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- 中野 匠さんらが高温超伝導物質の元素置換効果を明らかにし、新物質の合成に成功
中野 匠さん(大学院修士課程 マテリアル工学コース 2023 年修了/指導教員:酸化物材料工学研究室 前田 敏彦教授)らの研究グループは、 (Pb,Cu)-"1-2-0-1" と表される、銅酸化物高温超伝導物質(((Pb0.5Cu0.5)(Sr0.5La0.5)2CuO5*1))における元素置換効果について、金属イオン種と超伝導発現との相関および金属イオンの価数と化学組成との相関を明らかにするとともに、新たな化学組成を持つ物質の合成に成功しました。また、置換元素の占有原子位置を、本学に設置された原子分解能分析電子顕微鏡を用いて明らかにしました。
この成果は、2023 年 5 月 4 日に国際学術誌「Journal of Alloys and Compounds」にオンライン掲載されました。
【研究概要】
数多く知られている複合銅酸化物系高温超伝導物質(以下、高温超伝導物質*2)は、 Cu2+ と O2- とからなる Cu-O2 平面とよばれるユニットをその結晶構造中に必ず含んでいます。イオン結合性結晶である高温超伝導物質では、価数の異なるイオンによる元素置換や酸素量の変化(酸素不定比性)による電荷のバランスの変動が Cu2+ の一部を Cu3+ とすることで補償され、この時に Cu2+ に導入されたホール(正孔;電子の抜けた穴)がキャリア(電荷担体)となり、超伝導を発現させます。中野さんらは、これらの高温超伝導物質の中の、Pb4+,Cu2+,O2- で構成される(Pb,Cu)-O 平面を結晶構造中に特徴的に有する Pb 系物質群に注目しました。
(図 1.(Pb,Cu)-"1-2-0-1" の結晶構造)
これまでPb 系では、Pb イオンが +4 価と +2 価の混合原子価状態を取り得ること、Cu-O2 平面上の Cu サイト(Cu(2))とは別に (Pb,Cu)-O 平面上にも Cu サイト(Cu(1))が存在すること、および顕著な酸素不定比性を有すること等、そのキャリア生成を支配する要因が多岐にわたっており、詳細な物性はほとんど明らかにされていませんでした。今回、中野さんらは、Pb 系物質の中で最も単純な結晶構造(図 1)を持つ (Pb,Cu)-"1-2-0-1"(Tc:25-35 K)における Cu2+ の Fe,Co,Zn による置換効果を詳細に調べ、「電荷補償」に基づいた物質設計の手法を確立しました(Pb0.5M0.5)(Sr1-xLax)2CuOz(M = Fe, Co, Zn)という組成式において、Fe と Co が +3 価であることを仮定して x=0.25 とし、その電荷の変化分を Sr2+ と La3+ の比率の変化で相殺させて新しい化合物 (Pb0.5Fe0.5)(Sr1-xLax)2CuOz と (Pb0.5Co0.5)(Sr1-xLax)2CuOz の合成に成功したものです。なお、X 線吸収分光測定(XANES)*3 により、Fe が +3 価であることは確認されています。このような電荷補償に基づいた組成の決定機構は、今後の物質設計に重要な指針を与えるものです。なお、Zn は +2 価と考えられますが、M=Zn ではこの推測のとおり、x=0.5 の時に (Pb,Zn)-"1-2-0-1" 相が生成しました。
Fe,Co,Zn は Cu サイトを置換しますが、 Cu(1) と Cu(2) のどちらのサイトを置換するのかは重要な問題です。超伝導の舞台となる Cu-O2 面上の Cu(2) を置換すれば、超伝導特性に強い影響を与えるからです。本研究で作製された (Pb,M)-"1-2-0-1" では、M=Zn のみが超伝導(Tc:約 18 K)を示しました。このことから、Fe と Co では Cu(2) サイトを置換することが推測できます。図 2 に、原子分解能分析電子顕微鏡(STEM-EDS)による観察結果を示します。
(図 2.(Pb0.5M0.5)(Sr,La)2CuOz (M = Fe, Co, Cu, Zn) の STEM-EDS マッピング)
Fe と Co は Cu(1) と Cu(2) の両サイトを置換するのに対し、Zn ではそのほとんどが Cu(1) サイトを置換することが分かります。半定量分析によれば,Fe,Co,Zn はそれぞれ 60%,50%,10% が Cu(2) サイトを置換しており、前述の推測を裏付けています。Pb 系に限らず、銅酸化物高温超伝導物質の研究においては、置換元素の占有サイトの決定は重要な意味を持ちますが、本研究により、原子分解能分析電子顕微鏡がそのための強力なツールとなることが示されました。
本研究では、XANES実験による Pb の平均価数の決定も行いましたが、Cu の平均価数の決定には至っておらず、今後の課題として残されています。
中野さんは「研究成果を論文という形で残せたことを嬉しく思っております。未解明だった部分を種々の手法により明らかにでき、充実した研究でした。前田 敏彦教授を初め、藤田 武志教授、山下 愛智助教には多大なご指導を賜り、心より感謝しております」と語りました。
【原論文情報】
タイトル:Synthesis and physical properties of (Pb0.5M0.5)(Sr,La)2CuOz (z∼5; M = Fe, Co, Cu, and Zn)((Pb0.5M0.5)(Sr,La)2CuOz (z∼5; M = Fe, Co, Cu, and Zn) の合成と物性)
著者:高知工科大学 中野 匠(大学院修士課程 マテリアル工学コース 2023 年修了)
高知工科大学 理工学群 教授 前田 敏彦
高知工科大学 理工学群 教授 藤田 武志
東京都立大学 理学部物理学科 助教 山下 愛智
論文はこちらから
*1 S. Adachi et al., Jpn. J. Appl. Phys. 29 (1990) L890.
*2 「超伝導」とは、ある温度(超伝導転移温度;Tc)以下で電気抵抗が完全にゼロになる現象で、エネルギーロスのない送電技術等への応用が期待されています。Tc はできるだけ高いことが望ましいのですが、その最高値は長い間約 -250˚C(約 23 K)という極低温にとどまっていました。1986 年に、銅を含む複合酸化物セラミックスで約 30 K の Tc が確認され、その後の約 2 年間の集中的な研究開発で多くの銅酸化物新超伝導物質が発見されたため、それらを「高温超伝導医物質」と称しています。現在ではTc の最高値は液体窒素の温度(77 K)をはるかに超えています。
*3 あいちシンクロトロン光センター, BL5S1.
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