光・量子を活用した「産学官共創社会実装拠点」の構築をめざして

池上 浩IKENOUE Hiroshi

専門分野

光・量子、レーザー、半導体、ナノ材料、AI、社会実装

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レーザー光は、1960年の誕生以来、産業の発展に欠かせない技術として、プレゼンで使うレーザーポインター、ブルーレイやDVDレコーダー、眼の手術のひとつであるレーシック手術など、あらゆる分野に応用されている。レーザーとは、光を増幅させて放射する仕組みを指し、広範囲に広がる通常の光とは違い、まっすぐにピンポイントで照射できることが特徴だ。
本学・総合研究所の池上浩特任教授は、国内におけるレーザーを利用した産業応用の黎明期から、様々なレーザーによる物質処理技術の研究開発に取り組んできた、レーザープロセシング分野のスペシャリストだ。近年は、企業との連携を通して、研究成果を社会実装に結びつける活動に力を注いでいる。
材料の価値を高めるレーザーの可能性に魅せられて

 学生時代は物理学を専門とし、コンピュータ上で理論のシミュレーションに励んでいたという池上特任教授。その当時、表面化学の分野でノーベル賞を受賞した画期的な技術が実用化され、表面の電子状態をつぶさに観察できる顕微鏡が登場した。そのことを知った池上特任教授は、「この顕微鏡を使えば、苦労して計算しなくても一瞬で電子の動きが見える」ことに衝撃を受け、大学院では一転、表面科学の研究に取り組んだ。博士課程修了後は株式会社東芝に入社し、レーザーを用いた半導体デバイスの製造技術の開発を担い、半導体製造における様々なプロセスに携わった。
「レーザープロセスは、材料の表面に瞬時的かつ局所的に非常に高い熱を与えることで、従来の熱処理技術では成し得ない新たな物性を引き出し、材料の価値を高めることが可能になります。東芝でレーザーを研究し始めた当初、レーザーは夢の光だと思いました」
 レーザーの可能性に魅せられた池上特任教授は、その後、地元の高知に戻り、高知工業高等専門学校の准教授として教育に携わるようになってからも、東芝時代に共同研究を行っていた企業の協力を得て、研究活動を継続してきた。「自分のシーズを大切に育てるというよりも、それらをコアにして、様々な人や企業と連携しながら産学連携中心の研究活動を一貫して行ってきました」と自らの研究スタイルについて語る。

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CES構造における柱脚部の構造性能を初めて明らかに

 池上特任教授の研究人生においてひとつの転機となったのが、2019年、これまでの実績と経験から東京大学より声がかかり、当時所属していた九州大学のメンバーの一人として、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「光量子を活用したSociety5.0実現化技術」に参画したことだった。仮想空間と現実空間を高度に融合させたサイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System、以下CPS)により、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会であるSociety5.0。日本政府が提唱したこの社会構想の実現を加速させるために、国家プロジェクトとして展開されてきたのがこのプログラムだ。
 日本の産業のうち、特に国際競争が激化し、DX化や脱炭素化への対応など取り組むべき課題が山積しているのが、「ものづくり大国」日本が誇る製造業だ。SIPでは、製造業の産業競争力を強化するために欠かせないCPSの基盤を構築するうえで、ボトルネックとなっている要素技術の確立をめざし、日本の強みである「レーザー加工」「光・量子通信」「光電子情報処理」の3つの技術的課題に挑んできた。そのうち、池上特任教授らは、レーザー加工において需要が高まる半導体材料のレーザー改質プロセスのCPS化に取り組んだ。
「複雑な物理現象を伴うレーザー加工は、数ある製造技術の中でCPS化が最も困難とされています。そのため、レーザー加工にCPSを導入し、メリットをもたらすことを実証できれば、他の製造技術への波及効果は大きく、多くの技術分野でスマート製造が可能であることを証明できるのです」
 半導体デバイスは、製作~機能測定~品質評価という一連の開発工程に通常2週間もの期間を要する。このプロセスにAIを導入し、レーザーによる材料改質加工後に光学顕微鏡で観察した像を収集、それらをAIに学習させて解析することで、Si薄膜トランジスタの品質推定を瞬時に行うことが可能となった。これにより、開発にかかるリードタイムを9割削減できることを実証し、製造業におけるAIの新たな活用方法を示した。

 さらに2021年より半導体産業の発展に向けて、九州大学を中心に、CPS化を推進するための拠点形成にも取り組み、国内外の半導体関連企業や大学、研究機関との連携を実現。CPS型製造技術の社会への波及を加速するための課題を抽出し、解決策を包括的に提示する拠点の形成に尽力した。日本の製造業の競争力強化に向けた社会実装をめざす準備を整えたとも言えよう。

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高知工科大発「フラウンホーファーモデル」の構築へ

 SIPプロジェクトへの参画を通して、「研究シーズを社会実装につなげることの難しさを改めて痛感した」という池上特任教授。2023年4月、再び高知に戻り、これらのプロジェクトで培った経験やネットワークを自らの財産として、本学を拠点に光・量子を活用した「産学官の共創による社会実装拠点」の構築をめざす新たな活動を展開している。
「本学には半導体分野で著名な先生が多く、研究環境も整っており、特に酸化物半導体の研究実績と研究環境は、世界トップクラスを誇ります。このような本学の研究資源を活かすことで、これまで九州大学や東京大学と共同で行ってきた拠点づくりをさらに加速させていきたいと思っています」
 これまで日本には、製造業の競争力強化に寄与する可能性を秘めているが、事業化に至らない技術開発の成果が数多く存在した。こうした状況が生まれる要因は、大学・研究機関がやりたい研究と企業側のニーズをつなぐ橋渡し役がいないことにある。このような研究成果の社会実装を阻む「ダーウィンの海」を渡り切るため、大学や研究機関と多様な課題を抱える企業をつなげて、橋渡しするエコシステムを形成しようとしている。
 この取り組みにおいて、池上特任教授が目標としているのが、産学の橋渡しを行う公的な応用研究機関であり、ドイツのイノベーション・エコシステムとして機能している「フラウンホーファー研究機構」だ。同研究機構はドイツ国内の中堅中小企業に対してきめ細かな研究開発サービスを提供することにより、「世界的なグローバル・ニッチ企業」に成長するための技術的基盤となっているほか、大企業との新製品開発においても重要な役割を果たしている。

 池上特任教授は、フラウンホーファー研究機構にならい、ダーウィンの海を越えるための拠点づくりを行ううえで、3つの基本方針を掲げた。1つ目が、ユーザー、システム化(装置メーカー)、要素技術(サプライヤー企業)が連携し、ネットワーク全体で価値のある商品やサービスを提供するエコシステムを構築すること、2つ目が、資金調達のうち民間企業からの資金獲得を重視すること、3つ目は、新技術の育成において、企業、大学、研究機関がオープンイノベーションを推進すること。各分野の企業とコミュニケーションを図りながら、本学の研究シーズと企業のニーズをマッチングし、新たな社会実装を創出する活動を進める中で、早くも複数の開発テーマが動き出しているという。
「株式会社デンケン(大分県由布市)から、『レーザー加工機を用いた新事業を立ち上げたい』との要望を受け、レーザー光源メーカーや光学素子メーカーなどのサプライヤー企業と連携し、新規ニーズの開拓をしながら新たなものづくりをスタートしています。また、レーザー光源メーカーの精電舎電子工業株式会社(東京都荒川区)やランプメーカーの岩崎電気株式会社(東京都中央区)の技術と本学の研究シーズを組み合わせた新しいテーマの創出も進めています。さらには、株式会社タマリ工業(愛知県西尾市)、九州大学と連携し、電気自動車のモーターの小型化に向けて高品質な溶接を行うために、AIを搭載したレーザー溶接機の開発にも取り組んでいます。このように、拠点構築の活動を通して様々な研究課題に取り組み、半導体分野で本学ならではの特色や強みを打ち出していきたいと思っています」

 また現在、高知県の食品関連企業と共同で、光を用いた発酵制御の研究開発も進めており、「半導体分野以外にも産業応用を展開していきたい」との思いも強くしている。

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レーザー分野で大学と企業の「橋渡し役」を担う先駆者として

 池上特任教授は、レーザー産業の現状をどのようにとらえ、どのようなスタンス、思いでこの取り組みを主導しているのだろうか。

「近年、レーザーの高出力化が急速に進み、私がレーザーに携わり始めた25年前と比べて性能が1000倍も向上したレーザー発振器が登場するなど、産業応用の基盤が整ってきました。レーザー産業の成長率は右肩上がりで伸長し、産業応用において非常に価値ある分野へと変化しつつあります。そんな状況にある今、レーザー分野の研究成果を社会実装へと導く橋渡し役の重要性はますます高まっています。そこで、まずは私がその役目を担い、実践してみることで、できることを実証し、"ダーウィンの海を越える"ことのメリットを広く知ってもらいたいのです。そして、こういう仕事もやり方も楽しい、ということを大学や研究機関の研究者の方々に伝えていきたいと思っています」
 この取り組みの中で、本学の研究シーズと企業をマッチングし、企業から技術相談を受け、必要に応じて研究開発も担うなど、いくつもの役割を果たす池上特任教授。発する言葉の端々からは、この活動にかける並々ならぬ思いが感じられる。そして最後に、将来の展望について、こう語ってくれた。
「この先、日本が『ものづくり大国』を維持するためにも、ドイツのフラウンホーファーのような役割を担う機関は絶対に必要だと思っています。この活動を通して、自分が成功事例を示すことで何らかのブレイクスルーを生み、国を動かして、高知工科大学発のフラウンホーファー型の拠点構築を実現したいと思います」

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掲載日:2023年12月/取材日:2023年10月