革新的な技術開発で「高鮮度保持流通」の最先端に挑み続ける

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松本 泰典MATSUMOTO Yasunori

専門分野

化学工学、機械設計 

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「ー1℃」のスラリーアイスが、生鮮魚介類の価値を高める

 機械設計の専門家として数々の実績をあげてきた松本准教授。これまで一貫した研究テーマとして、「地域資源に価値を与えるものづくり」に取り組んできた。中でも長く携わっているのが、高知県で地域活性化の重要テーマの一つに挙げられている水産業だ。松本准教授は、-1℃の微小な氷粒子で生鮮魚介類の長時間にわたる鮮度保持を可能にする「スラリーアイス」の製造技術を確立。高鮮度保持技術を飛躍的に向上させ、全国各地の生鮮魚介類に付加価値をもたらしてきた。

 スラリーアイスとは塩水溶液と微小な氷粒子が混在した液状の氷のこと。国内では、2000年頃から水産物の冷却や保存に活用されてきた。松本准教授が製造技術を開発した高鮮度保持を実現するスラリーアイスの革新的なポイントは、「ー1℃」という温度だ。

 「従来の海外産の装置でつくられるスラリーアイスはー3℃近くで、『魚が凍ってしまい、困っている』という現場の声を耳にしていました。寿司や刺身など生魚を味わう文化がある日本の水産業で、スラリーアイスが広く普及してこなかった要因がここにあったのです」

 生鮮魚介類の鮮度保持に最も重要なのは、"冷凍させずに急速冷却する"こと。というのも、一度凍ってしまうと鮮魚としての価値を失い、価格に影響するだけでなく、味も落ちてしまうからだ。そこで松本准教授はひらめいた。生鮮魚介類の鮮度を保ったまま、遠方に運ぶことができる高鮮度保持流通の仕組みを開発すれば、生鮮魚介類の販路拡大や価値向上につなげられるのではないかーー。国内の食品業界で手付かずだった、この新たなテーマに着手し、多くの生鮮魚介類の凍結温度が-1℃から-2℃くらいであることを突き止めた。

 「凍結温度が-1℃となると、鮮魚の価値を保持したまま流通させるには、0℃以下でー1℃以上のスラリーアイスで冷却することが必要です。そこに狙いを定めて開発を進め、塩分濃度を1%にまで薄めた海水から製氷することで、目標のスラリーアイスの製造を実現しました」

 松本准教授が開発した技術で生成されるスラリーアイスは、魚介類の凍結点に限りなく近い温度を実現した以外にも、さまざまなメリットがある。一つは、約0.2mmという微細な氷粒子であることから従来の砕氷に比べて魚介類と接触する面積が大きく、冷却速度が速いこと。二つ目は氷粒子が角のない球状であるため、保存時に魚体を傷つけないこと。三つ目が塩分濃度1%は魚体表面の浸透圧に近いため、水分の出入りが少なく、漁獲された状態を維持できることだ。さらには流動性に優れていることから、ポンプ移送が可能で、砕氷に比べて使用する場所への移送もたやすい。まさにいいことづくめだ。

 この画期的技術は、2008年の実用化以来、高知県の中土佐町をはじめ、全国各地の生鮮魚介類の品質向上やブランド化に活用され、地域活性化の一翼を担ってきた。

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使いたい時にすぐに使える「ダイレクト方式」を実現

 松本准教授が企業と共同で開発し、現在実用化されているスラリーアイス製造装置は、「循環方式」と呼ばれるもの。希釈した海水または塩水溶液がスラリーアイスを貯蔵するタンクと製造する製氷機の間で循環することで、タンク内の氷粒子を増加させてスラリーアイスを生成する。短時間での生成が難しいだけでなく、タンク内で貯蔵するため、氷粒子の凝集や熱の侵入が生じスラリーアイスが溶けてしまうことが課題だった。

「循環方式ではスラリーアイスが少しずつしか製造できず、『使いたいときに使いたい分だけほしい』という要望には応えられませんでした。またタンクを大きくして製造量を増やしても、タンク内のスラリーアイスが溶けて固まってしまうという問題もありました」

 そこで、現状の装置からタンクを排除し、製氷機内で生成したスラリーアイスを直接供給できる「ダイレクト方式」の装置を開発している。言うなれば、水道の蛇口をひねるとスラリーアイスが出てくるようなイメージだ。水溶液を製氷機内のジェネレーターに供給すると、一度の通過でスラリーアイスを連続して生成できるところもポイントで、循環方式で生じていた課題を一挙に解決する装置として期待されている。

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高鮮度保持に「殺菌効果」を加えた冷却保存・流通の新技術

 生鮮魚介類の高鮮度保持技術は、さらなる進化を遂げようとしている。それが今、松本准教授が取り組んでいる、スラリーアイスに殺菌効果を有する「次亜塩素酸水」を融合した新たな冷却媒体を生産するシステムだ。殺菌効果が高く、食品の風味への影響も少ない次亜塩素酸水をスラリーアイスの製氷に用いる塩水溶液に自動的に供給する技術を開発中だ。この新システムは、魚介類だけでなく、カット野菜などの農産物や肉類など食品加工全般に活用することを視野に入れている。

「現状の肉や野菜の冷却システムは、急速冷却した後、その温度を維持できず、鮮度ムラが生じることが課題となっています。開発中の新システムではそんな課題を解決し、より高効率でコストダウンにつながるものを提案していきます」

 今後は食品メーカーと共同でフィールド実験を行い、2019年度の実用化をめざしている。これが実現すれば、高鮮度保持に殺菌効果を付加した食品の冷却保存・流通の革新技術として注目を集めそうだ。

 昨今インターネット通販が盛んになり、高鮮度を保持した流通システムの構築が求められるようになってきた。同時に、生鮮食品の流通は日本から海外へと広がり、鮮度保持や衛生・品質管理に関する技術も進化が待たれる状況にある。「この先、鮮度保持に関する流通システムや技術は、もっと重要視されるようになると思います」と松本准教授は強調する。
 スラリーアイスの魚介類以外の食品への展開は、世界的にも例がない。時代のニーズを捉えた最先端技術が高知で誕生する日もそう遠くはないだろう。

「単なる冷却保存技術ではなく、生鮮食品などを定温・冷蔵・冷凍で流通させる仕組みである『コールドチェーン』の中にいかにスラリーアイスを組み込んでいくか。これが今後の展開のポイントになってきます」

松本准教授が研究を通して見つめる先には、機械設計の範疇を超えた生鮮食品流通の未来がある。

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地域資源を最大限に活用できる装置の開発をめざして

 松本准教授はスラリーアイスの製造だけでなく、その技術の応用にも力を入れている。「凍結濃縮」システムの開発もその一つ。加熱すると成分の変質や香りの損失が生じる液状食品について、含有成分の品質を維持したまま濃縮できる技術の開発を進めてきた。
 液状食品をスラリーアイス化し、氷粒子を取り除くことで残った溶液は濃度が高まり、これを繰り返すことで次第に濃縮されていく。熱や圧力を加えずに濃縮できるこの方法は、香りや栄養成分が損なわれないことがメリットだ。果汁やだしをはじめ、サプリメント系でも注目されている。

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「地域資源を最大限に活用し、少量多品種生産に適応するような凍結濃縮の装置開発をめざしています。それによって地域資源を生かした商品の多角化につなげていきたいですね」
 単なる装置の開発だけで終わらないところが、松本准教授の研究スタンス。機械設計の専門家でありながら、マネジメントの視点を持ち、トータルシステムを視野に入れた展開を常に考えている。想定したアウトプットを実現するために、装置をどうつくればいいのかを考え、試行錯誤することはやりがいの賜物だという。

「地域で生まれたオリジナル技術によって、地域資源がさまざまな形に展開でき、地域が潤っていく。そんな循環をもたらすようなものづくりに携わっていきたいと思っています」

 松本准教授の使命は、地域資源を生かすための装置開発。装置の向こう側にある地域や人々の暮らしを思い描きながら、高知で最先端を生み出していく。

掲載日:2019年1月16日

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