテゴリーとして再出現していること、渋谷系という過去の現象を解釈するために「現在の文化に影響を与えた」「意味が曖昧な言葉である」という2つの枠組みが用いられた点が 大きく影響を与えていることを見出し、こうした現象が生じるメカニズムを明らかにした。
 ここまで、渋谷系音楽を追究してきた朝岡講師だが、渋谷系研究の論点はまだまだ尽きることがないようだ。 「現代はブログやSNSでも渋谷系に関する語りがたくさん存在しています。それらのテキストを収集し、現代では渋谷系という概念がいかにとらえられているのか、また、消費者のリアルな声がカテゴリー存続の一翼を担っているのかを探っていきたいと思っています」
 近年、企業のマーケティング活動における炎上問題が度々メディアで取り沙汰されている。これは消費者の"文脈"を理解していないことが一因といえる。企業と消費者のコミュニケーションが重視される時代に、理論的レンズを通して消費者の文脈を観察し、理解する消費文化理論から生まれる知見は、企業の現場からますます求められるだろう。
「消費者行動をより広範囲から深く理解するためには、心理学的・計量経済学的なアプローチと補完し合うことが重要です。今後は分野を融合して様々なテーマに取り組み、実務に貢献できるような成果を生み出していきたいですね」
 朝岡講師は、消費文化理論の未来を担う若手研究者として、消費者の文脈を読み解く手法を日本に根付かせるべく、自らの研究と、研究領域の発展に向けた取り組みの両面から研究活動を展開していく。

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掲載日:2024年1月/取材日:2023年11月