「生理的欲求」から適切な支援につなげる人間に近い生活支援ロボットを開発

王 碩玉Shuoyu Wang

専門分野

ロボット工学、制御工学

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「最先端のロボット研究がしたい」と25歳で来日。本学着任後は、少子高齢化をテーマに、人間と協調して作業する「ヒューマン・フレンドリー・ロボット」の開発を進め、乗馬フィットネス機器「ジョーバ(JOBA)」(パナソニック)や、下肢障害者の自立促進を支援する全方向移動型歩行訓練機「歩行王(あるきんぐ)」(相愛)の開発に携わり、商品化に成功。近年は、開発した技術を進化させ、寝たきり高齢者の生活を支援するロボットの開発に力を注いでいる。その人の「生理的欲求」を認識し、欲求を満たすものを推定して行動するという世界で例を見ない高度な推論システムを確立しつつある。
福祉ロボット普及の鍵は安全・簡単・単体多機能

 高齢化の進行によって、要介護者の増加と介護者の不足が問題となっている。介護者の負担を軽减しようと福祉ロボットの開発が盛んに行われているが、一般家庭や施設での実用化は進んでいない。「これからの福祉ロボットは、安全性と操作の簡単さに加え、一台で複数の機能を持つ『単体多機能型』であることが普及の鍵を握る」と言う王教授。「昨今、開発されている福祉ロボットの多くは単一の機能しか持っていない。身体機能の弱った要介護者には、掃除や移動など各機能を持つロボットが必要になりますが、自宅に複数のロボットを備えることは、コストやスペースの問題から現実的ではありません」と指摘する。
 王教授らは、下肢障害者や足腰が弱くなった高齢者のために、上半身の運動機能を最大限に生かし、椅子に座った状態で多様な作業ができる単体多機能型の生活支援ロボットを開発。搭乗者の上半身の動きを読み取るモーションセンサーで、作業意図を認識し、それに応じた動作を行うシステムを考案した。
「このロボットを使うことで、その人自身が今まで通りの生活を送り、寝たきりになることを防ぎたい」という思いがある。同時に、福祉ロボットの難問である安全制御技術の開発にも成功。福祉ロボットの普及の壁だった安全性の問題解決につながる成果として、国際学会で受賞し、世界的に注目を集めている。

介護者と同じ支援ができる世界初の生活支援ロボットへ

 これらの成果を進化させる形で、目下開発を進めているのが、寝たきり高齢者の傍らで様々な生活支援を行う単体多機能型ロボットだ。全方向移動が可能なオムニホイールや人の動きを再現できる「7自由度」のアームのほか、周囲の環境を認識するための多種多様なセンサーを備えているため、狭い自宅環境でも障害物を回避して自在に移動しながら、多様な支援にヒューマン・フレンドリーな動きで対応できる。
 従来の生活支援ロボットとの最大の違いは、具体的な指示ではなく、空腹や喉の渇きなど抽象的な生理的欲求を認識し、適切な支援を考え、実行できる点にある。国内の大手メーカーから、ものを運ぶ、カーテンを開閉するなどの動作が可能な最新鋭のロボットも開発されているが、「お茶を入れる」「室温を25℃に設定する」といった明確な指示を与えることが必要だ。

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「脳機能が低下した寝たきり高齢者にとっては、欲求を満たすための具体的な指示をすることよりも、お腹が空いた、喉が渇いたという生理的欲求を伝えることの方がはるかに簡単です。生理的欲求を理解し、それを満たすための適切な行動をとることができれば、より実用性の高いロボットを実現できます」
 従来確立されているロボットとの意思伝達手法である音声認識や機器操作などは、寝たきり高齢者が扱うには難易度が高い。そこで、より簡単でスムーズな意思伝達手法として、カードの色情報を用いることを着想。単色の色情報のみでは誤認識を起こす可能性が高いため、一般的な二次元の認識方法であるARマーカーを改良し、正方形という形状と3色の色パターンの二段階で認識を行う「カラーARマーカー」を考案した。カードの表面には異なる色パターン、裏面には移動、食事、排泄など生理的欲求を表す文字やイラストが描かれ、カードの表面をロボットに提示することで欲求を伝達できる。色の判别は、複雑な画像処理に比べて処理スピードが速いというメリットもある。ベッドからロボットまで4mの距離で実験した結果、ほぼ90%以上の確率で認識することができた。
 さらに、認識した生理的欲求から適切な支援につなげるために、生理的欲求を認識すると、あらかじめ構築された「知識ベース」に基づいて、適切なものを推論し、欲求を満たすための行動を計画できる推論システムも開発した。ロボットが介護者のように行動するためには、「お茶=喉の渇きを満たす」のように、あらゆるものが生理的欲求を満たすためにどう貢献できるのかを把握することが必要だ。こうした情報を蓄積したものが、推論に必要な知識ベースとなる。まずは、基本的な生理的欲求に対して、各欲求を満たすものをピックアップ。喉の渇きについてお茶は0.8、牛乳は0.4、空腹についてパンは0.9、牛乳は0.3というように、それぞれ0.0から1.0のスケールで貢献度を記述する。加えて、自宅環境の家具や家電製品の種類や配置なども記述することで、個人に最適化された知識ベースが構築できる。「介護の分野は汎用性よりも、個人に最適化することが非常に重要」と言う王教授。この知識ベースも、一人ひとりに応じた値を入力することが可能だ。
 個人に最適化された知識ベースに基づく推論システムを備えたロボットは、環境の変化に合わせて知識を常に更新しながら、適切な支援を行うことができる。実験の結果、空腹という欲求に対して、テーブルの上にあるビスケットを手渡すという通常のタスクに加えて、ビスケットが通常あるはずのテーブルにない場合、別の対象物として牛乳を選択し、冷蔵庫の中の牛乳を取って、手渡すという「予期しない状況に対応する」ことにも成功。さらに、通常とは違うテーブルの上にビスケットを置いた場合、それを発見すると、ビスケットの位置情報が更新されることも確認した。人の生理的欲求を理解して支援するロボットは世界的にも例がなく、海外の研究者から共同研究の依頼も舞い込んでいるという。
 王教授の最大の目標は、ロボットが人間の介護者と同じ支援をできるようにすること。「現実に即した極めてシンプルな操作性と生理的欲求から具体的なものを推論する高度な知能を備えた生活支援ロボットを、できるだけ早く安価な価格で実用化させたい」

掲載日:2021年4月