原子の並びの「見える化」に世界で初めて成功 成膜技術の新境地を切り開く

山本 哲也YAMAMOTO Tetsuya

専門分野

物質設計、半導体物理工学、磁性体物理工学、計算物理、物性理論

詳しくはこちら


日本を代表する応用物理学者の一人であり、酸化亜鉛研究のパイオニアとして知られる山本哲也教授。自ら構築した理論を工学的に応用するなど、分野の枠に捉われない研究によって、数々の成果を生み出してきた。近年、機能性薄膜の作製技術の高度化に挑み、高速かつ低温で低ダメージな薄膜作製を実現できる反応性プラズマ蒸着装置(RPD)を住友重機械工業株式会社(東京都)と共同開発。さらに、薄膜作製過程における原子の並び度合い※の「見える化」に世界で初めて成功し、成膜技術の新境地を切り開いた。
※「原子の並び」とは、一般的に広く用いられている「多結晶薄膜」内の秩序を指し、「結晶子内の原子配列秩序」と「結晶子間の配向秩序」の両方を含む。
酸素負イオンを用いて成膜技術の高度化を実現

 山本教授はアメリカ駐在中の1994年、エネルギー問題を解決する材料として酸化亜鉛の可能性にいち早く着目し、研究をスタート。以降、「低温・低エネルギーで低ダメージな機能性薄膜をつくる」ことを念頭に研究を進めてきた。
 2004年、世界で初めて酸化亜鉛を使用した透明導電膜の大型化に成功。2012年には希少なインジウムの代替材料として酸化亜鉛を使った新電極を考案し、世界標準の基盤技術として実用化に大きく貢献した。
 その後も、成膜技術の高度化をめざし、プラズマ成膜装置内で、アークプラズマを構成する高密度な電子を酸素負イオンの生成に利用する技術を考案し、開発。生成された酸素負イオンを金属酸化物薄膜に照射することで、表面構造や化学状態を低温・高速で制御できる技術を確立した。応用に即した機能を創出するための技術を大きく進展させたと言える。
 この技術は、プラズマ成膜装置内に残存する電子(e-)を利用することに独創性がある。
「プラズマは中性なので、プラスイオンとマイナスイオンは同じ数だけ生まれますが、プラズマ成膜装置内では、プラスイオンだけが使われ、マイナスイオンは残ってしまいます。そのマイナスイオンを膜の加工に有効利用したいと考えました。そこで、装置内に電子親和性の高い酸素を注入して、高密度にある電子を吸着させることで、高エネルギーな酸素負イオンを効率的に生成し、金属基板側にプラスの電圧をかけて 引き寄せるという仕組みを構築しました」
 プラスの電気を帯びた薄膜付き基板と酸素負イオンが電気的に結びつくため、基板表面が滑らかで高品質な酸化物薄膜が作製できる。また酸素負イオンの照射によって、薄膜内の酸素欠損量が減少し、欠陥が少なく熱的に安定な材料となるといったメリットもある。
 これらの技術は住友重機械工業株式会社により、反応性プラズマ蒸着装置(RPD)として実用化に至った。さらに、酸素負イオンの照射効果を生かし、わずかな水素ガスの漏れも安全に短時間で測定できる「高速反応水素ガスセンサー」の開発にも成功した。

_X0A5599.jpg

原子スケールのものづくりを実現する革新的な技術を開発

 原子スケールの事象を、人の目で確認することは不可能とされている。ところが、山本教授が「酸素負イオンを使って薄膜構造を制御できる」という画期的な成果をあげたことで、「実際に原子スケールで何が起こっているのかを証明してほしい」という要望が相次いだ。そこで、株式会社リガク、住友重機械工業株式会社とともに、原子スケールの「見える化」に着手。研究の結果、金属酸化物薄膜の成膜における加熱工程で、金属原子と酸素原子の並びを可視化することに世界で初めて成功し、加熱とともに原子の並びが変化する様子をつぶさに観察できる装置を開発した。
 具体的には、すでに実用化されている反応性プラズマ蒸着装置(RPD)により、室温の状態で金属原子と酸素原子が乱雑に並ぶ「アモルファス状態」の金属酸化物極薄膜をガラス基板上に定着させ、基板裏面から徐々に加熱する手法を開発。その加熱工程で、原子がうごめきながら並んでいき、180℃で原子が秩序を持って並ぶ「結晶状態」に変化する過程を、株式会社リガクの「高速2次元X線検出器」によって見える化し、観察に成功した。
 ここでは、「全体としてゆるい潜在秩序を持つアモルファス状態をつくることが、原子の並びの可視化につながる」と着眼したことが、成功の鍵となった。
「成膜段階で、金属元素と酸素原子が強い化学結合をつくり、膜全体に秩序ができてしまうと、それ以上自由が利かなくなり、特性を変えることは不可能になる。つまり、膜全体に強い秩序がない状態をつくることがポイントなのです」
 無秩序に見える中に潜む秩序を見出し、顕在化していく手法の一つとして使っているのが「温度」だ。実験では、最終的な温度を300℃に設定したが、220℃で原子の並びが最終段階に達し、それ以降は、原子の並びにほぼ影響しないエネルギー供給であることもわかった。この手法では、金属の種類ごとに「どれくらいの温度で原子が秩序を持って結晶化するのか」を目で見て確認できるため、高効率な製造プロセスの確立に役立ちそうだ。
「従来は加熱温度や時間などの最適条件の決定に、多くの試行を要していましたが、原子の並びが可視化されることで、高い再現性による歩留まりの良い製造プロセスが実現し、研究開発費用の低減や時間の短縮につながります」
 さらに、原子スケールの中に人の手が入り込むことができれば、社会的要請が高まる異種材料接合部材における機能の自在設計も実現に近づきそうだ。
「原子の並びと発現する機能を関連づける術は今のところ存在しませんが、新たな手法は金属原子と酸素原子がつくる秩序と、機能の多様性との関係をつかむきっかけになり得る。材料を自在にデザイン・設計することが、現実味を帯びてきたと言えます」
 2020年5月、この成果が学術雑誌に掲載されると広く国内外から反響があった。とはいえ、山本教授にとっては、壮大な研究の中にある一つの目標を達成したに過ぎない。
「ようやく私が本来めざす『低温・低エネルギーで低ダメージな機能性薄膜を人智と自然との協奏で創る』研究を本格的にスタートできる。これからが本番です」

_X0A5536.jpg