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- -データを通して世界を理解する-<第3回>高高高知講演会を開催
「高知の高校生に最高の知を」――。そんな想いから企画され、今年度から始まった「高高高知講演会」。毎回、世界の第一線で活躍する様々な分野の研究者を招き、若い世代と対話する機会を設けています。
12月6日に開催された第3回の講師は、統計学者の池田 思朗さん(統計数理研究所 教授)。
テーマは、「データを通して世界を理解する -統計学とブラックホール撮影」です。

池田さんは、10年あまりにわたってブラックホールを可視化する国際プロジェクトに携わってきました。
観測データから、誰もが納得できる"1枚の画像"を導き出すために、統計学者としてどのように関わってきたのか、ご自身の体験を振り返りつつ語っていただきました。

(2枚目 天の川銀河中心の巨大ブラックホールの画像 Credit : EHT Collaboration)
統計学は「人が判断する材料」を与えるもの
高校生のころは、数学が大好きで、1日中、数学の問題ばかり解いていたという池田さん。大学では、数学を応用して物を精密に計測する技術を追究する「計数工学」を専攻し、数学と物理を基礎として、情報処理の理論と技術を学びました。
その後、2003年から現在まで、東京都立川市にある大学共同利用機関法人「統計数理研究所」において、データ科学の基礎となる統計学の理論研究を進め、さまざまなデータの解析を行っています。
統計数理研究所では、医療や経済、地震など、多岐に渡るデータの取り扱いに関する研究が行われています。
池田さんは「統計学」が、高校で学ぶ数学の"統計"と大きく異なるのは、単に計算して問題を解くだけではなく、それらの基礎となるデータ解析方法を開発し、「人が判断する材料」を提供することが最終目的であると強調しました。

例えば、2011年におきた「東日本大震災」。
震災後、日本周辺の魚介類の安全性を評価するため、池田さんは水産資源の専門家らとともに、各地で毎週調査されていた魚介類の放射性物質の濃度に関わるデータを解析し、大量に蓄積された過去のデータから現在の魚介類の安全性状況を推測する数理モデルを構築しました。
生鮮品の流通上、リアルタイムでの信頼に足るデータ解析が難しいなか、統計学を用いることで、人々が意思決定する際の重要な判断材料を提供することができました。
「統計学で、唯一できないのはデータそのものを作ること。すでに存在するデータをもらって、それから何が結論できるかを解析するのが仕事です。先入観なしに全ての可能性を列挙して、それに確率を当てはめて比較することで、受け取る人に『あっなるほど、そうだね』と納得してもらう、それが大事なのです」。
地球規模の望遠鏡と"歯抜けの鍵盤" -EHTコラボレーション-
2013年ごろから、池田さんは、研究の軸足を天文データの解析に置いています。
特に力を入れているのが、"見えないはずのブラックホールの可視化"を目的とする国際プロジェクト「EHT(Event Horizon Telescope)コラボレーション」です。
私たちが住む天の川と同じく、100億から1000億個もの星が集まった「銀河」のほとんどが、その中心に、太陽の質量の数百万倍から数億倍もの超巨大ブラックホールが存在することが、天文学的観測データから示唆されています。ブラックホールとは、今から100年以上前にアインシュタインが導いた一般相対性理論によって予言されたものです。

一般相対性理論に従えば、ブラックホール周りの時空の歪みのため、ブラックホールの中心部からは光が外に出られないものの、その周辺領域には逆に光が集中することが導かれます。その結果、ブラックホール近傍を「見る」ことができるならば、中心の真っ暗な穴を明るいリングが取り巻いた、あたかもドーナッツのような画像となっているはずなのです。
しかしそのような穴の大きさは、地球から見上げた月の表面に本物のドーナッツを置いたときの大きさとほぼ同じ。極限的な角度分解能(視力)が必要です。だからこそ世界各地の天文学者らがその挑戦に魅せられて、何とかして「ブラックホールが存在する」ことを視覚化すべくEHTプロジェクトが立ち上がったそうです。

しかし、地上にある個々の望遠鏡ではそのような視力を達成することは不可能です。
そこでこのプロジェクトでは、地球上の離れた6地点にある8つの電波望遠鏡を用いて同時観測することで、あたかも地球サイズの巨大な望遠鏡とみなすことができる「電波干渉計」を作り出すことで、ブラックホール撮影を試みることになりました(下図)。

(Credit : EHT Collaboration)
残念ながら、望遠鏡は地球上にまんべんなく置かれているわけではなく、たかだか6地点からの限られたデータしか取得できません。そのため、ブラックホールの全体像を浮かび上がらせるだけの完全なデータを得ることはできません。
この状況は、池田さんいわく「鍵盤がいくつか抜けたピアノで奏でられた曲を聴くようなもの」。
つまり、限られた音(データ)から、元の曲(ブラックホールの画像)をどこまでうまく再現できるか、が鍵となります。ここで活躍をしたのが、池田さんが専門とする統計学です。
「見たいもの」ではなく客観的な真実を追求する
南極を含め、世界各地の8つの電波望遠鏡を使って2017年4月に観測したデータが、池田さんらの手元に届いたのは2018年6月。池田さんらは、少ないデータから画像をつくる新たなアルゴリズムを開発し、ブラックホールの姿を浮かび上がらせようと試行錯誤を繰り返しました。
画像化にあたって大事なのは、「画像は滑らかである」「黒い部分が多い」といったシンプルな仮定のみを用いることです。画像が「リング状であるはずだ」といった主観的な先入観を持ち込んでしまうと、予想された結果を間違って結論してしまうことになり、科学としては決して認められません。そのため、世界中の研究者が4つのチームに分かれ、お互いに結果を共有することなくあくまで独立して解析する方法がとられました。
いずれも人間が、知らず知らず抱きうる先入観を排除し、得られた結論に科学的客観性を担保する上で、非常に重要なプロセスだったと語ります。

300人の研究者が導き出した「1枚の画像」
世界20か国以上、約300人の研究者が協力し、議論を重ねて作り上げたブラックホールの画像。
2019年4月、EHTコラボレーションの研究チームは、世界6か所で同時に行われた記者会見において、巨大ブラックホールの影の存在を初めて画像で直接証明することに成功したことを発表しました。

(銀河M87中心の巨大ブラックホール Credit : EHT Collaboration)
「ブラックホールの撮影は、シャッターを押せば写るものではなく、不完全なデータから最も確からしい姿を統計的に導き出した結果です」と、池田さんは胸を張ります。
講演の最後には、今後もブラックホールの動画化への挑戦などプロジェクトが続いていることに触れ、次世代を担う若い世代に、「統計学を学ぶことで、多様なデータを通して世界を理解する手助けができる」と、エールを送りました。

さらに講演会終了後には、須藤 靖特任教授がファシリテーターとなって中高校生との交流会も開催。
「統計学の研究のモチベーションは」「天体の質量はどうやって求めるのか」「研究において主観はどこまで役に立ってどこからが無駄になるのか」など、多くの質問が寄せられ、池田さんは、その一つ一つに丁寧に回答しました。

この講演会の動画は、下記リンクよりご覧いただけます。
【動画のリンクはこちら】
また次回、第4回の「高高高知講演会」は、4月または5月の開催を予定しています。
詳細が決まり次第、本学HPなどでお知らせします。
【高高高知講演会】
※本講演会は、地域イノベーション共創機構の事業として実施しました。
【過去の「高高高知講演会」】
2025.5.15 ―高知の高校生へ最高の知を― 高高高知講演会を開催
2025.8.8 ―なんのために生まれて 何をしながら生きるがか―<第2回>高高高知講演会を開催
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