酸化物半導体で実現するフレキシブルな透明エレクトロニクス

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古田 守FURUTA Mamoru

専門分野

半導体材料物性 、半導体プロセス・デバイス技術 、薄膜トランジスタ、フラットパネルディスプレイ

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次世代ディスプレイ向けの高性能薄膜トランジスタを開発

テレビやパソコン、スマートフォンなどに幅広く展開されている薄膜ディスプレイ。近年は高精細化が飛躍的に進んでいる。テレビのハイビジョン放送は、およそ200万個の画素から映像を映し出しているが、NHKが2020年までの普及を目標としているスーパーハイビジョン放送は、その16倍の画素数からなる。「超高精細で高い臨場感を再現できるということで、放送技術がここ5年ほどで大きく変わってきそうです」と古田教授は話す。

現在ほとんどの薄膜ディスプレイは、シリコンを材料とした薄膜トランジスタで画像表示を制御しているが、ディスプレイの超高精細化と大画面化の進展に伴い、ある問題が生じてきた。

「パソコンや携帯のディスプレイは、細かな画素と呼ばれるものがたくさん並んでいます。それぞれの画素の中に入っている極小のトランジスタが、画素の光らせ方を制御しているのですが、その材料であるシリコンはそろそろ限界だと言われているんです。というのも、シリコンは元素が規則的に並んだ結晶状態では高い性能を示しますが、元素の並びが乱れると途端に性能が落ちる。現状ではディスプレイのような大面積のものを結晶のシリコンでつくる技術がなく、ランダムに並んだ非晶質のシリコンを使わざるを得ません。その場合、性能は結晶状態の1000分の1になります」

つまり、シリコンのトランジスタは性能維持と大面積展開の両立が難しく、より高性能な材料が求められている。そこで今注目されているのが、高い性能を保持したまま大面積基盤上に展開でき、非晶質のシリコンに比べて10倍以上の性能が出せると言われる酸化物半導体だ。古田教授は酸化物半導体を用いて、次世代ディスプレイ向けの薄膜トランジスタの研究を行ってきた。
古田教授の研究グループは、2005年、酸化亜鉛を材料とした酸化物半導体をトランジスタに用いた液晶ディスプレイの画像表示に世界で初めて成功し、世界的にも高く評価された。

「2006年、この成果をアメリカで開催されたディスプレイ分野の国際会議で発表しましたが、約500件の発表件数のうち、酸化物関係の発表は3件だけでした。ところが、今この分野は学会の発表数の半数を越えるまでになっています。学術界だけでなく、産業界にも非常に注目されている技術と言えるでしょう」

現在は当時の成果をさらに発展させ、材料の特性や信頼性などについて企業と共同研究を進めている。

「新たな材料を産業化するためには、材料の持つ特性はもちろん、信頼性や安全性、そして材料を使いこなす技術も必要です。こうした多様な視点から、産業界と大学のつなぎ役となって研究を行っています」

かつては大手家電メーカーに勤め、研究開発から事業化、そして量産工場の建設と、新たな技術を開発して世の中に送り出し、量産化に導くという一連の流れを経験してきた古田教授。そこで培った幅広い視野が研究人生のベースとなっている。

酸化物半導体の透明性を生かした高精細イメージセンサー

古田教授は酸化物半導体の持つ"可視光に対して透明である"という特徴を生かし、この技術の新たな分野への応用にも力を入れている。その一環として、NHK放送技術研究所との共同研究で、スーパーハイビジョンカメラの小型化に寄与する高精細なイメージセンサーを開発した。

現在試験的に実施されているスーパーハイビジョン撮影で使われるカメラは、高画質なカラー映像を得るために、入射した光を色分解プリズムで青、緑、赤に分け、3枚の撮像デバイスで受光する方式を採用している。しかし、この方式では小型化に限界がある。また、画素数が増えて撮像素子の密度が上がると、一つの光を検知する部分は小さくなり、入ってくる光量が減少するため、暗い状態で鮮明な画像が撮れないという問題が生じる。つまり、高感度で高精細な映像を撮影するためには、いかに入ってきた光をすべて取り込むかが重要になる。
これらの問題を解決するには、色分解プリズムが不要な単板カラー撮像デバイスを用いることが考えられる。しかし、現状の単板カラー撮像デバイスは3板式に比べて、原理的に感度や解像度が劣り、高画質が要求されるスーパーハイビジョンカメラには適さない。

「これは以前から提唱されていた方法でしたが、長く実現されていませんでした。というのも、吸収した光を外に電気信号として取り出すための読み出し回路を3種類の膜の間に入れると、光が下の方に届かなくなるんです」

「電気信号を取り出す機能」と「光を下の層に透過させる機能」を両立する材料が、これまでなかったのだ。

「シリコンのトランジスタは光を通さないので、光が下まで届かない。そこで透明な材料を使って信号を読み取る回路をつくれば、どれだけ光電変換されたかという情報を読み出しながら、入ってきた光もその次の層に透過させることができるだろうと考えました」

そこで、赤、緑、青、3つの光の感度を有する有機光電変換膜をそれぞれ透明な電極で挟み込んだ3枚のセルを積層した光センサーを製作。厚み方向に重ねて順番に光を吸収しながら色分離を行うイメージセンサーを実現し、カラー撮像に成功した。酸化物半導体の透明性によって高精細なイメージセンサーの開発に至ったことで、スーパーハイビジョンカメラの小型化が一気に現実味を帯びてきた。

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私たちの生活を変える透明エレクトロニクスの可能性

そして今、古田教授が新たに取り組んでいるのが、透明な酸化物半導体を使った存在を感じさせない"透明エレクトロニクス"の開拓だ。ガラスなどの透明な基盤に酸化物半導体による機能素地を形成した見えない回路を利用することで、必要な時だけ情報を表示する透明ディスプレイや透明IDタグなど、これまでにない機能デバイスのアイデアはどんどん広がっている。

「透明回路を窓ガラスなどに組み込むことで、ディスプレイセンサーや紫外線で発電する透明太陽電池といったさまざまな機能がガラスに付加でき、身のまわりのあらゆるところで情報に接することができるユビキタス環境も夢ではありません」

さらには、プラスチックやフィルムなどの透明かつ伸縮性を有する基板を利用したフレキシブルなエレクトロニクスにも可能性を見出し、人の健康をモニターするウェアブルなセンサー、高精細なイメージセンサーによって人工網膜的な機能を付加したコンタクトレンズなど、健康・医療分野への応用の可能性も視野に入れている。

「形状に自由度を与えることで、応用の範囲はさらに広がります。目に見えないことで、身につけていることやそこにあることを人に感じさせない、私たちの身の回りのサポートをしてくれる応用が生まれるだろうと思っています。近い将来、エレクトロニクスの新しい未来が開けそうですね」

透明エレクトロニクスはこれまで創造できなかった新たな未来への扉を開き、私たちの生活を大きく変えてくれそうだ。

掲載日:2017年6月29日

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