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民間開発ロケットが「インフラサウンド」の可能性を拓く
「地球の声」を聞くことが、災害の検知につながる
人間の耳には聞こえない「音」があるのをご存知だろうか。それが、超低周波音である「インフラサウンド」だ。そもそも音は何かが振動することで生まれるが、振動している物体が大きいほど低周波の音になる。つまり、地震や津波、火山噴火といった災害をもたらすような地球規模の現象が起きる時、巨大な振動が大気を揺らすことでインフラサウンドが生まれるのだ。音には低周波ほど遠くまで伝わる性質があり、インフラサウンドは災害の検知につながる可能性を秘めている。
10年以上前からインフラサウンドに注目してきた山本教授は、緊急地震速報の"津波版"に向けて、津波発生を検知し、その規模や到達時間などを速報する「複合型インフラサウンドセンサー」を企業と共同で開発。2015年2月には製品化に成功した。津波に特化したインフラサウンドセンサーとしては世界初だ。
現在は高知県をはじめとする全国30カ所に同センサーを配備し、超低周波音観測ネットワークを構築。日々の変動を連続的に計測することで、各地の災害危険性の指標を確立しようとしている。
また、同センサーの精度を高めるため、インフラサウンドに関する基礎研究も進行中だ。2019年5月4日には、民間単独開発として日本で初めて宇宙空間に到達した観測ロケット「宇宙品質にシフトMOMO3号機(以下、MOMO3号機)」で、静穏な高層大気中での音の伝わり方を調べる観測実験に成功。そこには、「民間のロケット開発をサポートし、コストダウンを実現することで、ロケット実験をもっと身近なものにしたい」という山本教授の思いがあった。
日本で初めて宇宙に到達した民間ロケットで観測実験に成功
宇宙計測工学を専門とし、これまでNASAやJAXAと共同で宇宙観測や実験など数々のミッションに挑み、成果をあげてきた山本教授。2005年に津波発生時のインフラサウンドを効果的に捉えるセンサーの開発を始めて以降、観測網の確立、観測網を用いた警報システムの構築と着実に歩みを進めてきた。
しかしながら、遠方への音の伝わり方というのは今も未解明な部分が多い。音は地上だけでなく上空にも伝わるため、インフラサウンドを防災に活用するためには、音の伝わり方の全体像を解明することが重要になる。
そこで山本教授は、空気の少ない高層大気中の音の伝わり方を計測する新たな実験を提案し、北海道で低コストなロケットの開発・製造を行うインターステラテクノロジズ株式会社(IST)が開発したロケット「MOMO2号機」からインフラサウンドセンサーの小型版を搭載。2019年5月4日に打ち上げが成功した「MOMO3号機」が、高度113.4kmの宇宙に到達したことで、成層圏上部から熱圏下部での観測実験による貴重なデータを得ることができた。民間単独開発ロケットの宇宙空間到達、それによる科学実験ともに日本初となった。「日本のベンチャー宇宙開発が新たな時代の扉を開き、それと同時に我々の観測装置で貴重なデータを取得できたことは大きな意味があると言えるでしょう」
具体的には、地上から花火を打ち上げて人工的な音源をつくり、ロケットが静穏な高層大気を通過する間に、ロケットの先端部に搭載したセンサーでその音を観測する。ロケットでしかできないような高難度で世界的にも類を見ない実験。これに成功したことで、上空と地上の間の音の伝わり方を明らかにする糸口が見えてきそうだ。
また、花火によって発生させたインフラサウンドを地上11カ所でも観測する実験を同時に実施。すべてのセンサーが正常にデータを取得できたことは大きな成果と言える。
「近年、地上で起きた自然現象が宇宙に近い領域の現象を引き起こしていることが様々な研究からわかっており、『今まで宇宙の現象だと思われていたことの要因の一部は実は地球にある』と言われています。今回実験を行い、高層大気中でロケットに搭載したセンサーが花火の音を捉えたということは、まさにその通りであることを証明できました」
発射場である北海道大樹町には山本教授はじめ、同研究室の学生5名が4月26日から滞在し、ロケットに搭載したセンサーの事前チェックや地上での観測準備を行った。学生たちにとっても、歴史的瞬間に立ち会い、歓喜の現場を体感できたことは貴重な経験となったはずだ。
北海道大樹町にて、「MOMO3号機」の打ち上げを待つ、山本教授と研究室の学生
民間ロケットを活用し、観測実験をもっと身近なものに
「MOMO3号機」の打ち上げ成功からわずか2カ月半後の7月27日、「ペイターズドリーム MOMO4号機」が打ち上げられた。 山本教授はここで前回の比較データを採取する予定だったが、上昇中に機体に搭載したコンピュータの異常検知によりエンジンが自動停止し、打ち上げは失敗に終わった。これにも、山本教授は清々しい表情でこう語る。
「4号機は失敗に終わりましたが、3号機の成功からわずか2カ月半後という短いスパンで実験条件を少し変えて実験できるというスピード感は民間ロケットの大きな強みです。おまけに、JAXAのロケットに比べ、リスクはあるが一回の実験にかかるコストは格段に低い。IST社のロケット開発が軌道に乗るまでは本学として支えていきながら、5号機以降も共同で実験ができるような体制をつくっていきたいですね」
JAXAのロケットは実験までに通常3年待ちと言われるが、民間開発ロケットを活用すればスピーディーに実験回数を重ねることも可能だ。つまり、学生たちがロケット実験を体験できる機会も増える。来年度からは、山本教授の研究室で行うロケット実験に関して、学内の優れた研究に対する支援を3年間助成することが決定している。これについて、「いただく資金は、学生たちが自由な発想で提案した機器をロケットに載せて飛ばすことにも使っていきたい」と希望を語る。学生たちの夢を載せてロケットが宇宙を飛ぶ-そんなことがぐっと身近になってきた。
「民間開発ロケットをいろんな形で活用することは、日本の宇宙開発を民間に手渡していく一つのフェーズであり、宇宙工学の研究者としては使命感を持ってやるべきことだと考えています」
山本教授が民間開発ロケットを積極的に活用する理由はこれだけではない。そこには、「インフラサウンドを広く知ってもらいたい」という狙いもある。
「インフラサウンドセンサーを広く普及させるためには、まだ知られていないインフラサウンドを周知して、有用であることを理解してもらうことが重要です。その ためにも話題性のある『MOMO』を積極的に活用し、『インフラサウンドって何だ?』と思ってくれる方々を増やしたいと思っています」
小さな自然災害にフォーカスした小型版インフラサウンドセンサー
観測実験の際、「MOMO」に搭載したセンサーは、インフラサウンドセンサーを小型化したもの。山本教授は、これを津波検知とは違う新たな用途で活用しようと考えている。コンパクトなサイズ感を生かして、津波よりも小さな自然現象にフォーカスし、雷や土砂崩れ、竜巻などを検知することをめざしている。
「津波は巨大で広範囲に及ぶ現象なので、センサー同士が20km、30km離れていても意味はあるんです。でも、例えば土砂崩れとなると影響のあるエリアは周辺に限られるので、最低でも3~5km間隔でセンサーがないと防災につなげることは難しい。小型で低コストという利点を生かして、なるべく多くの地点に設置し、得られたデータを集約しようとしています」
観測ロケットに載せるという目的から小型化したセンサーが、身近な自然災害の検知に役立つものになりつつある。小型センサーは量産化できれば、現在のインフラサウンドセンサーの10分の1以下にまでコストダウンできる。
「そうなれば、ちょっと高い家電製品を買うくらいのイメージで家庭に置いてもらえるようになるかもしれません。例えばハウスメーカーが新築の家には必ず設置するという動きになれば、一気に広がりますよね。多くの家庭に気軽に置いてもらえるようなセンサーになることが目標です」
全国に設置台数を増やし、「津波観測網」を用いた防災システムの実現へ
10年以上にわたってインフラサウンドの研究に邁進してきた山本教授。本来の大きな目的は、津波に特化した「複合型インフラサウンドセンサー」を広く普及させることにある。だが、全国に設置台数を増やし、観測網をさらに広げて、データの精度を上げていくためには、今後は国や企業の協力が不可欠になる。「全国各地でインフラサウンドの観測を行っている研究チームと連携し、全国組織を立ち上げようと今準備を進めています。総合研究所インフラサウンド研究室を活用し、本学がリードしながら、国レベルの防災への活用につなげていきたい」と抱負を語る。
とはいえ、国レベルで動く前に自分たちでできることが多くある。
東日本大震災以降に急ピッチで整備の進む海底設置型の津波センサーは敷設するのに何百億円とかかるが、インフラサウンドセンサーは一台100万円程度。津波被害想定の大きな地域にある行政や企業の理解を得て、一台ずつ設置場所を地道に増やすことができれば、トータルとして重要な観測網になる。
「全国の防災に生かすためにはインフラサウンドセンサーの台数が勝負。全国に広げるために、草の根的な動きができないかと考えています。地震計は全国におよそ2,000点あり、それによって緊急地震速報が実現しています。津波についても、近い将来そのレベルにまで達したいですね」
2015年2月に製品化された国内初の複合型インフラサウンドセンサー
取材日:2019年10月