プラズマ照射水の反応プロセスを解明する 世界初の超高精度な測定技術

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八田 章光HATTA Akimitsu

専門分野

プラズマ理工学、電気電子材料 、エネルギー環境教育

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あらゆる先端分野の可能性を拓くプラズマ

 固体、液体、気体に続く物質の第4の状態といわれる「プラズマ」。幅広い産業でその応用が研究され、プラズマテレビや空気清浄機など身の回りの製品に使われる一方、いまだ多くの謎に包まれている。八田教授はこのプラズマをあらゆる角度から研究してきたプラズマ応用研究のエキスパートだ。
「今やっている研究は、環境にやさしい無水銀の光源開発をはじめ、カーボンナノチューブといったナノメートルサイズの半導体デバイスや超高性能な材料として期待される人工ダイヤモンドの製造、そしてプラズマの医療への応用など、ジャンルはさまざま。これほど世の中のいろいろな分野のお役に立てるところが、プラズマの魅力なんです」
 今から約70年前、プラズマによって核融合という人工太陽を地上につくる研究が始まった。実現すれば、今後のエネルギー問題を劇的に解決できる夢の技術。八田教授は、大学時代このテーマに取り組む研究室に所属し、人類の未来のエネルギー源となり得るプラズマの研究にのめり込んだ。
「核融合というテーマがなければ、プラズマの研究はここまで盛んになっていないだろうと思います。これをエネルギー源とするために長い紆余曲折があり、その過程でリニアモーターカーに使われている超電導材料など、さまざまな派生技術が生まれてきたのです」
 プラズマ研究の進歩とともに、八田教授のプラズマ研究の幅もどんどん広がっていった。

未開のフィールドにこそあえて踏み込む価値がある

 今成果をあげているのが、高知大学医学部と共同で行っているプラズマ医療に関する研究だ。約10年前に、大気中でプラズマを生成できる技術が開発されたことで、プラズマを人間や植物に照射する研究が進み、先端医療への応用の可能性が示されてきた。中でもプラズマの照射によって、がん細胞だけが選択的に死滅するという発見は、がん治療の新技術として注目を集めている。
 「なぜそのような現象が起こるのかは、まだよくわかっていません。そこを分析するのが我々プラズマ研究者の大きな役割なんです」
 人間の体の大部分は水。そのため水にプラズマが照射された時に、どんな物質がどのように発生して変化していくのか、またどのように水中に溶解し、細胞に輸送されるのかといったメカニズムの解明が重要になる。
 「それには、プラズマを水中に照射した時に生成される過酸化水素や亜硝酸、硝酸といった酸素系窒素系の活性種を正確に測定することが先決です。でも実際にやってみると想像以上に複雑で、長く実現には至っていませんでした」
 なぜそれほど難しいのだろうか。八田教授は未開の部分にあえて踏み込み、その要因を探った。そして水中にプラズマを照射すると、波長190〜200nmの真空紫外域で吸収スペクトルが複雑な挙動を示すことを見出し、生成される酸素系窒素系活性種の濃度変化と同時に水中の溶存酸素濃度が変化し、それに起因して吸収スペクトルも変化していることを突き止めた。波長200nm以下では酸素による光の吸収はよく知られているが、これによって気体中だけでなく水中の溶存酸素についても考慮が必要であることが明らかになった。
 そこで八田教授は生成される酸素系窒素系活性種を、真空紫外域まで拡張した吸収分光法によって測定することを着想。水中の溶存酸素によるスペクトルの変化を考慮しながら、高い精度で測定することに成功し、新技術として確立した。
 「プラズマを水面上に照射した時に生成される化学種の種類や溶存量を、PPMレベルまでリアルタイムに分析できる技術はこれが世界で初めて。"正確に測ること"は、プラズマ照射水が生体に及ぼす影響とメカニズムの解明に大いに役に立ちます」
 現在はプラズマを水に直接照射した場合と、人工皮膚を通して照射する場合で、どのような違いが生じるのかについて、サウスオーストラリア大学と共同で実験・分析を進めている。こうしたデータを蓄積することで、プラズマ医療の実用化に向けた重要な知見が期待される。
 「よくわからないものは触らないという人は多いですが、僕はそういうのが嫌いなんです。わからないことは何とかわかろうとしないと、本当の進歩はない。疑問を解決するために一つひとつ実験を重ねて、とことん理解を深めることが好きな性分でして。特別なアイデアはないですが、真面目に納得するまでやるということですね」
 水中におけるプラズマの応用研究として、八田教授がもう一つ力を入れているのが、海水中でのマイクロプラズマの生成と発光分光測定技術の開発だ。
 「今世界的に深海に存在する海洋資源が注目されていて、海水中で有用物質の化学成分を連続的に分析する技術が求められています。そこで僕たちは深海でもプラズマを生成してスペクトル分析することで、海水中に存在する物質の元素組成を測定できるかもしれないと考えました」
 極細の放電電極を用いて海水中にマイクロプラズマを生成し、放電によって発生した光を集光レンズで集めて分光器で測定。その結果、この方法で海水中でも鮮明なスペクトルが得られることがわかってきたという。今後は深海で同様の実験を行い、実用可能な測定技術をめざしていく。

知的好奇心を刺激し続けるプラズマの世界

 プラズマはエネルギー問題に端を発して発展した研究分野。八田教授もエネルギー問題に大きな関心を寄せ、長きにわたり地域の小中学校と連携してエネルギー環境教育を行ってきた。「実験教材として、学生たちと一緒につくった自転車人力発電機は、世界最高性能です」と胸を張り、その力の入れ具合は半端ではない。研究から教育に至るまで、プラズマの世界を変幻自在に渡り歩いてきた八田教授。プラズマのおもしろさはどういうところだろう。
 「プラズマって猫みたいな性格をしていて素直じゃないんです。こうしたらこうなるだろうと想定して実験すると、大抵違うことが起こって、その度に新しい発見がある。知らないことがどんどん出てくるところがおもしろいですね」
 現在の秘かな野望は、お手頃な値段で人工ダイヤモンドを製造できる技術を開発すること。
 「長く人工ダイヤモンドの研究をやってきましたが、コストの問題がまだクリアできていません。ダイヤモンドは半導体として超高性能なので、質のよいものを安価に製造できれば、産業応用はひっぱりだこでしょう。いつの日かダイヤモンドの秘密工場をつくることが夢ですね(笑)」
 研究者の知的好奇心をどこまでも刺激し続けるプラズマ。その可能性はまだ見ぬ未知の領域にまで広がっている。

掲載日:2016年4月1日

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